光輪を乗せて、トキは歩く

@ayuomati

第1話:古い白地図


「これまで永きに渡る我が国の情報管理と隣国との交渉資料作成、その他の功績に対して感謝の意を」


ダラダラと。人目が多くて面倒臭い。

国王の邸、白色柵から数え切れない程の庶民が顔をこちらに向けている。

皆が笑顔を浮かべている。私が中央省のトップの座を降りるのがそんなにも嬉しいのか。憎たらしい。これだから目立ちたくなかった。こんな役職、受けなければ良かった。あぁ…。


式は本当に長く感じられた。お祝いの花束を受け取ってからは、白い花びらを見る度にため息を零した。庶民の白い目が私を捕らえている。


「皆、トキの事が好きなんだよ〜」

中央省での唯一できた友人のラッキーは、お気楽だ。純粋すぎる。人は皆、ラッキーみたいに澄んだ心は所持していない。もちろん私も。


「前にも言った。私は”ハイロ”だから、人間や獣人は皆私を恨んでる。こうして普通に生きれているだけ奇跡なの」


頭の上に浮かぶ、天使の光輪を廻して言い放つ。ラッキーは悲しそうな顔をする私の頭にそっと手をやる。


「トキは考えすぎる癖があるね。こんなに可愛いのに」

「顔の良さは関係ないよ」

「顔が可愛いの、否定はしないんだ」

「うるさい」


コンコン、とドアが叩かれる。慌てて私たちは離れ、姿勢を正す。

「入っても?」低い声がドア越しに響く。

訪れたのは国王補佐のアルフレッドだった。歳老いてはいるが、今でも剣技は衰えない、最強の剣士。

「トキ、これからどうするか決まったかの」

「いえ、特に何も」

「趣味も見つかって無いのか」

「えぇ…いつ死ねるのかも分からないもので」

私のネガティブな発言に、ラッキーは不機嫌そうに顔をしかめる。

「ならば一つ提案がある」

懐から古い巻物を取り出して、彼は言った。


「これは五千年前に描かれた世界地図だ」

栗色に変色した古紙に丁寧にインクが陸を、海を、山を、島を作っている。


「どれ、地図を描き直してみないか?」

この発言に、私とラッキーは目を丸くした。

理由を尋ねる気も起きず、数秒の沈黙が流れた。


「…火山の噴火、龍の暴走、暴風、そして戦争。それらの影響で今地形はこの地図通りでは無くなっておる」

「それは知ってるけど、誤差じゃん」


…ん?

「ん?」


「あっ、誤差ですよね?」

「それは思い違いじゃ」

ラッキーの失礼すぎる発言は、失礼すぎた故に許された。


「それだけでは無い。この世界は明らかに変わっておる。公道を作ろうとした国が、地図には無い段丘があって計画を頓挫させてしまった、という一例もある」

「リリナス湖が無くなった、みたいな話も少し耳にしますね」

「そうじゃの」

一呼吸置いて、アルフレッドはまた話を始める。


「お主は天使に選ばれたハイロじゃ。どんな村にもどんな街にもどんな国にも足を踏み入れられる。オマケに寿命も授かった」


なるほど、確かにピースは揃ってる。残りの無限に続く余生を、なんの足跡も残さずに終わるのは勿体ないかもしれない。


「トキはこういうの、そんなに好きじゃないでしょ?」

私の目を覗き込み、ラッキーは言う。

「無理強いしている訳ではない。ただの老いぼれからの提案じゃ」


この街に居れば、これ以上自分の敵を作ることも無くなる。それに、ラッキーのような気の良い友人もいる。だけれど。



「…やってみたいです、それ」



「トキ!?」

「ほう」


何年ぶりだろう。子供の頃に、天使から選ばれた時以来の胸の高鳴りする。古い白地図が心の鐘を鳴らしている。


「待って待って!そんなの、何年かかるか分からないし、そもそも荒っぽいウルフ族とかに殺されちゃったりしたら…」


「ハイロを殺せば、その一族は呪われる。一族の足を引っ張るような狼は存在せんぞ」


「でも…」


古い巻物の地図を握り締めて、窓の外に映る母国を目に焼き付ける。私の、残性よりも長い、輝かしい余生の始まりだ。



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