化けの皮剝がれたり

 私は必死に走った。人の海をまるでモーゼが海を割るようにまっすぐ走り続けた。ただひたすらに走り続けた。


 足が痛い。人とぶつかるたびに転びそうになってしまう。でもそれと一緒に歌声もドンドンと大きくなっていく。


「人生の半分くらい、好きなことしたっていいんじゃない?」


 この曲は、私が初めて弾けるようになった曲だ。好きなことを好きと歌う曲。私の大好きな歌だ。彼女が私に届けたい気持ちで歌っているのかはわからない。だけど、今の自分が一歩踏み出すには十分すぎるほどにパワーを持った曲だった。


 魔女の帽子が人とぶつかった衝撃で空を跳ねる。だけどそんなこともうどうだってよかった。もう私に仮装は必要ない。


 早く伝えなきゃ。一緒にバンドをしようって。


「辛くて、苦しくて、想いを隠してしまうけど~。やっぱり人生全部好きになりたいんです」


 聞こえる声はどんどんと大きくなる。もう少しだ。


「ちょ、やめて」


 歌声は突然悲鳴に変わった。音楽だけが流れ続ける時間が続く。小さな声で「離して、やめて」と聞こえる。


 私は胸が少し熱くなる。私はスピードを上げて人の海を走り抜ける。私が走り抜けた時にはちょうど音楽が鳴り終わったところだった。


「やめて」


「いいだろ? 可愛いんだし俺と遊ぼうぜ~」


 そこには死神のようなコスプレをした男が彼女に絡んでいる。男は彼女の腰に手を回し、顔を近づけている。男の左手にはコスプレの窯とお酒の瓶を持っているのが目に入る。


「その子に触ってるんじゃない!」


 私は気がついたら腹の底から声をだした。熱くなった心に任せて気持ちをぶつける。周りからの視線を感じるが、そんなこともうどうだってよかった。


「あ? 誰だお前。いや、お前も可愛いな。俺と一緒に遊ぼうぜ」


 男は彼女から離れると、ふらふらと歩きながら私の元へと歩いてきた。


「私は、彼女のバンド仲間だ! 彼女の邪魔をしてんじゃねぇ!」


 私は近づいてきた男に力強く声をぶつけた。


「な、なんだよ。そんなに熱くなって。なんか冷めたわ」


 男は「いこーぜ」と周りにいた男数人を連れて人の海の中へと消えていった。


「ありがとう、助けてくれて」


「なんか、ムカついちゃったから」


 私に近づいてそう言った彼女に対して私は笑って彼女の感謝に答えた。


「バンド、やろう!」


 私は彼女に自分の気持ちをぶつけ、手をさしだした。


「もちろん! よろしく!」


 彼女は私の手を取ると、笑顔でそう答えた。この時の彼女の笑顔は今日1番の笑顔に思えた。


「私、白鳥凛花しらとりりんか。あなたは?」


 胸に手を当てて名前を教えてくれる凛花は、私にそう尋ねた。


「私は、赤羽結愛あかばねゆあ。よろしくね凛花さん」


「凛花でいいよ。よろしくね結愛」


「えっと、じゃあ凛花ちゃんからで」


そう言うと、凛花ちゃんは少し不満そうな顔をしていたけど仕方がない。あまり呼び捨てはなれていないから恥ずかしくなってしまう。


 人々の視線はとっくにこちらには向けられていなかった。結局人々は刺激的なものが見たかっただけなようだ。


「とりあえず連絡先交換しとこ」


 凛花ちゃんはそう言ってポケットからスマホを出す。私もスマホを取り出すと、スマホをフリフリする。画面にはどこかの建物らしきアイコンのアカウントが表示される。


「よし、これでおっけー。これで私たちはバンド仲間」


 凛花ちゃんは「いえ~い」とグータッチを求めてくる。私も少し恥ずかしがりながらも拳を握って出した。凛花ちゃんは勢いでグータッチして笑った。


「あれ? そういえば帽子は? 魔法少女のコスプレだったよね?」


「一応魔女だけどね。ここに来るときに落としちゃったんだよね」


 魔法少女のコスプレは少し私にはハードルが高そうだ。私にプリティでキュアキュアすることは恥ずかしすぎてできそうにない。


「じゃあ一緒に探しに行こ」


「えぇ、いいよ。どうせもう着ないだろうし」


 バンド仲間になったとはいえそんなことを手伝わせるのは申し訳ない。それにもうこの衣装はできるなら着たくない。


「ほら、行くよ!」


 凛花ちゃんは私の腕を握りしめ、人の海の中へと飛び込んでいった。


「どこらへんで落としたの?」


「確かあっちの方」


 私は真っすぐ前を指さす。凛花ちゃんは「おっけー」と言ってぐんぐんと進み始める。1人で歩いてきた時は飲み込まれそうだったのに、今はそんな兆しは微塵もない。1人じゃないからかな。


「あ、もしかしてあれじゃない?」


 私がそんなことを考えていると、凛花ちゃんが足を止めて駅前の百貨店の壁を指さす。そこにはぐちゃっと放置された魔女の帽子が落ちていた。凛花ちゃんは私の手を強く引いて帽子のところまで歩いていく。


「はい、これ。もう無くしちゃだめだよ」


 凛花ちゃんは私に帽子を笑顔で差し出した。なんでここまでしてくれるんだろ。さっき出会ったばかりなのに。


 凛花ちゃんの行動理由は、私にはよくわからなかった。


「あれ? 結愛ここにいたんだ。またいなくなるから探したんだよ」


 私たちが帽子を見つけた時、背後から声をかけられた。私はその声をよく知っていた。


「美香ちゃん」


「ていうか、横にいるのって、もしかしてさっきからうるさい歌垂れ流してたやつじゃん。結愛そんな奴と一緒にいちゃダメだよ?」


 美香ちゃんは少し苛立ったような声色と顔でそう言った。凛花ちゃんはその発言に今にも飛び掛かりそうだったので、右手を凛花ちゃんの前に出して静止させた。私がどうするかはもう決まっていた。


「美香ちゃん、私は凛花ちゃんとバンドをやることにしたの」


「は? 何いっちゃんてんの。意味わかんないんですけど」


 美香ちゃんはそう言って地面を蹴る。明らかにイライラしている。


「私はもう自分を隠さない。私は美香ちゃんたちと楽しめない。だから私の大切な仲間を悪く言うなら。私はもう美香ちゃんと関わらない」


「は? ほんと、意味わかんない。勝手にすれば」


 美香ちゃんは穂乃香ちゃんと葵ちゃんを連れて人の海に消えていった。


「よかったの? 友達でしょ?」


 凛花ちゃんは少し不安そうに私に尋ねてきた。


「大丈夫、偽りの友達はもういらない」


 本当の私で生きるんだ。


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