反S級とダオーム

 アルフェン、ウィリアム、サフィーの三人は、B級生徒たちが使う専用校舎がある敷地に来た。

 設備は、アースガルズ召喚学園の中でも最高の物が揃っている。召喚士として将来を期待されている生徒たちは、日々訓練を重ねていた。


 申請すれば教師との個別訓練も可能で、自身の召喚獣を徹底的に分析し、自分に合った戦闘スタイルを模索して習得することも可能だし、B級以上しか閲覧できない図書館や、城下町の有名レストランで修行したシェフが作る学食もある。それに、購買の規模も一流商人が出店しているのでかなりの大きさだ。

 当然、B級に選ばれた生徒は自信と誇りに満ちている。

 さらに、B級の上にいるA級のリリーシャや、他のA級生徒は尊敬の的だ。


 だからこそ、気に入らない。

 メテオール校長が設立したS級。A級、そして歴戦の英雄たちで結成された二十一人の特A級を超える『S級』という存在が。

 元F級のアルフェン、病弱で学園に殆ど来なかったサフィー、外部から来た平民のウィリアムという三人の存在は、現B級にとって目障りで厄介な存在だったのだ。


 なので……その三人が堂々と、背中に『S』の字を背負って歩く姿は目立っていた。


「ちゅ、注目されてます……し、視線を感じます……っ」

「敵意だらけだな。お前ら、何やったらこんなに嫌われるんだ?」

「生徒会に喧嘩売ればこうなるさ」


 アルフェンは適当に答え、サフィーに聞く。


「サフィー、演習場ってどこだ?」

「えーっと……」


 サフィーがキョロキョロしながら探している時だった。


「アルフェン……」

「……フェニアか」


 フェニアが、アルフェンの前に来た。

 フェニアはサフィー、ウィリアムを見てアルフェンを見る。


「……どこ、行くの?」

「B級演習場。キリアス兄さんに呼ばれてる……場所、どこだ?」

「……行かない方がいいよ」

「そういうわけにいくか。場所を言わないなら用はない。サフィー、案内頼む」

「は、はい……その、いいのですか?」

「ああ」


 そう言って、アルフェンはフェニアの傍を通り過ぎた。

 ウィリアムはまるで興味なし、サフィーはフェニアとアルフェンを交互に見て困ったような表情をしている。

 フェニアは、アルフェンたちの背中を見て、叫んだ。


「待って!……アルフェン、あたしも……あたしも」


 フェニアが、何かを言いかけた瞬間、フェニアの前にグリッツと何人かの女子が出た。

 女子はフェニアの口をそっと押さえ、両腕を押さえる。


「やぁ。B級演習場を探してるんだよね? そっちの通りを右に進んでまっすぐ行くとあるよ」

「…………」

「フェニア、行くよ。先輩たちの指示を遂行しないと」

「離して! あたし……んっぐ!?」


 フェニアは、押さえつけられながらその場から去った。

 グリッツは、アルフェンを睨みつける。


「何がS級だよ。それと……フェニアは渡さないから」


 そう言って、勝ち誇ったように笑い、歩き去った。

 ウィリアムは、面白そうなものを見つけたと言わんばかりの顔で言う。


「ははっ、貴族のおぼっちゃまたちは歪んでるなぁ……お前たちも、嫌われたもんだ」

「ふふ、ウィルも入ってますよ?」

「…………お、おお、そうだよな」


 サフィーの悪意ないツッコミに、ウィリアムは苦笑した。

 アルフェンは、フェニアが連れられた方をじっと見つめたままだった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 B級演習は、かなりの規模だった。

