10
私は茫然と、如月さんの絵を見ていた。
海を一緒に眺めていたときの、私は。こんな顔をしていたのか。びっくりするほど発光していて、まるで初恋にのぼせ上がったような絵で気恥ずかしいけれど。この人がこんな絵をくれるなんて思ってもいなかったので、私は如月さんを思わず眺めていた。
お母様はというと、もうなにも言う気はないようだった。
ただ諦めたように、「スケジュール調整するから。大学に戻るか、このままやめるか考えておいてちょうだいね」とだけ言い残して、立ち去っていった。
お母様は存外、如月さんのことを考えていて、思っているよりもずっと柔軟な人だった。そのことにほっとしながら、私は如月さんに振り返った。
「……どうして、この絵を」
「なんかずっと、君を見ていた気がするから」
「え? だって。私たちこの間会ったばかりですよね?」
「これは母さんにも言ったことないけど。僕はずっと君のことを夢で見続けていたから」
それに私は思わず目を見開く。
……私は気付いたらずっとループの中に閉じ込められていた。どうしてこんな目にと思いながら繰り返し続けて、試しにいろいろしていたら、如月さんに会うことができたけれど。
前に美月にSF関連の本を読ませてもらったとき、タイムループについて供述があった。何度も何度もやり直して繰り返した世界は、ただ捨てられるんじゃなくって、何度もやり直しているほうに括り付くんだと。
タイムループでくるくると繰り返した世界は螺旋状になって進み、少しずつ変わっていくのだと。その中で、前のループ、私の中では終わってしまった世界が、稀に次のループの中で情報として残るのだと。
もしかすると私が何度も何度も繰り返していく内に、如月さんは夢として見ていたのかもしれない。私が何度もやり直したことが、少しは彼の中に残っていたのだとしたら……それは幸せなことだと思う。
私はもう一度描かれた絵を見た。
「……私にしては綺麗過ぎますよ」
「知ってるよ。思い出なんて美化されるじゃないか。写真で撮ってもそれそのものにはならないし、絵を描いても輝きが足されるし」
「なんでですか。本物見てよくそんなこと言えますね」
「でも、それが君じゃないか」
思わず喉を詰まらせた。
そのあと、如月さんは「あー……」と声を出した。
「……君は口うるさいし、わがままだし、ストーカーだし……君はさんざん僕のことをどこがいいのかわからないって言うけれど、僕だってそっくりそのまま返すよ。君のどこがいいのかちっともわからない」
「なんだとこのヤロー。陰険メガネ」
「君本当に罵倒のセンスのカケラもないな。でも僕は君がいいんだよ……そんな君が、いいんだ」
そこまで言って、如月さんは押し黙ってしまった。
それに私の胸はキューンと鳴った。
このへそ曲がりで口も態度も悪過ぎる人にしては、あまりにもストレートな言葉だったからだ。
「えへぇ……」
「なんだその反応」
「私、如月さんのそういうところ、結構好きですよ」
「……訳わかんない」
「私だって同じですよ……お願いですから」
私は描いてくれたキャンパスの縁を撫でた。さっきまで描いていたのだから、当然ながらまだ絵は乾いていない。それを見ながら私は如月さんに振り返った。
「お願いですから、一緒にいてくださいよ。あなたが苦しいっていうの、私も一緒になんとか考えますから」
「……うん」
「私も学校に戻りますから。それでもあなたに会いに行きますから……ああ、そうだ」
そういえば、どのループの中でもしていなかった。私はスマホを取り出して、アプリを見せた。
「アプリのID教えてください」
アプリのIDを交換して、一緒に話そうと語らった。
普通はもっと最初にやることなのに、出会いも馴れ初めも普通じゃなかった私たちでは、なかなか考えが及ばなかったことだ。
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