常闇図書館
根ヶ地部 皆人
おとぎ話の花園
ようこそ。常闇図書館秘匿書庫の一つ、おとぎ話の花園へ。
ふふ、中庭じゃあありません。夜空も見えますしそよ風も吹きますが、ここは書庫なのです。
ほら、あの花壇を御覧なさい。そう、『人魚姫』と書いた札が立っておりますでしょう。その花壇の蕾一つ一つが朝日を浴びると開花して、あのおとぎ話のシーンを語るのですよ。
ええ、それはもう昼間に来ようものなら、大変な騒ぎですとも。四方八方の花壇から一斉に、無数のおとぎ話が時系列も無視して朗読されるのですから。
しかしここは常闇図書館。そんなことは起こりません。蕾はずっと蕾のまま。それぞれのおとぎ話のシーンを夢見たまま、ずっと揺れているだけなのです。
あら、お気に召しませんか?
開くことも語ることもないおとぎ話の蕾だけを眺めても、何も楽しくはありませんか?
ええもちろんそうでしょう。では、こちらのランタンをご覧ください。
これもまた魔法の品で、おとぎ話の中身を確認したり修正したりする時に使うものなのです。まあ、分かりやすく説明いたしますと、おとぎ話の中に入るための道具なのですよ。
このランタンに灯をともしますと、その明かりが消えるまでの間、おとぎ話の世界へ出入りすることができるのです。
あら、でも『人魚姫』の中に入るのはやめておきましょうね。その世界には海や嵐が多いですもの。万が一にでもランタンの灯が消えてしまったら大変ですわ。
……ええ、灯がともっている間は出入りができますから。逆に言えば、消えてしまえば出ることもまかりなりません。
ですから、こちらの蕾はどうでしょう。ほら、『シンデレラ』の花壇なら安心でしょう?
そっと蕾の一つに耳を当てて御覧なさい。何が聞こえます?
ああ、花火の音ですか。ではお城の舞踏会か、王子との婚礼のシーンを語る蕾なのでしょうね。
ではどうします? ランタンに灯をともして、その世界に入っていかれますか?
……ふふふ、残念。『シンデレラ』を選んだのは間違いでしたわね。ええ、灰かぶりの娘は硝子の靴を取り戻して王城へ戻りましたけれど、あなたがランタンを失ってしまえばこちらへ戻れる保証はありませんもの。
では、この花園からは離れましょうね。
蕾たちを起こさぬよう静かにゆっくり、次の書庫へと参りましょう。
一つの世界で安らぎを得ることに満足なされぬ欲深きあなたを、もっともっと無数の世界を口にして平らげて満腹したい飢えて渇いた憐れなあなたを、次のおはなしへと御案内いたします。
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