連続バラバラ殺人事件


「おーい、ハルト君、今帰りかい?」


そう言うとモリタはロビーを歩いていたハルトを呼び止めた。


「あ、センター長。はい、今終わったところです」


ハルトは立ち止まり、モリタの方に振り返って答えた。


「そうそう、今日身寄りのない女性が搬入されたけど、もう聞いたかい?」


モリタはハルトに近づきながら言った。


「はい、確認してきました。でも違ってました」


ハルトはそう言いながら足元に視線を落とした。


天井の蛍光灯の光が無機質なリノリウムの床に鈍く反射している。


「母はたぶん、外側の世界で暮らしているんだと思います」


「うーん、壁の外側のことは実は政府もはっきりとは把握していないらしいからな」


「そうなんですか?」


「ああ、それに政府のやつらの言うことは毎回信用できない。まだ相当数の人たちがあっち側で暮らしているよ」


「壁の外側が現在どうなっているのか誰に聞いても知らないし」


「そうだな。でも諦めないで希望を持って。お母さんに早く会えるといいね」


「はい、ありがとうございます」


待合ロビーのソファーに座って数人の患者たちが静かにテレビニュースを観ている。


「また水曜日に殺人事件が発生しました。今回で五回目です」


美人で人気の女性キャスターは深刻な顔で事件の詳細を伝えている。


ここの居住区内では、ここ半年の間に女性が夜道で襲われ惨殺されるというおぞましい事件が連続的に発生している。犯行はいつも水曜の夜、手口は同じで被害者は首をひも状のもので絞殺されたあと、どこか別の場所に運ばれた。そこで犯人は遺体を電動ノコギリのようなもので切断、バラバラに解体。 翌朝、ゴミ袋に詰められた酷たらしい状態の遺体が街角の比較的目立つ場所で発見される。放置された遺体の主立った肉や内蔵は鋭利な刃物で削ぎ落とされていた。顔面だけは綺麗な状態であったが、例外なく被害者の片方の眼球だけが抜き取られていた。なんとも恐ろしい猟奇的連続殺人死体損壊事件である。


「被害者の無念を思うと同じ女性として決してこの事件の犯人を許すことができません」と女性キャスターは締めくくった。


「おそらくいかれた変質者の仕業だろうけど、まったく物騒な世の中だ」テレビから目を離しモリタは顔をしかめていった。


「ええ、そうですね」ハルトも顔を曇らす。


「あ、ごめん。引き止めて悪かったな。じゃあ、気をつけて」


「はい、お先に失礼します」


 ハルトはモリタに挨拶をして上履きからスニーカーに履き替えると玄関を出た。 外に出ると風はなく蒸し暑い夜だった。見上げた空には月はなく曇っていた。ハルトは職員用の駐輪場に停めてあった小型の電動バイクにまたがった。ヘルメットをかぶると左腕につけた時計のパネルを見た。緑色に発光する数字が西暦二千二十五年、七月十八日、午後七時二十分を表示している。今夜は久しぶりになじみの食堂で食事をするつもりだった。



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