家に帰った私は、レトルトカレーを温め、冷凍ご飯を電子レンジでチンしている間、スマホで検索をしていた。

 あれだけ絵が上手い人が何者なのか出てこないかなと思ったのだ。

【如月 絵】【如月 美術】【如月 絵 すごい】

 どうも最初は如月が二月の別名なせいか、何度やっても二月をモチーフにした絵ばかりが出てきて、上手く調べることができなかった。

 そこで思いついて【如月 絵 躍動感 すごい】とタップしていく。

 電子レンジがチンと鳴った頃、やっと検索結果が出た。


「……あの人、すごい人じゃん」


 出てきたのは、美大の宣伝だった。最初は流し読みしていたけれど【在学生個展情報】というので止まり、思わずスクロールしていた。


【如月大和やまと個展】


 そこには、私が見た迫力のある絵がたくさん展示されていた。

 個展というのは、どうも美術家芸術家がひとつスペースを貸し切って自作を展示するところらしい。そしてやけに絵が消えているなと思っていたら、その絵が売買されているというのを知った。


「すごい……絵がすごい勢いで売れていくんだ」


 私がもらったお中元のことを思った。

 あれは個展を開いているときにもらった差し入れか、彼が個展を開いたギャラリーから送られたのかは知らないけれど、とにかく本当に彼がもらったものだったんだろう。

 私だとわからない世界で、とんでもないんだなと思いながら、私は冷凍ご飯にカレールーをかけて食べることにした。

 でもな……頭に浮かんだのは、明らかにアトリエな、全く生活感のない高層マンションの中にいた如月さんだった。私が拾った絵も綺麗だったけれど、あそこにかかっていた絵ほどの迫力はなかった。

 運動部は試合で勝つため、記録を更新するため、朝から晩まで運動している。最近は体に負担がどうこうって言われているけれど、本当に勝つつもりの人たちは、なにかを削っているということに気付きもしないでずっと運動をしている。

 それは文化系も同じで、試合に勝つため、記録を更新するために、皆なにかを削って取り組んでいる。

 ちゃらんぽらんで誰かとの競争をかったるいと思っている私にはわからない世界だけれど、明らかに浮世離れした如月さんの家を思うと、あの人大丈夫なのかなと思う。

 ガッコンと捨てられてしまったキャンパス。完成してなかった絵。それを納得できてなさそうな如月さん。

 もしも一週間経ったらリセットされるっていう現状がなかったら、自分からは絶対に関わりたくない人だけれど。私はまた会いに行きたいなと思っている。


****


 私が如月さんからもらったお中元の中身を開けると、パート帰りのお母さんが悲鳴を上げてしまった。


「これ……最近値段がものすっごく上がって全然変えなくなったオリーブオイル! どうしたのこれ……」

「ええと? 落とし物届けたらお礼にくれた」


 嘘は言ってない。

 お母さんはずっとバイブのように小刻みに震えて、それを抱き締めた。


「もしその人にまた会ったら、『ありがとう』と伝えておいてね。ああ、嬉しい」

「うん? うん」


 私は明日はお母さんが早出でいないのをいいことに、また如月さんに会いに行こうと思った。

 制服を着て、お母さんがパートに出て行くのを見計らってから家に戻り、学校には『体調不良です。休みます』と電話をしておいた。

 それから私服のワンピースに着替えると、昨日覚えた道を歩いて行った。

 私が出かけると、またしても高層マンションの管理人さんが掃除をしているのを見かけて、私は「おはようございます」と挨拶をした。その人は昨日のことを覚えていたらしく、私のほうを気遣わしげに眺めていた。


「昨日は大丈夫だった? 如月さん」

「はあ、大丈夫でした。あの人、いっつもこうなんですか?」

「癇癪持ちでねえ……」

「あの人、そもそもあそこに住んでるんですか? あからさまに家の中、アトリエで生活感ありませんでしたけど」

「あそこはねえ……如月さんも少々訳ありだから、あまり肩入れしないように」

「はあい」


 管理人さんの言い方からして、あの家はただのアトリエって感じではないみたいだ。

 私はエレベーターに乗り込むと、15を押してエレベーターの向こうを眺める。高過ぎるところに住み続けていると、人は高低差の恐怖を覚えなくなるらしい。

 なら、高いところでずっと住んでいる人は、なにに対して恐怖を覚えるのだろう。

 漠然とそう思いながら、私は如月さん家のチャイムを鳴らした。

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