第三話:真実を知る美桜
……で。今あたしは、ハル君と並んで座って映画を観ているんだけど……やっぱ外れじゃん。
『時をかけるシャーク』。
現代で倒したと思った人喰い鮫が、何故か時空を超え未来で強化されて帰って来るっていうのを繰り返すっていう、B級映画感マシマシのこの作品。
一応、襲われるのが海に来た男女カップルっていうのはあるんだけど、チープ過ぎるCGに、笑い所なのかもしれないコメディタッチで、人が鮫に食われたりするシーンをただ延々と観させられているのは正直辛い。
実際、鮫が途中から銃を身体に装備して撃ち始めたり、更にはテレポートしながら目からビームを撃ち始めた頃には、もう呆れて物も言えなくなっちゃった。
館内じゃ、これが観たかったと言わんばかりに笑ってる人もいるし、多分B級感を楽しむのが目的なら、もう少し楽しめる作品なのかもしれない。
でも、あたしが欲しいのはムード! ムードなの!
せめてホラー映画なら、怖がりながらハル君の手を掴んじゃうとかもできたかもしれない。
だけど、コメディ極振りのこの作品じゃ、そんなチャンスはまったくなし。
最初の方からハル君も期待外れっていう顔をしてて、申し訳なくってそこから彼の顔をまともに見れてない。
折角彼が隣に座ってるのに。顔だって、普段より近くで見られるチャンスなのに。
何でこんな事になってるわけ!? 神様の馬鹿!
手のひらを返したまま、惰性で映画を見続けて、物語も後半になった……のかな。
何となく上映時間だけでそう判断したけど、あれからずっと、マンネリってくらい同じような光景を観せられてる。
それでもハル君が楽しんでくれたら……。
淡い期待とわずかな勇気を持って、彼に視線を向けると……虚無な顔をしてた。
しかも、眠くなってきたのか。声は出さないけど生欠伸までしてるじゃん。
そりゃ、そうなるよね……。
こんなつまんないデート、早々ないもん。
あたしが欲に任せて観る話って宣言しちゃったから、こんな事になってるっていう現実が、自分を失望させる。
自業自得といえばそう。だけどそれ以上に、ハル君をこんな態度にさせている申し訳なさで落ち込んでいる時、ふと前に見たハル君の笑顔を思い出した。
……もし、これを先輩達と観てたら、反応は違ったのかな?
なんとなく、金髪の先輩なんかはこういうのでも笑って観てそうな気がする。
それ以前に、もうひとりの先輩が観る前に忠告して止めてくれて、今頃別の場所で楽しんでるかもしれないよね。
そういう気遣いとか空気の読める子のほうが、ハル君はいいのかな。
カラオケから出てきた時、凄く笑顔だったし。
いっつも気落ちしたりして、迷惑ばっかり掛けてるあたしなんかといるの、嫌気が差したのかな。
だから、欠伸とかも出ちゃうのかな。
一応盛り上がりを見せているらしい映画とは裏腹に、あたしの心は館内の照明と同じくらい、暗くなっていた。
◆ ◇ ◆
長い拷問を終え、映画館を後にしたあたしとハル君は、そのままあたしが予約していたレストランに向かった。
このショッピングモールは五階建てで、選んだレストランは最上階。
勿論、高級レストランってわけじゃないけど、学生からするとちょっと高めなステーキメインのお店だったりする。
選んだ理由は、ハル君も昔からハンバーグとか好きだったし、喜んでくれるかなと思ったから。
でも、自分で予約しておいてなんだけど、昼時でお客さんが多い割に、普段行くファミレスなんかより落ち着いた感じがして、逆にちょっと緊張しちゃってる。
そのお陰で、さっきまでの鬱々とした気持ちが、少し落ち着いてくれたのは助かったけど。
「しっかし。本気で大丈夫なのか? こんな店でご馳走になって」
一通り注文を終えウェイトレスさんが去っていった後、ハル君が不安そうに尋ねてくる。
「大丈夫大丈夫! あたしだって、お小遣いとかちゃんと貯金してるし」
彼に不安を払拭しようと、笑顔でごまかしたけど。
