第14話 犬飼こおりカップル



 <猫屋敷ねこやしきくるみ>




 時刻は夜八時頃、番組の企画会議後に、私たちは決起集会という名の打ち上げに来てきた。


 最初は霧島きりしま凛空りくの提案で演者のみが誘われた感じだったけど、氷ヶ峰ひょうがみねこおりが犬飼竜太郎を誘い、彼がプロデューサーやディレクターなどスタッフ組も巻き込んだため、それなりの大人数になっていた。

 高橋は逃げたのでいない。私は高橋のマッチョにもかかわらず、そういうドライなところを評価していた。


 場所は良い感じの間接照明で雰囲気作り抜群の高級ダイニングバー。

 テーブル三つとカウンターがあるが、私たちで貸し切りになっていた。

 正直、こんなところを気軽に貸し切れる霧島凛空が、マスターと親し気に会話を交わす様子から普段どれだけ女遊びしてるか容易に想像できて笑えた。


「はぁ~。僕はアイドル達と飲みたかっただけなのにな~。女性スタッフはまだしも、オッサン達は帰っていいよっ!」


 いきなり空気をぶち壊すようなことを言う霧島凛空。

 口調は軽いが顔が笑ってない。

 ほら、やっぱり典型的なそういう人間なのか。

 すかさず犬飼竜太郎が立ち上がって寄っていく。


「いえ霧島さん、このえら~いオジサン達がいると、なんと、飲食がすべて無料になるんです! ラッキー!!」


「え? マジ? ここ高いよ」


 霧島凛空の表情がニヤッと歪んだ。

 犬飼竜太郎はプロデューサーとディレクターの間に入り、二人と肩を組む。

 顔を寄せて言う。

「たのんます!! 番組の成功がかかってるんです!! モチベーションはすべての原動力なんです!! モチベーションとは、美味い酒と飯! そうでしょう!!」

 調子の良いことを言う彼に「犬飼てめぇ」とか「仕方ないねぇ」とか答えるえら~いオジサン達。


 

「オッケー出ました! 乾杯しましょうか!!」


 まだ微妙に乗り切れない様子の霧島凛空。

 犬飼竜太郎の孤軍奮闘を見てたい気持ちもあるけれど、そろそろ私も助け船出しますか。


「えー! すごーい! ありがとー! かんぱ~い!!」


 とびっきりの笑顔で、周囲に幸せを生むオーラを放て──。


 オジサン達は鼻の下を伸ばし、霧島凛空もつられて笑って飲みだした。

 はぁ。

 不毛なやり取りだと思った。


 ただ、すぐに犬飼竜太郎から感謝のアイコンタクトが来て、不覚にもいい気分になった。



 ーーーーーー☆彡



 良い感じのBGMが流れて、落ち着いた雰囲気の中、犬飼竜太郎がオジサンや霧島凛空に酒を飲まされて盛り上がっている。

 霧島凛空は道化役の犬飼竜太郎や、キャーキャー言ってくれる女性スタッフのおかげで良い感じに機嫌を良くしている。

 この場で一番えらいプロデューサーのところには春出水はるでみず桜子さくらこが行っている。やっぱり抜け目ないなあの子。


 よし、もういいか。

 私は、暇なので移動し、お目当ての彼女のもとに来た。


「こんばんは。何飲んでるの~? お酒?」


「……ジュース飲んでる。私はまだ十九歳なので」


 そう、一人端の席でちびちびとカ●ピスを飲む、の前に座った。


「ねぇ、こうやって二人で話すの初めてだよね」

「……うん」


 私が目の前に座っているというのに、氷ヶ峰は心ここにあらずといった感じだ。


「竜太郎くんが気になる?」

「え!?……うん。あの、さ。聞きたかったんだけど、りゅ、竜太郎っていつから呼んでるの」

「あは」


 犬飼の名前を出した瞬間、こっちに焦点があった。どれだけ好きなのよ。


「あんな、ただのマネージャーなのに、くるみちゃん、仲良さそう」


 え、この子私のことなんて呼ぶのか……。

 相変わらず読めない子だ。

 とりあえずジャブ打ってみるか。シュッ。


「……ただのマネージャー扱いしてないのは氷ヶ峰さんだと思うけど?」

「私はいい。あれは私のものだから」

「そんな扱いなんて可哀想だよ」


 私が冗談めいた口調で返したけど、揺るがなかった。

 さっきまでフラフラと定まらない印象だったのに。

 急に輪郭がはっきりしだした。


「ううん、彼は私のもの。私が最初に見つけた」


「…………へぇ」


 なんか、その。なんだろうこの感じ。


 もういい歳して、信頼とか信用とか絆とか愛情とか──そういう不確かなモノを一切の揺らぎなく信じてそうなところが──心底、


「で、くるみちゃんが竜太郎って呼んだり仲良くしてるのはどうして?」


 だから、この呑気で大切にされてきた箱入りお嬢様に、ストレートを繰り出す。


「……彼、私の専属になってくれるって言ったんだよね、あは」


「…………え?」


 氷ヶ峰さんは飲みかけたグラスを床に落とし、盛大な嫌な音が鳴った。


 みんなの注意がこちらに向く。

 その瞬間。


「すみませーん! 店員さーん! グラス割っちゃいましたー!」


 立ち上がり、努めて明るい声で何でもないですよー感を出す。

 店内の緊張は一瞬で霧散した。

 あぶないあぶない。こんなに動揺されるとは。


 でも、手は緩めない。

 私はこういうを逃さない──。


 振り返り、氷ヶ峰さんに向き合おうとした瞬間、驚いた。


「────くるみさん、こおりさんに何してるんですか?」


 瞬間移動したかと錯覚するほど、唐突に彼女がいた。

 凛としているがどこか怒りを滲ませる春出水はるでみず桜子さくらこが───。


「……何もしてないよ~。桜子も一緒にご飯なんて久しぶりだね~」

「はい。くるみさんはグループ全体の番組も滅多に出ませんからね」

「え、なんか怒ってる?」


 あれ、嫌味言われた?

 桜子に? なぜ。

 私はこの子は気持ち悪いくらい清廉潔白な人間だと思っていた。

 委員長系アイドルとはまさにこの子のためにあるキャッチコピーで、何て秀逸なんだと感心していたのに。


「こおりさん。くるみさんに何か言われましたか」

「……春出水はるでみずさん。聞いてくれるの」

「はい、こおりさん。私はこおりさんの味方です」


 ……ナニコレ。


 ていうか今気づいたけど、似てるな。

 二人ともノースリーブで白の清楚なレースブラウスに、寒色系のティアードロングスカート。

 ……ん? これミュールも同じデザイン……?

 背が低い桜子は少しヒール高めだが。ぱっと見同じにしか見えない。

 髪型は氷ヶ峰が切りっぱなしボブで桜子はポニーテールで違うが、共に艶のある濡羽色ぬればいろだ。


 姉妹みたい。


 桜子がピタッと氷ヶ峰の隣に座り、白い手を重ね合う。


 ……いや、絵になるよ? 絵になるけど本当何なの。



「犬飼くんが、くるみちゃんに取られるかもしれない……」


「なんですって! 許されません!


 私、クラブ会長として見逃せませんよ!!!」



 ちょっと待って。

 こんなの私聞いてない。

 うそでしょ。


 蒼樹坂あおきざか最後の良心───委員長系アイドル、春出水はるでみず桜子さくらこ



 変な女なの?








 ────────


 食事会(回)つづきます。










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