1-05_【日常】フェイ、ミケリアにおねだりされる
カルミア歴1238年 春
フェイ・クーシラン(19)
久しぶりの風呂を堪能し、湯上りにはニーナが用意した手料理で腹を満たしたフェイは、案内された部屋のベッドに転がると疲れからあっという間に眠りに落ちていた。
「フェイせんせ~い! あっさだよぉ~!」
部屋の扉を勢いよく開ける、朝から元気なミケリア。フェイはムクリと体を起こし、寝ぼけまなこで「うん…」と返事をする。
「ん? フェイ…先生?」
朝起きると昨日の”おじさん”呼びから変わっていることにフェイは気が付き、ミケリアに向かって首を傾げる。
「うん、お父さんに怒られちゃった。 おじさんじゃないからおじさんって呼んじゃダメだって。 学者さんだから先生って呼びなさいって」
ベッドから立ち上がりながらフェイは「そうか、怒られちゃったか。ごめんね」と少し心配して言う。
「ん。 しょうがないなぁ、許してあげる!」
お調子者のミケリアの反応にフェイは吹き出したあと、「まだ先生って言える実績なんてないんだけどね…」とポリポリ頭を掻きながら呟いた。
着替えたフェイはミケリアと共に食卓へと向かう。食卓には二人分の雑炊と昨日の夕飯のおかずの残りが小鉢に入って並べられていた。
フェイの横をスッと飛び出たミケリアは片方の席に着き、「こっち、こっち」とフェイを隣の席に招く。
―― ヴィランさん達の分はどうしたのかな?
席に座りながらそう思っていたところに、ニーナが声をかける。
「おはようございます、どうぞ召し上がって下さい。 夫は今、朝の礼拝中でまだ暫く時間がかかりますので」
「はい、おはようございます、ニーナさん。 あの、ニーナさんは?」
「わたしはアキナスのこともあって、先に頂きましたわ」
「そうでしたか、では頂きます」
微笑んで台所の方へ向かうニーナ。その後ろをチョコチョコと幼いアキナスが付いて行った。
隣では「いっただきまーす!」とミケリアは右手を胸元に当てて言っていた。フェイは昨日の夕食の際に知ったのだが、これがシログ民族の祈りの仕方のようであった。
フェイはカルミア式に胸の前で両手を組んで「頂きます」と言って食べ始めた。
昨日の夕食の時にもフェイは思ったのだが、田舎だというのに全体的に味付けが薄い気がする。田舎では肉体労働が多いため、塩分が多めの味付けになると聞いたことがあり、事実途中の町や村では濃い味付けが多かったと思い返したところでハタと気が付く。
夕飯時のヴィランの話によると、ミュセナ家は代々リオフィラ神殿の神官であるとともに、王領の飛び地であったこの町の代官も務めていたらしい。ならば貴族に準ずる地位にあったわけで、そうであれば肉体労働よりも頭脳労働のほうが多かったのだろうとフェイは一応は得心したのだが。
―― それにしても薄いような…? それに何か一味足りないような気もするし…?
当然、そんな失礼な事を口にすることなく食べ続ける。隣のミケリアは美味しそうに食べていることからすると、これがミュセナ家の家庭の味なのだろうと思いながら。
「ねぇ、フェイ先生」
ほとんど食べ終えたミケリアはフェイに声を掛ける。「ん?どうしたの、ミケリアちゃん」と聞き返す。
「昨日のお話聞かせて!」
思い当たることが無く「えっ? なんのこと?」と首を傾げるフェイにミケリアはプンスカと怒って「邪神さまのお話!」と言う。
微妙な顔で「うぅん…」とフェイは返事に困る。
アストランディアでは広く知られたおとぎ話『聖王の邪神討伐』であるが、何故だかこの地では知られていないようだ。しかもミケリアの様子を見るに、彼女は邪神の子孫といわれていることを誇りに思っているようである。そんな彼女に邪神が悪役の話をしていいのだろうかと。
―― そもそも、邪神が悪役って…
そりゃそうだろうと思うが、彼女の中では違うのかもしれない。そんなことをフェイが考えている間にもミケリアは「お話してー!お話ー!!」とフェイの服をグイグイ引っ張って話をねだっていた。
「いやぁ…でも、ねぇ…」
「お話してー!!聞きたいーー!!」
引き下がろうとしないミケリアに根負けしたフェイは前置きに注意だけして話すことにした。
「分かったよ、でもいいかなミケリアちゃん。これは僕の故郷で伝わってる話で本当の事かどうか分からないよ。 あと…ガッカリしないでね」
フェイは聖王に憧れていた子供の頃、この話が大好きだった。飽きることなく何度も何度も母にねだって聞いていた。
今は既に他界した母の面影と優しい語り口調を思い出しながら、フェイはおとぎ話を語り始めた。
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