実は学校でハル君に助けてもらったお礼をするならどんな物がいいかってお父さんお母さんに相談したら、食事でもご馳走しなさいってお金貰っちゃったんだよね。
さっきの注文内容だったら十分予算内だし、内心ちょっとほっとしちゃった。
「まあ、それならいいけど」
しぶしぶ受け入れてくれたハル君の顔を見て、またさっきの気持ちが膨れそうになる。でも、あたしは胸を張って、それを無理矢理押さえ込んだ。
「それより美桜」
「なーに?」
「お前、本当はあの映画、観る気なかったろ?」
その一言に、あたしは思わずびくっとする。
片手で頬杖を突き、もう一方の手であたしを指差しながら、白い目を向けてくるハル君。
多分、わかってるよね。
あんなの、あたしの好みじゃないって……。
「……ごめん……」
あれは、ハル君といられるだけで満足しないで、あたしが欲をかいた結果でしかないし……。
大きな体を小さくして、申し訳ない気持ちで俯いていると。
「まったく。だと思ったよ」
ハル君から、呆れた声がした。
恐る恐る顔を見ると……あれ? 笑顔?
あたしがちょっと驚いてみせると、笑ったまま彼が口を開く。
「映画館がサプライズみたいな事してたみたいだし、本命の映画もやってなかったんだろ?」
「う、うん……」
「で、引くに引けなくって、無理矢理映画を観た。違うか?」
「合ってる、けど……」
「だよなぁ」
ハル君は頬杖を止め、苦笑しながら肩を竦める。
「いいか? 俺とお前は幼馴染。今更そんな事で遠慮する仲じゃないだろ。そういう時は素直に言えよな。お陰でお前だって、つまらない映画を延々と観させられたんだしさ」
……つまらない映画。
そう。つまらなかった。あたしにとっても、ハル君にとっても。
あんな退屈な時間を、あたしはわがままでハル君に強いた。でも、もしかしたらハル君は、今も思ってるかもしれない。
食事だけできればよかったのにって……。
折角ハル君が笑い話で済ませようとしてくれてるのに、あたしはそれすらも受け入れられず、また俯いてしまう。
「……どうしたんだ? 何か気に障ったか?」
様子を伺う彼の問いかけにも、あたしは顔を上げられない。
……やっぱダメだ。
心にあるモヤモヤが晴れない。
鬱々とした気持ちが晴れない。
そのせいで、自分が思っていた酷い言葉が溢れるのを、もう止められなかった。
「ハル君。きっとつまらなかったよね」
「ん? ああ。あの映画はつまらなかったけど……」
「……本当は、あたしといてもつまらないんじゃない?」
「……へ?」
間の抜けた声。それが実はそうって言ってるように聞こえちゃって、あたしはスカートをぎゅっと握りしめる。
「だって、あたしは先輩達みたいに気も利かせられないし、笑顔にもさせられてないし」
「先輩?」
「うん。ハル君、前に先輩達とカラオケ行ってたでしょ?」
あたしの問いかけに、返事が返ってこない。
ちらりと目でハル君を追うと、なんとも言えないバツの悪そうな顔をしてる。
……やっぱり、先輩達と遊ぶの、楽しかったんだ。
「何で、それを……」
「通りがかりに見たの。カラオケ屋から先輩達と出てきたのを」
「まじかよ……」
独りごちるように漏れた声に、あたしの心がズキッと痛くなる。
「うん。あの時すごく笑顔だったよね。それに、週末出かけに行く約束もしてたでしょ?」
「は!? そこまで聞いてたのかよ……」
「うん……。きっとハル君、先輩達と一緒なの楽しかったんでしょ? だから週末も遊びに行って、楽しんできたんでしょ?」
顔を上げて彼を見ると、目を泳がせくしゃくしゃと頭を掻いてる。
やっぱり図星なんだ。
……あー。最悪。
あたし、今すっごく面倒くさい、重い女になってる。
やっぱこんなんじゃ、ハル君があたしに嫌気が差したって仕方ないじゃん。
「はぁ……」
あたし達が同時にため息を漏らすと、ハル君が何か覚悟を決めたのか。急に真剣な顔をした。
「わかった。正直に話す」
「……うん」
どうせ、先輩達といるのが楽しかったとか。どっちかを好きとか言いだすんでしょ?
