vol.14 悪霊の正体

   [Ⅰ]



 ファレルさん達は戦いの心構えが出来てないのか、レイスを見て呆然としていた。

 するとそんなファレルさんに、アールヴと思われる美しい女性のレイスが襲い掛かったのである。


「シャァァァ」

「グッ、しまった」


 ファレルさんは不意を付かれ、胸に攻撃を受けてしまった。

 その刹那、ファレルさんは苦悶の表情で片膝をついたのだった。

 レイスの攻撃は肉体ではなく、霊体に直接受けるので、ちょっとヤバい。

 某ダンジョンゲームのようなレベルダウンはしないが、エナジードレインのような感じになってしまうのである。

 若干、生気を吸い取られるのだ。 

 とはいえ、撃退法は単純だ。

 高い霊力を身に纏わせて戦うか、炎の魔法や浄化の魔法で燃やすかである。

 つーわけで、俺はすぐさま霊力を練り、そのレイスに飛び蹴りをかましてやったのだ。


「ドリャァァ! 霊験灼れいけんあらたかキィィック!」


 次の瞬間、レイスはフッ飛んでゆき、洞窟の奥へと消えていった。

 続いて、俺は浄化の霊符を使い、レイス2体を蒼き炎で消滅させたのである。

 さて、ファレルさん達には正気に戻ってもらうとしよう。

 

「ファレルさん! 驚いてるとこ悪いンスけど、まずはこの戦いに勝利するのが先ですよ!」

「しかし……」


 ファレルさんは渋った表情をしていた。

 知り合いの霊体なので、流石に踏ん切りがつかないのだろう。

 もしかすると、アルミナという女性は、ファレルさんと深い関係があるのかもしれない。

 つか、思いっきり、霊験灼かキックをしてしまったので、俺もなんといってよいやらである。

 まぁいい、スルーだ。


「まずはこの戦いに勝つ事です! 俺の予想では、アルミナさん達はまだ生きている筈ですので」


 仲間達は一斉に、俺の方へ振り向いた。


「え? な、なんだって!?」

「どういう事よ!」

「エイシュンさん、どういう意味だよ」

「エイシュン様……それはどういう」

「だって……幽霊になってたわよ、エイシュン」


 皆、俄には信じられないのだろう。


「話は後ですよ。まずは、この戦いを終わらせましょう」

「わ、わかった」


 ファレルさん達はようやく武器を構えてくれた。

 さて、俺の予想が正しいならば、この現象は生きていないと出来ない芸当なのである。

 つまり、この方々はどこかで拉致されている可能性が高いのだ。


(この洞窟のどこかで胸糞な術を使ってんだろうなぁ……メンドクサ)


 気が滅入る話だが、やる気になった仲間達のお陰もあり、戦闘はつつがなく終了した。

 そして、皆の視線が俺に集まるのであった。


「さて、エイシュンさん……レイス達は倒したぞ。さぁ、教えてもらおうか?」


 と、ファレルさん。

 約束だ。話すとしよう。


「その前に、このレイスという魔物……ちょっとおかしいと思いませんか? 倒した筈なのに、何故か同じレイスが何度も出てきますし」

「まぁ確かにそうだが……魔物だからな。そう言う事もあるんじゃないのだろうか?」


 あるわけねぇだろが! と言いたいところだが、ここは我慢だ。

 優しく諭すとしよう。


「いいえ、普通はないですよ。生き物の魂というモノは、基本的に1体に対して1つしかないんです。1つの生命に複数の魂が宿るなんて事はまずありえません。魂というモノはそういうモノなんです。つまり……あのレイスという魔物は、そういう存在ではない可能性があるという事です」

「そう言う存在ではない? なら、なんだと言うんだ」

「考えられるのは1つです。恐らく、このレイスという魔物は、生霊の可能性があります」

「イキリョウ? なんだそれは?」

「え?」


 どうやら現地語に変換出来なかったようだ。

 俺の中で渦巻く言語処理システムは、なんでもかんでも翻訳はしてくれないみたいである。


(というか、一体どういうシステムやねん。聞こえてくる現地語が、日本語で理解できて、おまけに会話も可能って……そんな呪術聞いたこともないぞ。まぁお陰でコミュニケーションはとれてるが……)


