その姿は、俺のもの

 黄色い歓声が響くのに驚いて、顔を上げた。

 只今、昼休み。

 学生食堂でカレーを食べ、眠気を堪えていたら、先程の騒音。

 そちらに顔を向けると、女子達の輪の中から、あいつがこちらに歩いて

 くるのが見えた。

「え? うそ? 佐久君? 格好いい。」

 傍に座っていた女子が騒がしくなる。

 まだ虚ろな視界をはっきりすべく、瞼を擦って良くみれば、佐久が眼鏡を

 かけている。

 俺だけが知っているはずの、眼鏡姿。

 あいつは、人前に出る時いつもコンタクトを着けているはずなのに。

 毎朝、寝癖の付いた頭で『おはよう』と気怠そうに眼鏡姿で部屋から出てくる。

 俺だけの、特別なはずだったのに。他の誰かに知られてしまった。

 虚しく思う感情が、何故か体を駆け巡る。

 あれ? 俺、何で?

 俺が戸惑う間にも、あいつは俺に向かって歩いてくる。

「たくま。」

 あいつが俺の名前を呼んでいる。

 けれど、突然あいつとの間に壁が生まれた。

「ねぇ、佐久君。今日、格好いいね。私達と、この後遊びに行かない?」

 同じ学年の子たち数人が、あいつを取り囲んでいる。

 あいつは俺を見つめながら、その場を抜け出せずにあたふたしている。

 元々、背が高くて顔もいいんだ。

 あいつが格好いいのは当たり前で、眼鏡のせいじゃないのに。

 いや、いや、俺は何でこんなに怒ってる?

 心の中を乱されるのが嫌で、その場を離れる事にした。

 あいつに背を向けて、歩き出す。

「行かないって、言ってるだろ? 頼むから、どいてくれよ!」

 思わず立ち止まるほどの大声。

 妙な感覚に振り向いてみれば、悲しそうな佐久が俺の手を掴んでいた。

「たくま。なんで行っちゃうの?」

「いや、女子に囲まれてたし、邪魔だなっておもって。」

「邪魔なはずないだろ。俺、昨日コンタクト取りに行くの忘れちゃっててさ。

取りに行くの付き合って欲しいんだ。」

「取りに行くくらい一人で出来るだろ。」

「やだ。ずっとメッセージ送ってるのに全然返してくれないからさ、

この姿で出てくるしかなかったんだよ。

 絶対に、眼鏡姿は嫌なのに。」

「はぁ? 何で?」

「この姿は、たくまにしか見せたくないんだ。たくまと俺だけの秘密の姿。」

 急に顔を寄せられて、耳元で囁かれる。

 次の瞬間、手を引っ張られて二人で走っていた。

「俺も、同じ気持ちだよ。その姿は、誰にも見せたくない。」

 走りながら、佐久が笑っている。

 この気持ちは、そうか。やっとわかった。

 繋いだ手を握り返し、気持ちを伝えよう。

「佐久、俺はお前が好きだ。」

「俺も、だ~!」

 お互い微笑んで、店まで走り続けた。 

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