過去と今とこれからと
「なら、私とバンドしよ!」
あまりにも唐突で衝撃的なその一言は、私の頭の中を混乱させるには十分すぎる出来事だった。
まるで意味が分からない。私は彼女のことを知らなければ、つい数分前に顔を合わせたいわゆる初めまして状態だ。
そんな相手からバンドをやろうだなんて言われるとは思いもしていなかった。
「え、えっと。ど、どうしてですかね」
「そんなの、私がバンドしたいからだよ! あなた、楽器はできる?」
さっきまでの美しい歌声や、歌い方とは違い、まるで無邪気にはしゃぐ子供のような彼女に、私は振り回されている。
「い、一応ギターなら」
「それなら、決まりね! これから私のバンドでギターをしてもらうわ!」
「ちょちょちょっと待って。私やるなんて言ってないよ」
いきなりそんなことを言われて「はい、やります」なんて言う人はほとんどいないだろう。私にだってやりたくない理由、過去があるのだから。
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「夢を見ていたんだ~」
私は椅子から立ち上がると、固定してあるスマホの撮影ボタンを押して撮影を終了した。
私は中学1年生の夏休み、とても暑かったことを覚えている。お母さんに連れられて訪れた駅前で必死にギターを弾きながら叫んでいるお姉さんと出会った。
それがギターとの出会いだった。観客はちらほらとしかいなかった。まだあの頃は歌詞の意味も分からなかったけどその必死にギターをかき鳴らし、歌を叫ぶその必死な姿に憧れた。
その年の誕生日、私はお母さんに必死に頼み込んで中古だけどギターを買って貰った。それからというもの、私はギターに明け暮れた。ひたすらに引き続けた。
中学3年生までは、誰かに見せようとは思えなかった。恥ずかしさがまだぬぐえなかったからだ。だから、ただ自分がかっこいいと思えるようになりたかった。
『どうも~。クラウドです。今日は今話題のドラマ主題歌、緋色の空を弾き語っていこうと思います」
画面に映る仮面のシンガー、クラウドとの出会いが、私を更に大きく変えた。あの時のお姉さんみたいに激しくかき鳴らすギター、黒髪ポニーテールに狐の仮面で目元を隠している不思議な雰囲気。その全てが私を魅了した。
これなら私でもギターの演奏を聞いてもらえる!
そう思った私は、ギター配信者『ウィング』としての活動を始めた。名前は赤羽という苗字だからという安直な理由で決めた。
私は毎日のように動画を作ったり、生配信で弾き語りをしていた。チャンネル登録者も1万人を超えるほどには人気が出ていた。そんなある日、学校のことだった。
「あいつさ、ギターの配信してるらしいよ」
「まじ? ウケるんだけど」
「それにギターも普通だし歌は下手なの」
「マジ? ほんと面白すぎるんだけど」
放課後、音楽の授業でギターを使うために持ってきていたギターを音楽室に置いていたので、取りに戻る途中、1軍女子たちのそんな会話を耳にした。
私は聞かないふりをして音楽室に走った。このまま聞いていたら胸がはち切れてしまうような気がしたからだ。
「赤羽、やっぱり来たんだ」
音楽室に辿り着くと、そこには1軍トップの
「あんたの動画見たよ。私よりちやほやされちゃってさ。こんなくだらないこと辞めちゃいなよ」
朋子は私にそう言ってギターケースを押し付けると、音楽室を立ち去った。その中に入っているギターの弦はすべて切られていた。
私はそれから音楽を辞めた。チャンネルも消してギターも押し入れの奥へと突っ込んだ。もうあの時のお姉さんみたいに自分を表現することはできなくなってしまった。
「あれ? 結愛、ギター辞めたの?」
クラスメイトがそう尋ねてくる。
「うん、飽きちゃって」
「そうなんだ。じゃあ今日最近できたカフェ行かない?」
「うん、いいよ」
私はもう、自分を主張しない。ただ波に身を任せるように周りに合わせていった。
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「ごめんなさい。私はもう音楽はしないって決めたの」
「そう、残念」
白い髪を悲しげに揺らしながら、彼女は小さな声でそう溢した。
「ごめんなさい。あなたの歌声はとても綺麗だった。これからも頑張ってください」
「あなたは、どうして立ち止まったの? 音楽が嫌いなら、聞きたくもないでしょ? あなたはまだ、音楽をしたいんじゃないの?」
彼女は歌っていたところまで戻ると、そう尋ねた。その言葉は、ナイフのように私の心に突き刺さった。
「…………」
私は気がついたら走り出していた。彼女の問いかけに答えられる気がしなかった。私はもう、音楽はしないんだ。
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