 疑問が尽きないが、とりあえず、続けるとしよう。


「生霊とは、生きている者の魂の事ですよ。しかも、何度も出てくるところを見ると、本人から離脱した分霊の可能性があるんです」


 この場はシンとしていた。

 表情を見る限り、かなり困惑顔だ。

 恐らく、理解できてないのだろう。

 ちょっと難しく言い過ぎたか。

 するとそこで、ルーミアさんがボソリと言葉を発したのだった。


「それは……つまり、この洞窟のどこかで、アルミナ達は生きていると言う事ですか?」

「ええ、そう思われます。もしかすると、魔物達に捕まり、監禁されているのかもしれません。それどころか……魂を利用されている可能性があるんですよ。何れにしろ、生きているとはいえ、かなりヤバい事態ではありますがね」

「なんだって……」

「魂を利用ですって!」

「う、嘘だろ……」


 これには流石のファレルさん達も、息を飲んで驚いてくれた。

 とはいえ、ちょっとショッキングな内容だったので、驚くのも無理はないところだ。

 こういう風に言えばよかったようである。

 ルーミアさんに感謝だ。


(さて……後は、その攫ったと思われる魔物だな。レイスとやらが生霊なら、恐らく、この付近に本体がいる筈だ。そこに誘拐犯もいる筈……とりあえず、アレを使うか)


 というわけで俺は、道具入れから、真紋の一族が使う鬼霊遁甲盤きりょうとんこうばんという術具を取り出したのである。

 様々な術紋が描かれた木製の円盤で、中心には方位を示す針がある。

 ちなみに、それ程大きなモノではない。

 で、これは何かというと、強い霊的存在を探る為の術具なのである。

 こういう邪気の強い場所では、似たような霊気を放つ存在が多いので、通常の霊感では正確に探れないからだ。

 その為、一族の仕事では、非常に重宝している探知アイテムなのである。

 まぁそれはさておき、俺はその鬼霊遁甲盤に霊力を籠め、早速、気配を探った。

 すると、遁甲盤の針はハッキリと、ある方角を指し示したのであった。


(この示し方……結構、霊力が強いな。どうすっかな……俺はあまり行きたくないが、この状況じゃ、俺だけ離脱は顰蹙ひんしゅくかもな。おまけに、帰り道がわからんし……グランディスの印が無いから、扉も開けられない。参ったな……ン?)


 すると、仲間達はポカンとしながら、俺の行動を見ていたのだった。

 意味不明の不思議行動に見えたのだろう。


「エイシュン……一体何をしてるの? 奇妙な道具を出してきたけど……」


 ミュリンはそう言って、鬼霊遁甲盤を覗き込んできた。


「そ、そうだぜ。何をしてるんだ、エイシュンさん」


 リンクも同様であった。


「ああ、これか? これは簡単に言うと、強い魔力を持つ存在を探る為の道具だよ」

「そんな事が出来るのですか? 凄い道具をお持ちなんですね」


 ルーミアさんは興味津々である。


「エイシュンさん、それで何か見つかったの?」

「もしかして、敵の位置がわかったのか?」


 ファレルさん兄妹も気になるようだ。

 良かろう。では、話を進めよう。

 俺はそこで、彼等に選択肢を提示した。


「皆さん……恐らくですが、敵はかなり厄介かもしれません。今なら引き返しても大怪我をせずにすみますよ。ですが……進むのなら、色々と覚悟をしないといけないかもしれません。どうしますか?」


 すると、仲間達は大きく目を見開いたのである。


「な!? どういう意味だ、エイシュンさん!」

「言葉の通りですよ、ファレルさん。進むか、退くかのどちらかってことです」


 俺はそこで、鬼霊遁甲盤が示す方角を指差した。


「恐らく、アルミナさん達を監禁している厄介な魔物は、この方角にいます。これだけハッキリと針が指してるので、かなり魔力が強い奴でしょう。どうしますか? 下手すると命を落とす危険がありますが」


