入道雲が怖い

大きな入道雲って、夏って感じで良いですよね。

田舎の風景に大きな入道雲があると、写真としても絵としても素晴らしい。ノスタルジーって感じで。


と同時に、少し怖いなとも思いますよね。馬鹿みたいに大きくて。恐怖を感じる。

普通の雲って、表情がないじゃないですか。のペーっとして。たまに少しだけ雨降らせて。すーっと過ぎていく。


入道雲は違う。狂ったように天高くまで発達して、土砂降りの雨を降らせる。おかしいんです。遠くから見ても。近くから見ても。


有名な映画で、龍の巣っていう表現があるじゃないですか。私は巣じゃなくて、生き物そのものだと思う。ぬめりとした、夏のいやーな水分を食べて成長する。龍なんか高尚なものじゃない。もっと汚い、おぞましい、下等な生き物。


私は入道雲が怖い。狂った、人智の及ばない生き物に見えて。


失礼しました。話に戻りますね。




8月の終わり、晩夏の話です。

17:30頃。私は仕事を終え、自宅の最寄り駅に到着しました。

遠くの空には、ぼこぼこと発達した大きな入道雲が見えました。


―――気持ち悪い。


私はそれをなるべく見ないように、自宅のマンションへと急ぎました。

ふと、目の前に見慣れた背中を見つけました。


旦那でした。


―――○○さん、おつかれさま。今日は早いね。

旦那はいつも19:00頃帰宅するので、帰り道が一緒になることはめったにありませんでした。


―――そう、なんか今日は早く帰らないといけないと思って。

―――なにそれ。変なの笑。


他愛もない会話を楽しんだのもつかの間、突然空が暗くなり、ぽつり、ぽつり、と雨が降ってきました。


―――やべ、急いで帰ろう。


すこし小走りで家に向かった旦那の横に、

雲が落ちてきました。




ぬちゃり。




どす黒い灰色。空と全く同じ色をしたそれは旦那に忍び寄り、


足元で消えました。


―――○○さん。

―――なに、急ごうよ。


振り返った旦那の顔は、瞬く間にぼこぼこと膨れ上がり。

それに伴って体全体がぼこぼこと白く、おおきく膨張して。


―――イソイデ。イソゴウヨ。


それはまるで、入道雲でした。


私は嘔吐しました。雨は強く降り、雷の音が聞こえました。

―――イソゴウヨ。

旦那はさらに大きく膨れ、どこに何があったのか、まったく不明瞭な一つの塊になりました。

―――チョット、ダイジョウブ?

来るな。こっちに来るな。離れろ。

それは、私に白い突起を伸ばしてきました。

やめろ。


触るな。


―――すみません、大丈夫ですか。


気が付くと、若い女性に声をかけられていました。

雨と吐瀉物でぐちゃぐちゃになった口元をぬぐい、立ち上がりました。


―――すみません。すみません。もう大丈夫です。


周囲の冷ややかな目線を感じながら、私は自宅へよろよろと歩き始めました。


旦那だったものはいつの間にか消えていて、空は突き抜けるようなオレンジ色でした。遠くの空には、相変わらず大きな入道雲が見えていました。

夕日を浴びて輝くそれは、こちらを見て高らかに笑っているように感じました。






旦那はいつも通り19:00に帰ってきました。

―――早く帰るならそれLINEで伝えるでしょ笑

確かにそうでした。結婚する前の同棲期間でも、旦那はマメに連絡をする人でした。


疲れてて幻覚でも見たのかな。

そこから同じような体験はしていません。


これで私の話は終わりです。パッとしない終わり方ですみません。




ただ、


最近旦那が水を好むようになって。

朝も、夜も。ご飯のお供に水を。


それもキンキンに冷えたものじゃなくて、常温の水。


あと、


旦那が入った後のお風呂。水量が極端に少ないんです。


旦那がお風呂の暖かい水を。

飲んでるんです。






いつか旦那があの日のように、


私のもとから姿を消すんじゃないか。そんな予感がするんです。


あれは、そうやって増えてるんです。


あの生き物は。

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