第1話ー② 「みんな」
3
週が明けて、月曜日。 またしても、雨だったので、父親のバンでの車内。私の頭の中は、あの時の彼女の言葉でいっぱいだった。
暁と距離と取ろう。そうすれば、あのモブ顔も許してくれるはず。
私なんて、彼女の言う通り、死んだ方がマシなんだから。
教室に入り、私は席に着いた。
教室内の視線は、とても冷たく、いつもの空気に私は何事も無く、席に着いた。
ーうわ、暁を振った女だ。
ーやめとけよ、気絶しちゃうだろ?
ーちょっとー、羽月さん泣いてるじゃん。
ーその辺にしときなよ。
昔から、この手の噂には慣れていた。こういうことが言える時は、防波堤が無い時に限る。それが無ければ、どいつもこいつも、言いたい放題。
理由はみんなが言っているから。みんなが言うことは間違いない。みんなは正しい、赤信号、皆で渡れば怖くない。
私より成績の低い人間の戯言。誰も勝てない戦はしないように、勝てる喧嘩しかしない。それが人間であり、人間の本質なのだ。
それなのに、この女と来たら・・・。
「おはよー、羽月!佐野っち!」
「おはよう」
「うん!」
「ところで、羽月さぁ、今日は一緒に飯でも」
「今日は昼食中にミーティングあるから、無理。アタシらと一緒だろ?」
いつもの仏頂面彼女が割り込んで来た。どうして、このタイミングで?何処から、湧いて来たんだ、この人?
「それなら、無理ね。それに私嫌いなの。誰かとご飯食べるの」
私はこれ以上、波風を立てたくなかったので、そう答え、舌を噛んだ。 これでいい、これでこいつも折れるだろう。そう思っていた。
「なぁ、羽月、一緒にお花摘みにいかない?」
「なんで、あんたとトイレ行かないといけないわけ?信じられない、絶対嫌よ。その言い方もやめて、気持ち悪い!」
私は駆け込むように、女子トイレの一室に立てこもり、便座に座り込んだ。
そうだった。こいつは底抜けのバカだった。バカは何をするか、分からない。
大体、お花摘みは登山用語が語源の言葉であり、ここで使うの間違ってるだろ、何をオシャレにトイレに誘ってんだ、あの女。
想像しただけで、吐きそうになっていた。なぜか、下劣な言葉に対する耐性が低い私は暗喩と分かっていても、いつも気分が優れない。
「暁ちゃんと秀才様って、付き合ってるん?」
「ナイナイ、そんなわけないナイナイ」
「そうだよね、女の子同士なんて、吐き気がするわ」
「やめて、そういうの笑えないから」
「悪かったって。とりま、すぐにあんな○ス消えるからさ」
「そうだと良いんだけど」
私は予鈴が鳴っても、トイレから出られなかった。 私は1人、トイレでうずくまり、動けなくなっていた。舌を噛む元気も無い。
今まで通り、我慢すればいい。我慢すればいい、そうすれば、この噂は終わる、終わるんだ。
それなのに、何で、暁は私を求める?友達だから?好きだから?もう、やめて欲しい。やめてくれ、もう、やめて、私を一人にさせて。
するとトイレの扉をノックする音が聴こえた。
「おーい、授業始まってんぞ、羽月。どうした?噂のことか?」
「・・・・・」 声が出なかった。私は憔悴しきっていたようだ。鍵を開ける元気も無い程に。
「気にすんななんて、無理は言わない。君は悪くない。君が傷ついている理由は噂じゃなくて、しつこく迫って来るあのバカだろ?」
「・・・・・・」
その通りとでも言いたかったが、そんなこと言える程、私は限界に近かった。休んでも、あの痛みは未だに私に残っていなかった。
「羽月、素直になれよ。アイツは君に同情じゃなくて、本当に友達になりたくて、頑張ってるんだ。それにアタシは君は学校休むと思ってたんだぞ。っていうか、アタシなら、学校行かないね、こんな噂流されたら、絶対いや、無理、もう無理過ぎて、無理」
「・・・・・・・」
教師として、あるまじき言動に違う意味で疲れて来た。
「けどな、君は来た。何でかは君も分かってるだろ?凝りもせず、馬鹿みたいな噂話にも折れず、後悔しないなんて、しゃらくさい台詞を言えるあの馬鹿がいるからだろ?君はもう、1人じゃないんだ。それが分かってるから、辛いんだろ?君を思ってる人がアイツだけじゃないことも。そうならなかったことが余計に苦しいんだよな」
「・・・・・・・・」
「羽月、1人になるな。1人で出来ることなんて、たかが知れてるんだ。友達ってのは、一緒に楽しいことを共有するもんだろ。みんなに負けるな。あいつを信じろ」
ドタン。
「あれ、あれれ?羽月さん?もしかして、アタシ、1人で凄く恥ずかしい独り言言ってた?やっべ、恥ずかしっ。今の無しってか、直にトイレから出すから、待って、先生呼んで来るからぁ」
その後の記憶はないが、私は保健室に運ばれ、再び早退することになった。
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