 俺の忠告を聞き、ファレルさん達は深刻な表情になった。

 今までの俺を見てきて、信用に足る情報だと考えているんだろう。


「エイシュン様はこう仰っておりますが、ファレル、どうしますか?」


 と、ルーミアさん。

 サリアとリンクは、不安そうにファレルさんを見た。

 程なくしてファレルさんは、遁甲盤の指す方向を見据え、静かに、そして力強く、決意表明したのである。


「何がいるのか知らんが……行こう。アルミナ達が捕らわれているのならば、見過ごすわけにはいかない。帰りたい者は帰ればいい。俺は行く!」

「私は兄さんについて行くわ」

「俺も行くよ。アルミナはファレルの大事な女性だもんな」

「私も行きますわ。アルミナは大切な友ですから」


 そして、ファレルさん達の視線は、俺とミュリンに注がれるのである。

 非常に断りづらい展開であった。

 つーわけで、俺はそこで、サタに小さく囁いたのである。


「おい、サタ。宝玉はどんな感じだ?」

「まぁ……そうだな。極僅かじゃが、貯まったかもの。強い霊力を持つ敵と戦うと、もう少し貯まるかものう」


 仕方ない、手伝うか。


「では、俺も行きますよ。で、ミュリンはどうする?」


 ミュリンは俺に身を寄せると、脅えたように周囲を見回した。


「ちょっ、ちょっと……こんな所で私を1人にしないでよ。エイシュンが行くんなら、私も行くわよ! ……ちょっと怖いけど……」


 予想通りの返事であった。

 そういうわけで、俺は彼等にその旨を伝えたのである。


「ミュリンもこう言ってますから、全員参加です」


 ファレルさん達はホッと安堵の息を吐いた。


「よかった。エイシュンさんの力が無いと、この依頼はこなせそうになさそうだからな。すまないが、アルミナ達を救出する為に、今暫く、よろしく頼むよ」――



   [Ⅱ]



 鬼霊遁甲盤を見ながら、俺達は強い霊的存在のいる方角へと歩を進めた。

 俺達は周囲を警戒しながら慎重に進んで行く。

 そして、途中、何度か魔物と戦いながらではあったが、なんとか無事に、俺達はその場所へと辿り着けたのである。

 ちなみにそこは、大きな空洞となっている所であった。

 地面も平坦で、広場といった感じだ。

 天井も高く、非常に解放感もある。

 だが、その広場の中心には幾つもの細い石柱が立っており、そこには冒険者と思われる者達が、何人もロープと鉄杭ではりつけにされていたのである。

 全員がやつれた顔で、中には死にかけの者もいた。

 そこはさながら、中世の公開処刑場のような光景であった。

 しかし、見たところ、辛うじて生きてはいるようだ。


「な、なんてことだ……こんなに冒険者達が……」

「こんな事って……」

「ひでぇよ……なんで……」

「ああ、主よ……」

「やだ……何よこれ……」


 仲間達はその光景を見て怯んでいた。

 無理もない。かなり残酷な光景だからだ。 

 だがしかし、妙な事に、監視をする魔物の姿はどこにもないのだった。


(魔物はいないが、ここにソイツは絶対にいる。遁甲盤がそれを示しているからな。つまり、これは100%罠だ。仕方ない……俺もちょっと対策しておこう。確実に不測の事態が起きるだろうからな。さて、何が出るのやら……)


 俺が呪術の準備をする中、ファレルさん達は周囲を警戒しながら、石柱へと静かに歩み寄った。

 そして、磔にされているアールヴの女戦士の前へと、ファレルさん達は移動したのである。

 その女戦士は紛れもなく、あのレイスと同じ姿の女性であった。

 呼吸をしているので生きてはいるが、かなり衰弱してる感じだ。

 肩には鉄杭が刺さっており、かなり痛々しい。

 出血もしているので、かなりヤバい状況だろう。

 他の磔にされている冒険者達も同様であった。


「ア、アルミナ……こんな所にいたなんて、クソッ。今、助けるからな」


 ファレルさんの声を聞き、女戦士の目が弱々しく開いた。


「ファ……ファレル……か、逃げろ……これは罠だ……死神の」


 と、その時であった。

 ガシャンという大きな音が、入口から聞こえてきたのである。

 俺達は一斉に入口へと視線を向けた。

 するとなんと、鉄格子の柵が、入口部分に降りていたのだ。

 そう……つまり俺達は、空洞内に閉じ込められてしまったのである。

 そして、男のものと思われる不気味な低い笑い声が、この空洞内に怪しく響き渡ったのであった。


「ホホホホ……これはこれはようこそ。また新しい素材が来てくれたようですね」――

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