三日目。そろそろ折り返し地点にやってきていた。

 いい加減私が三日も休んでいるせいか、美月からアプリで連絡が入った。


【どうしたの? 学校を三日も休んで。テスト大丈夫?】


 もうそろそろ期末の勉強しないと駄目だもんなあ。私はそう思いながら、返事をタップした。期末がはじまる前に、ループがはじまってしまうことは、私しか知らない話だから。


【気になる人がいるから会いに行っている】

【えっ好きな人でもできたの?】


 文面だけ見るとそう取れるか。如月さんについてどうやって説明したもんか。

 私は考えながらタプタプと返事を打った。


【投げ捨てられたもの拾ったら知り合いになった。それからずっと追いかけてる】

【なにそれ。その人ヤバイ人?】

【スランプになって人に八つ当たり気味】

【それはヤバイ人じゃないの?】


 まあ私は。あの人が怒っているところしか知らず、どんな気持ちでキャンパスの前に立っているのかを全く知らない。

 廊下に並んでいた絵を思った。個展ではあのサイズは小さ過ぎて並べられないだろうけれど、あれだけ描ける人だったら、きっと大きな絵も描けるはずなのに、なんにも描けなくなってしまっていた。だから押しかけてくる私に八つ当たりしてたんだろう。

 私はできる限り美月にもわかるたとえを選んでみた。


【好きな作家の新作って見たいものじゃない?】

【そりゃもう。遅作の人はとことん筆が遅いから、いつになったら完成するんだろうとやきもきすることはあるし】

【それと一緒で、私はあの人に新作描いて欲しいんだよ】

【ああ、そっか。元々晴夏ちゃんのお父さんイラストレーターだから、その辺気になる人がいるんだ】


 それで納得してくれた。

 うちのお父さんは会社でずっと広告の絵を描いている人だ。会社で絵を描いていると意味がわからないかもしれないけれど、会社の宣伝できちんと目が行き届いた人が見なかったらデザインというものができないらしい。

 お父さんは会社の仕事とは別に休みの日になると絵を描いているから、もうそれがライフワークなんだろうと思う。

 そんなのを日常的に見ていたら、そりゃ如月さんの絵が気になるんだ。

 私は美月に頼んだ。


【とりあえずその人に新作できないか頼んでくる】

【頑張って】


 結局はそう応援された。

 さて。如月さんは大丈夫なんだろうか。私はそう思いながらエレベーターを待った。

 うちのお父さんは会社でどれだけ大変でも、会社の文句は言わないし、スランプになったことがあるのかどうかさえも知らない。だから私も如月さんのスランプをどうすればいいのかわからないけれど。

 ただあの人に八つ当たられるだけじゃなくって、なにか方法はないのかなと思いながら、チャイムを鳴らした。

 昨日は文句を言いながらも開けてくれ、一昨日は私が怒鳴り込んでいたら開けてくれた。今日は開けてくれないのはなんでだろう。

 私はもう一度チャイムを鳴らした……やっぱり返事がない。


「あのー、如月さん。如月さん。生きてますか? 生きてらっしゃいますか?」


 最初から絵が描けない私は、絵が描けなくなる苦しみというものがわからない。でも。

 もしある日突然私の使っている言葉を使っちゃダメと言われたら。いきなり標準語は英語ですそれ以外は使っちゃ駄目ですなんて言われたら。

 多分私は発狂すると思う。私は何度も何度も扉を叩いていたら、とうとう迎えから人が出てきた。


「なに、うるさい!」


 平日に人はいるんだなと思ったけれど、最近はリモートワークも頻繁に謳われているようになっているから、いるところにはいるんだろうと思い直すことにした。私は如月さんの家を指指した。


「如月さん、出てこなくって……」

「君昨日も来て騒いでたよね。ストーカー?」

「……ストーカーじゃないです。ファン、かもしれません。多分」

「なるほど」


 お向かいさんも「如月くん、如月くんいる?」と何度かチャイムを押して叩いたあと、観念したようにどこかに電話をはじめた。

 まさか救急車だろうか。そう思っていたら。


「もしもし管理人さんですか? 1501号室の田畑たはたです。今、向かいの1502の如月さんが出てこなくって。倒れてるかもしれませんから、マスターキーください」


 どうも管理人さんに連絡しているらしかった。私は思わずお礼を言った。


「えっと……ありがとうございます」

「で、ファンの子はなんで如月くん見てあげてなかったの。あの子しょっちゅう倒れてるよ?」


 どうも気難しいのは如月さんだけでなく、向かいの田畑さんもらしかった。

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