 巨大なドーム状の建物で、B級の生徒が何人も出入りしている。そしてやはり、アルフェンたちを見る視線は厳しく、怒りを帯びていた。

 それらの視線を全て無視するアルフェンとウィリアム。だがサフィーは気になるのかソワソワしていた。


「おいオジョーサマ、ソワソワしてんじゃねぇよ」

「その呼び方止めてくださる? サフィーと呼んでとお願いしたはずよ?」

「へいへい。こちとら、下賤な平民ですので貴族様のお言葉をご理解するのに時間がかかりまして」

「もう! バカにしないで!」

「あっはっは」


 ウィリアムは、サフィーをからかって遊んでいた。

 出会った当初の張りつめた感が消えている。こちらが本当のウィリアムなのだろう。

 すると、サフィーがアルフェンの背を叩いた。


「もう、アルフェンも言ってやってくださいな! ウィルってば私を馬鹿にして!」

「あはは。ウィルの奴、サフィーが緊張してるから気を遣ったんだよ」

「まぁ!」

「んなわけあるか。ほら、さっさと行くぞ」


 ウィルはスタスタと演習場へ。

 その後ろに付いていくと、演習場入口にフギルがいるのを見つけた。


「きたか、アルフェン」

「キリアス兄さん。話があるとのことですが」

「ああ……話はオレじゃなくてダオーム兄さんがする。中へ行くぞ」

「……はい」

「おい待て。お前……何ビクビクしてんだよ?」

「なんだ貴様……」

「眼が泳いでんだよ。そういう奴は大抵、後ろめたいことがあるやつだ」

「なんだと!!」

「おいやめろウィル。兄さん、気分を害したなら謝ります。申し訳ございません」

「……ふん」


 フギルは、ドームの中へ歩きだした。

 その後ろをアルフェン、ウィリアム、サフィーが続く。

 そして……ドーム内へ。


「わぁ……広いです」


 サフィーが驚くのも無理はない。

 B級演習場はとんでもない広さだった。地面は芝生、砂利、土、池と様々な地形に対応し、ドームの壁は召喚獣の力によって作られた特殊な壁で破壊不可能と言われている。天井は透き通ったガラスのようなものが張られ、太陽の光が差し込み、雨が降っても問題ない。

 そして、ウィリアムは気付く。


「……ッチ」


 ドームを囲うように観客席が設けられているのだが、そこから無数の気配を感じていた。

 しかも、気配は全て、殺気を孕んでいる……。

 すると、演習場の中心に仁王立ちする人物……ダオームがいた。


「来たか、アルフェン」

「…………」


 アルフェンの兄ダオームは、巌のような闘気を纏っていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 リグヴェータ家の長男ダオーム。

 貴族社会のルールでは、長男が実家を継ぐのが普通だ。だが、ダオームは姉リリーシャに全てを譲り、自分は姉の補佐として生きることをすでに決めていた。


 姉リリーシャは、天才だ。

 それがダオームの姉に対する噓偽りない気持ちだ。どれだけ努力しても届かない高みに姉はいる。

 ならば自分の役目は、姉を補佐しリグヴェータ家を盛り立てていくこと。そのために、キリアスとアルフェンを鍛えること……と思ったが、キリアスはともかくアルフェンはクズだった。なんの才能もなかった。


 ダオームは、さっさとアルフェンを見限った。

 リグヴェータ家に必要ないとし、目を合わせることも話しかけることもなくなった。そうする理由がないし、時間の無駄だからだ。

 

 だが、アルフェンが学園に入学して変わった。

 たった一人で魔人を滅し、学園長メテオールの後ろ盾に加え、二十一人の英雄が二人も専属で付き指導しているという話だ。

 いずれアルフェンは、魔帝軍との闘いで重要な戦力になるだろう。

 もし、アルフェンが魔帝を滅したら……リグヴェータ家など目ではない、高い地位や褒美が貰えるだろう。

 

 それは、リグヴェータ家を盛り立てていくのに邪魔だ。

 ならばやるべきことは一つ……成長しきっていない今、倒すしかない。

 ダオームは、B級演習場に呼び出したアルフェンを睨む。


「貴様に話がある」

「…………」

「S級というくだらない等級を廃止しろ。そして、秩序を乱した罰として学園を去れ」

「…………」

「それができないというのなら……痛い目に合ってもらおうか。なぁに、理由なんぞどうとでもなる。聞き分けのない弟を、兄が折檻したとでも」

「…………っぷ、くくくっ……あはははははっ!!」


 アルフェンは笑い出した。

 同時に、ウィリアムも笑いだした。

 サフィーだけは笑わず、二人を止めようとした。


「あんたバッカじゃねぇの? つーかさ、なんだよその要求。どれだけこいつを下に見てるんだ? ってかさ、S級はこのアースガルズ王国が認めた等級だぞ? そんな『廃止しまーす』ってこいつが言うだけで廃止できると思ってんのかよ?」


