さくら色フェイトフル・トリップ

真城しろ

プロローグ

第1話はじまりは福咲が丘市にて。

ここに、今まさに結婚式の最中の男女がいる。聞くにこの男女の出会いは、男が分かれ道を「右に曲がった」所から始まる。ならもし、男が分かれ道を「左に曲がっていたら」?この男女は出会うことすら無かったかも知れない。勿論、そんなのは結果論にすぎない。男が分かれ道を「右に曲がった」から今この瞬間があるのだから。いまさらその選択を変えることも、無かったことにもできない。


人生は「選択」で出来ている。


朝ご飯を食べるか食べないか。

バスで行くか自転車で行くか。

見かけた店に入るか入らないか。


そんな些細な事でも、人生の「選択」に違いない。

そしてときにその選択が、自身の人生に大きな変化をもたらす事もある。例えそれが、どんな選択だったとしても。


「はあ、、、」

時空の狭間の、何もない暗闇にぼんやりと映し出された「とある男女の結婚式」を見届けた少女はため息を一つついた。肩ほどまで伸びた銀髪に紺色のブレザータイプの制服を身に纏ったその少女は、選択の末、光や時間さえ失われた世界で、また一つの恋の行方を見届けた。かつての自身の恋心は胸の奥深くに閉じ込めて。


● ● ● ●


―――2126年4月、22世紀初頭より実用化が進められていた「タイムマシン」の完成により、日本だけでなく世界各国が歓喜と期待の声をあげた。そして、その記念すべき第一回実用試験に参加する少年が一人。少年の名は桜木翼さくらぎ つばさ。18歳という若さでタイムマシンの研究を進めていた機関、WTTワールド・タイム・トリップのリーダーにまで上り詰めた類いまれなる才の持ち主だ。


「翼くん、ようやくこの時が来たね」

タイムマシンが置かれている部屋に向かうなか、翼の隣を歩く研究者が声を掛けてきた。

タイムマシン開発においての尽力は大きく、彼女もまた、名の知れた研究者だ。


「ああ。そうだね」

翼は簡単に返事をした。


そして、とうとうタイムマシンの保管されている部屋の前に立つ。目の前の巨大な扉が轟音を立てながらゆっくりと開いた。


「いよいよですね」


「そうだな。じゃあ準備に取り掛かってくれ」


「行先は時空の狭間ですよね」

彼女が翼に対して確認を取る。


「ああ。頼む」


―――「行き先は100年前。」

翼は彼女を除くこの機関のメンバー全員にはそう伝えていた。時空の狭間はあくまで時間遡行の際に仕方なく生じる空間。そんなところに行くためにタイムマシンを作るなんて本来は全く意味のないことで、馬鹿正直に行先を伝えると不信感を抱かれる可能性があったからだ。しかし、実際は違う。彼の本当の行き先はタイムスリップの際に生まれる「時空の狭間」。そして、そこに取り残された大切な人を救い出すために。そのために彼は2年前にこの機関に入り、たった2年で機関のリーダーにまで上り詰めたのだった。

彼が今日この時、ここに立つ事になったのもまた、過去の彼の「選択」の繰り返し。

そして彼にその選択を選ばせたきっかけは、2年前、、、いや、102年前まで遡る。


● ● ● ●


―2124年4月。

俺、桜木翼はこの春、福咲が丘学園への進学を機に一人暮らしを始めることになった。福咲が丘市。人口12万人ほどが暮らす山間部の地方都市だ。この街と都市部をつなぐ鉄道の高速化によって、最近は都市部のベットタウンとして人気らしい。


「ひとまずはこれでいいかな?」

俺は一通り引っ越しに際して持ってきた荷物を整頓し、いったん休憩することにした。

ふと、窓の外を見ると、隣接する公園の桜の木が見えた。


「それにしても、日本人って桜好きだよなあ」

俺は桜の木を見て、そんなことを思った。

最近やったゲームとか最近見たアニメにも出てきたし。


「そういえば、まだあんまりこの街見て回ってないや」

俺はそう思い、引っ越し作業の気分転換もかねて、この街を見て回ることにした。


駅前、国道沿いの商業地区、新学期からの通学路。一通り市街地を見て回り、自宅に帰る途中。山の上え向かって一直線に伸びる長い石畳の階段を見つけた。入口に鳥居があるため、おそらく神社の参道だろう。


「桜晴神社か」

入口にはそう書かれた石碑のようなものがあった。その他石碑にはこの階段の段数も記されており、その数なんと120段。

俺は、そんなに高いところにあるのなら、上から街を一望できそうだと思い、その階段を上ってみることにした。


● ● ● ●


「結構綺麗だな」

上からの景色は期待を裏切らないものだった。こうして見ると、福咲が丘の市街地は人口10万人台の地方都市にしては発展しているように見えた。高層マンションなんかも多くある。恐らく、近頃ベットタウンとして人気が高まっている中で、山間の街ということもあって、人口に対して土地が不足しているのだろう。神戸、、、程発展しているわけでもないが、状況としては近いものを感じた。


「さて、帰るか」

そうして、3分ほど滞在した後、帰ろうとした俺の目の前に、まばゆいさくら色の光が現れた。


「わっ!まぶし!!」

そしてそのさくら色の光は、瞬く間に俺の周りを包み込んで、さらに強い光を放ち始める!

