第5話

 春蕾が電話番をしていると、聞きなれた車のエンジン音が聞こえ、彼は椅子から立ち上がった。

「藍が帰って来た!」

 急いで玄関へ走り、ドアをあければ行ったときと変わらない、安定した足取りで藍は大股に歩く。

「おかえりなさい。ボス」

「ただいま。燐は仕事にいったかい?」

「うん、自分の仕事をちゃんと“一人で”終わらせてね」

 春蕾の回答に、藍と永が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてこちらを見ている。

 二人の表情を交互に見て、閃く稲妻のように、春蕾の心を一つの思い当りが走った。

「ははーん。さては燐が報告書すっぽかして、頼まれた仕事に行くと思ってたな?」

 春蕾はしたり顔で、人差し指を二人へ突き付ける。

 二人は苦笑いでごまかし、コメントは差し控えた。

「なんでもかんでもすっぽかすような奴じゃないんだよ。燐はさ」

「それは分かっているさ。でも彼はどうしても楽しい方へ流れてしまうだろ」

 藍の言葉に春蕾が否定しないということは肯定の印だろう。藍は二ッと笑って春蕾の横を通りアジトの中へ入っていく。

「俺が分からないならまだしも、藍がファミリーの事を分からないわけないだろ」

 永が春蕾の方をみて呆れたように声をかける。

 春蕾は口角を上げつつもその目は少しだけ藍を追っていた。

「それはそう。でもさ、時々反抗したくなるじゃん?」

「反抗期か?」

 永の問いかけに春蕾はすこし考えて、上唇と下唇をほんの少しずらすようにして笑う。

「……そうかも」

 実際の反抗期は春蕾が幼い頃にもう終わっていたし、永も彼の発言を本気にはしていないようだった。

「とりあえず、運転手おつかれ」

「あぁ。どーもご丁寧に」

 そのまま二人は藍の後に続く様に、アジトの中に入っていく。

「あ」

「ん?」

 春蕾が何か思い出したかのように声をあげ。一、二歩先を歩いていた永が春蕾の方へ振り返る。

「電話番の仕事中だった!」

「あー……ま、大丈夫じゃん? 律儀に電話かけてくる聖人なんていないだろ」

「聖人がくるかもしれない。淡い期待を打ち砕くなよ」

「はいはい」

 永とはダイニングで別れ、春蕾は自分の仕事の電話番を再開した。

 パソコンのメールボックスを開いても返信なども無く。彼は盛大なため息を吐いた。

「薄情者どもめぇ……」

 恨めしさを言霊に載せた所で、ドアがノックされる。

「はーい」

「入っていいかい?」

「どうぞ?」

 春蕾の了承を貰った相手は、ゆっくりとドアを開ける。部屋に入って来たのは、藍とその後ろには峰も居た。

「今、仕事中なんだけど、何か用?」

「電話番なんて退屈だろう? 彼女とおつかいを頼みたいのさ」

「おつかい?」

 藍が後ろの峰に顎で指示すると、彼女は持っている紙を春蕾に渡す。紙を受け取った春蕾は、買ってきて欲しいものリストに軽く目を通す。

「月桂樹の葉、白樺の木皮。……まって、孔雀がリストに入ってるけど?」

「え、研究用」

 春蕾はリストの紙を峰ではなく、藍へ付き返すと。藍は首を傾げた。

「どこか、おかしいか?」

「研究用に孔雀が必要な理由は?」

「…………ちょっと使いたい物がね」

「おい、今の間は?」

「じゃあ、峰と一緒に頼んだよ~!」

 藍は追い討ちをかける隙もないほどの驚くべき速さで逃走する。

「おいこら! 藍!」

 舌打ちしたあと藍が落としていったリストを拾い上げ、暫し考え込んだ後。

「……いくしかないか。」

「ごめんなさい。巻き込んじゃって」

「峰が謝ることじゃない」

 新人は春蕾を前に萎縮し、視線はずっと春蕾の靴を見ている。

「あの、私、本当に何も知らなくて」

「うん」

「その、ボスにこの紙見せられた時、春蕾さんと一緒で孔雀に目が留まって、首を横に振ったんですけど」

「あー……」

春 蕾はその後の事が手に取るようにわかってしまった。峰の首を振った意味を知ったうえで、自分に寄こしたのだ。

「アレ、そういうとこあるからさ」

「…………」

 二人は大きなため息をついて、しぶしぶ買い物へ出掛けた。

 孔雀はこの辺の地域では、飼うことは許されているが、食用にはしてはいけない決まりになっている。

 しかし、鳥肉であることには間違いないので、欲しい場合は研究用と伝えて農場から買う。

「春蕾さん、あの人がそうです」

「へぇ。名前は?」

「……え、知らないんですか?」

「興味ないもん」

「あはは、いい性格してるわ……」

 牧場の主はコーバス・エイクマン。普通の牧場経営者で、商店でも個人でも気軽に肉を買える。

 孔雀も彼の牧場では扱っていて、研究用と言って買っていく人間が少なからずいるのだ。

「それだけ、食われてるって事なんだよなぁ」

「捌いてしまえば、鶏肉と一緒ですもんね」

 孔雀の羽は薬にも使えるので、藍は薬にして売るつもりだろう。

 ただし、煎じる量を間違えれば、幻覚が付きまとう厄介なものになってしまい、注意が必要だ。

 肉にしたものではなく、生きた孔雀をコーバスから一羽買い、帰り道で月桂樹の葉と白樺の木皮を買って、二人のおつかいは終了。

「もう夕方か、早いね。もう少し時間があれば、他の店でも見ていこうと思ったんだけど」

「私用でなにか必要だったんですか?」

「あぁ、自室に置いておく用の飲み物をね。でも、明日でも大丈夫」

 物事にこだわらず、吹っ切れたようにさっぱりと春蕾はアジトへの道を歩き出したが、急に立ち止まった。

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