 ウィリアムは盛大に馬鹿にした。

 アルフェンも同じ事を考えていたが、さらに付け加えた。


「あのさ……はっきり言ってくださいよ。俺が気に食わないから出ていけって」

「…………」


 ダオームの額に青筋が浮かぶ。

 アルフェンは止まらない。


「不思議だ……あんなに強そうに見えた兄や姉が、今はとってもちっぽけに見える。一応言っておきます。俺、S級になった時点でリグヴェータ家から除名してもらってます。両親が俺の名に食いついて来る前に、S級認定が辺境のリグヴェータ領土に届く前に……案の定、すぐに受理されましたよ。俺はただのS級召喚士、アルフェンです」

「な、なんだと……!?」

「なにぃ!?」


 これには、キリアスも驚いていた。

 アルフェンは、キリアスに頭を下げる。


「キリアス兄さん。たとえ家族のつながりが切れても、俺はあなたを兄だと思っています。それと……勝手なことをして申し訳ありませんでした」


 キリアスは、アルフェンから目を反らした。

 ちなみに……この除名の案は、メテオールがよこしたS級召喚士についての用紙に小さく書いてあった。

 

「で、どうしますか? 俺を叩きのめしたところで、リグヴェータ家はもう関係ありませんよ。だって俺、もう平民ですから」

「き、貴様……!!」

「じゃあこうします?……召喚獣同士の模擬戦、とか? それとも……決闘とか」

「上等だ!!」


 ダオームが叫ぶと同時に、ダオームの頭上から巨大な『斧』が召喚された。

 同時に、ダオームは制服の上着を脱ぎ棄てる。制服の下は召喚学園が支給した戦闘用スーツ。とある召喚獣の素材から作られた特殊なスーツだ。

 

「唸れ、『ライボルトアックス』!!」


 斧から紫電が放たれる。

 ダオームの召喚獣『ライボルトアックス』は《装備型》の召喚獣。

 能力は『紫電』で、雷を自由自在に操ることができる。

 ダオームは斧を枝のように振り回し、アルフェンに突きつけた。


「『アースガルズ・エイトラウンズ』が一人ダオーム。風紀委員長の権限を行使!! 学園の秩序を乱す生徒に対し粛清を行う!!」

「ふん、粛清ね……」


 アルフェンは一歩前へ。

 そして、ウィリアムとサフィーも構えたが制する。


「これは俺の戦いだ。ウィル、サフィー、周りの雑魚でも相手してくれ」

「はっ……まぁ、譲ってやる」

「ま、周りの雑魚とは?」

「よーく見ろよオジョーサマ。観客席にB級の奴らがしこたま隠れてやがる。たぶん、風紀委員とかいう連中だ。一対一に見せかけて不意打ちしてくるかもしれねぇ……潰すぞ」

「……わかりました。アルフェン、お気を付けて」

「おう。それとウィル、やりすぎんなよ」

「わーってるよ」


 ウィリアムの左腕は肩から翡翠の鉱石の集合体のような形に変わる。

 人差し指が銃口になり、楽し気に笑った。

 サフィーも、召喚獣マルコシアスを呼びだし、周囲を警戒する。

 アルフェンは、右手の指をぱきっと鳴らした。


「やるぞモグ───……いや、『ジャガーノート』」


 右腕が肩から変わる。

 右半身が龍鱗のようになり、腕が籠手のように大きくなり、指先が鋭い爪になる。

 白目が赤く、眼球が黄金に変わり、アルフェンは構えた。


「さぁ───握り潰すぞ!!」


 アルフェンと、リグヴェータ家長男ダオームとの戦いが始まった。

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