そして、しばらくすると光が徐々に弱まり、やがて消えてしまった。


「何だったんだ、今の、、、」

俺は恐る恐る目を開け、そして周囲を確認する。

すると、自分の後方に、二人の少女がいた。

一人は所謂、清楚系、というのだろうか。大きな瞳に長くさらさらの黒髪。身長は俺より少しだけ低いくらいか。よく俺が遊んでいるゲームや見ているアニメに出てきてもおかしくないような美少女だ。俺を見たまま固まっているかのように動かない。もしかして俺に一目ぼれだったり、、、するわけねーよな。うん。そしてもう一人は同じく大きな瞳に、今度は肩ほどまで伸びた銀髪が目立つ少女だ。先ほどの黒髪の子よりも少しばかり身長が小さいように思える。そして銀髪の少女は胸の前あたりで見慣れない長方形の薄い板をもって呆然とこちらを見つめている。

二人とも福咲が丘学園の制服に身を包んでいる。ちなみに紺色のブレザータイプだ。


でも、あの薄い板、どっかで見たことある気が、、、

俺は銀髪の少女の持つ薄い板に見覚えがあった。ただ、普段使うものでは、、、


「あっ、スマートフォンだ!!」

俺は少女の持つそれが何かようやく思い出した。確か歴史の教科書に載っていた、21世紀後半まで使われていた通信端末で、22世紀の今では、もう生産もされていないはずのものだ。彼女はどうしてそんな不便なものを使っているのだろうと思ったが、それを聞く前に先に声をあげたのは少女らのほうだった。


「い、い、いま君どうやってここに来たの?!?!?!」

銀髪の少女はひどく混乱しているようで、自分の持っていたスマートフォンをその場に放り投げてこちらに詰め寄ってきた。スマートフォンは空間に画像を投影するわけじゃないから液晶画面が割れる危険があると習った気がするが、大丈夫だろうか、、、

そんなことを考えているうちに、気づけば銀髪の少女は目の前まで迫っていた。


「どうやってって、、、さっきからここで景色見てましたけど、、、」


「そんなわけないよ!私たちちゃんと見てたんだから!!突然光が現れたと思ったらここにあなたが立ってたの!!」

銀髪の少女は身振り手振り交えて熱心に解説してくる。


「わ、私も見ました!」

いつからかフリーズしていた黒髪の少女も、拘束が解けたようで、こちらに寄ってきた。

まったく、二人して俺をからかって何がしたいんだ、、、


「あのなあ、人が急に現れるなんてあるわけがないでしょう。見間違いか何かでは?」


俺がそう答えると、すぐさま「そんなことない!!」「そんなことありません!」と否定された。


「そうはいってもなあ、、、」

俺は、一旦景色を見て落ち着こうと思った。ずっとこんな調子で会話を続けていて疲れた。

そうして俺はもう一度街のほうを見た。来たばかりの街だが、山間部にたくさんの高層マンションが立ち並ぶ光景は、純粋な都会や田舎町にはない、独自の魅力を感じさせ、、、あれ?


ない。


高層マンションがない。


ってかこんなに田んぼ多かったっけ?


何かがおかしい。さっき見た景色とまるで違う。さっきまではこの場所からだと高層マンションや住宅によって隠れて見えなかった鉄道駅が今はここからでも良く見える。さっきこの街を探索した時にも歩いた国道も商業区画も、一面の田んぼと化していた。まるで、別の街を見ているかのようだ。


突然無言になり、唖然とする俺を見て、二人は不思議そうな表情を浮かべた。

「君、どうしたの?」

銀髪の少女は俺に問いかけてきた。


「ここは、どこだ、、、?」

さっきまでと同じ場所にいるはずなのに、見える景色がまるで違う。俺は恐怖や不安のようなものを感じながらそう尋ねる。


「はあ?君、ほんと大丈夫??えーっと、まずここ福咲が丘市の桜晴神社。ついでに言っといてあげると、今日は2024年4月4日。木曜日。これでいい?」


「ああ、ありがと――」

俺はそう言いかけてある違和感に気づいた。


「――いやまって。きみ、今2024年って言った?今は2124年だよ」

俺が彼女の間違いを指摘すると、彼女はさらにあきれ顔になって、先ほどまでよりも冷たい声で答える。


「いや、2024年だよ?2124年とか、、、どうやったら100年も勘違いするわけ?良くそれで今まで生きてこれたね、、、」


「いや、2024年って、、、そんな訳、、、」


そんな訳ない。


そう思いつつも不安を感じて自身の腕につけた通信端末を起動。目の前の空間にホーム画面が映し出された。それを見た二人は、その様子を驚きの表情で見つめてきた。現代では、スマートフォンなんかよりもよっぽど便利で、普及しているのに、不思議な人もいるもんだ。などと思いつつ、カレンダーを開く。現代では、まだ実用には至らないものの、タイムマシンの研究が進められており、基本的にいつの時代でも対応できるように、通信端末のカレンダーアプリは、自分のいる時代に応じたデータに修正されるようになっている。そして、俺はそこに表示されている日付を確認する。


―――2024年4月4日(木)


そこにはそう記されていた。

こうして、俺、桜木翼は、100年前での生活を余儀なくされたのだった、、、

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