もうわかってる。あたしなんか眼中にないって──。
「先輩達と一緒だった理由は、これ」
「……これ?」
突然、ハル君がジャケットの襟付近を一度ピッと摘む。
えっと……これって……。
「えっと、その服?」
「ああ」
こくりと頷いた彼は、もう一度ため息を漏らすと、ゆっくりと口を開く。
「俺ってここ数年、休みもずっと学生服かジャージで過ごしてたろ?」
「あ、うん。そんな気がする」
「だけど、俺だって高校生になったし、お前に誘われたんだから、ちゃんとした服くらい用意したかったんだよ」
「えっと……それが何で、先輩達とカラオケに行く話になるの?」
そう。そこなの。どういう事?
話がまったく見えなくってきょとんとするあたしに、ハル君は少しだけ困った顔をした。
「いや。お前もそうだと思うけど、俺も市販品の服じゃサイズが合わないし、子供服を着る年でもない。だけど、この辺で男子服のオーダーメイドの店なんて知らなくってさ。それで、たまたまあの日、学校帰りに会った先輩達に、そういう店がないか聞いたんだ」
「それで?」
「で、うまくいくかわからないけど手伝う代わりに、一緒にカラオケに行って欲しいって誘われたんだよ」
……あー。何となく、金髪の先輩はそういう事を言いそうな気がする。
「じゃあ、週末開けておいてって話は……」
「先輩達が、女性服のオーダーメイドをしてる店に案内してくれて、そこで男物のオーダーメイドをしてもらえないかって相談してくれたんだよ」
「それでできあがったのが、その服……」
「そういう事。だから、別に先輩達とただ遊んだってわけじゃないし、この間再会するまで、まったく会ってもいないって」
「で、でも。映画の最中、凄い眠そうだったじゃん」
「あれは昨日の帰りに渋滞に巻き込まれて、家に帰って来るのがかなり遅かったからだよ。で、朝には服を受け取りに行かないといけなかったから、ちょっと寝不足なだけ。だけど、気分悪くさせたよな。ごめん」
ハル君が気落ちした表情で、ペコっと頭を下げてくる。
えっと、つまり……あたしは色々勝手に勘違いしてたってこと?
っていうか、それ以前によ。
「えっと、何であたしに誘われたからって、私服にしようと思ったの?」
そう。それよ。
あたしがちょっと前のめりになったせいか。ハル君が少し身を引くと、また視線を逸らし頬を掻く。
「えっと、その……俺が一緒だと、お前も身長差が際立って、嫌な思いをするかもしれないだろ? だったらせめて、脇にいても恥ずかしくない格好でいよう。そう思っただけだって……」
ハル君らしからぬ、声の小ささと歯切れの悪さ。
だけど、気恥ずかしそうな表情が、こう伝えてくれている。
口にしてくれた言葉が、本当なんだって。
……あたしの為に、一生懸命頑張ってくれた。
そんな真実を知って、心にかかっていた暗雲が一気に晴れて、温かな気持ちが広がっていく。
「……そっか。ごめんね。変な話をさせちゃって」
さっきまでと全然違う、自然と出た微笑みに、ハル君がこっちをちらりと見た後、釣られて笑う。ちょっと恥ずかしそうだけど。
「別に、気にするなって。とにかく。映画は本気でつまらなかった。だけど、あれは映画が悪いだけ。だから、お前は気にするなよ」
「うん。そうする」
相変わらず優しいハル君の言葉が嬉しくって、笑顔が隠せない。
不安がなくなった瞬間、コロッと態度を変えるとか。
やっぱりあたし、都合良すぎじゃん。
……でも、好き。やっぱり大好き。
こんなに優しいハル君を好きになって、本当に良かった。
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