第三話:不安になる美桜
「嘘っ!? マジで!?」
学校帰り。昨日と同じ何時ものファミレス。
飲み物を用意し終えて、みんなが席に着いた後。アオハル会議であたしが昨日の事を報告した瞬間、最初に驚いたのは宇多ちゃんだった。
目を皿のように丸くし、口に手まで当てちゃって、大袈裟ってくらいの驚きよう。
これ、絶対あたしが何も進展できないだろうって決めつけてた顔でしょ。
「あのねー、宇多ちゃん。あたしだって、やる時はやるんですー」
なんて、ふてくされながらそう言ったけど、内心はちょっと申し訳ない気持ちになる。
だって、約束を取り付けられたのは、誘える空気を作ってくれたハル君のお陰。どう考えたってあたしの頑張りじゃないから。
でも、最初っからどうせ進展ないでしょって決めつけられてるのは、いくら友達でも気分はよくないし。あたしだってこんな顔にもなる。
「美桜」
と、宇多ちゃんの隣に座ってる妙花があたしを呼んだ。
顔をそっちに向けると、
「ぐっじょぶ」
表情に乏しい顔のまま、彼女がぐっと親指を立ててくれる。
こ、これは流石に褒めてくれた……で、いいのかな?
「あ、ありがと。これも妙花があの日、占ってくれたからだけどね。ありがとう」
「ううん。美桜、頑張った」
謙遜したあたしにも態度を変えずうんうんと頷いてくれる彼女に、ちょっと嬉しくなったあたしはちょっとだけはにかむ。
「後はハル君とのデートでハートをぐっと掴んじゃえば、美桜ちゃんも晴れてアオハルカップルまっしぐらだね!」
満面の笑みで、隣りに座ってる結菜があたしの肩をぽんっと叩く。
って、もうそんな事考えてるの!?
「ちょ、ちょっと結菜。流石にそれは気が早いってー!」
「何で? そこまでいったらもうすぐでしょ?」
「無理無理無理無理! だいたいハル君があたしを好きかもわかんないしー。まだまだ問題も山積みだし……」
そう。あたしにはまだ大きな問題がある。
それは、当日着る服の事。
やっぱりハル君と一緒に出かけられるなら、あたしだってよく見られたい。
制服とかやっぱり嫌だし、出掛ける以上オシャレしたいって気持ちはある。
でも、代わりに着れる服があるかって言われると、それがないのが現状なの。
女子の服で、百八十センチ以上の物なんてないし……。
だから昨日も、ハル君の前で大声だしちゃったんだよね。しまったぁ……って。
せめて、何処かで先に服とか用意してから誘うべきだったかなぁ。
でも、オーダーメイドできる店の心当たりはあるけど、あたしの貯めてるお小遣いじゃ全然足りないと思うし。あの時はもう、誘わなきゃって気持ちでいっぱいだったから、そこまで考えられなかったんだよね……。
「ねーねー。問題って何? やっぱー、服装とか?」
「まあ、そんな感じ?」
興味本位ってはっきり分かる宇多ちゃんの問いかけに、やや言葉を濁したあたし。
勿論正解。だけど、なんかはっきりそう言い切るのは、大きい自分を認めるみたいでちょっとって気持ちもある。
「ふーん……」
あたしの答えを聞いた彼女は、視線を結菜に向ける。
「って事はー、次はあたし達の出番って感じ?」
「うんうん!
二人して急にこにこしだしたけど、あたし達の出番って、どういう事?
「えっと、どういう意味?」
自然と首を傾げたあたしに、二人が意味深な笑みを向けてくる。
え? え?
状況がわからず困惑するあたしを他所に、結菜と宇多ちゃんが急にスマホを弄りだす。
二人とも誰かにLINEしてるみたいだけど、流石に目の前にいるのに二人で内緒話、なんて事はないよね? 何が起きてるの?
「……よし。こっちは大丈夫みたい。奏は?」
「バッチシ! ママチが、当日午前ならおっけーだって」
大丈夫? ママチ? 当日?
結菜と宇多ちゃんから出てくるワードから、何が起きてるか見当が付かなくて、思わず首を傾げていると、結菜が声を掛けてきた。
「ねえ、美桜ちゃん。金曜の放課後って空いてる?」
「え? う、うん。今の所予定はないけど……」
「オッケー。じゃあ、ちゃんと空けといてね。家の人に少し遅くなるからーって伝えとくんだよ?」
「へ? 何で?」
「それは金曜のお楽しみ! あ、あれだったら、美桜ちゃんのママにあたしの連絡先とか教えていいからね」
「あ、う、うん。わかった」
って、話の流れでOKしちゃったけど……結菜と宇多ちゃん、一体何を企んでるんだろう?
言葉が悪いけど、意味深な笑みを浮かべる二人を見て浮かんだのは、そんな言葉だった。
◆ ◇ ◆
「うーん! 今日も楽しかったー」
気づけば日も沈んだ頃。
あたし達がファミレスを出ると、結菜が伸びをしながら満足そうな顔をした。
あの後、あたしの恋バナから話が逸れ、日常の話で花を咲かせた結菜達。
あたしも楽しんだといえばそうなんだけど、アオハル会議と言っておきながら、ずっとあたしの話だけしか話題にならないのは少々不満だったりする。
「結菜。楽しかったのはいいけど。あたしもそろそろ、みんなの恋バナとか聞きたいんですけどー」
ファミレスから歩道に向かう階段を並んで先に降りていく、宇多ちゃんと妙花に続きながら、あたしが隣の結菜にそんな不満を口にすると、彼女はえへへっとお茶目な笑みを浮かべる。
「ごめんねー。私まだ、気になる男子もいないし」
「あーしもー。声を掛けてくる男子はけっこーいるけど、なーんかこう、ピーンとこないんだよねー」
「わかるわかるー」
頭の後ろに手を回しげんなり顔をする宇多ちゃんの言い訳を聞き、激しく同意する結菜。
まあ、恋って無理矢理するもんじゃないとは思う。だけど、あたしだけが晒し者みたいになってるがちょっと癪なんだよねー。
……あ。そういえば。
「妙花はどうなの?」
階段を降り、駅前まで続く明るいアーケードの下を人の波に続いて歩きながら、前を歩く妙花に質問してみると、
「学校に好み、いない」
肩越しにちらりとこっちを見た妙花が、淡々とそう返してくる。
それを聞いて、呆れ顔をしたのは宇多ちゃんだ。
「
え? どういう事だろ?
「妙花の好みって、どんなタイプなの?」
「阿部寛」
「渋っ!」
思わず本音が漏れたあたしに、妙花が「フフフ」と半笑いしながら、こっちにピースサインを向けてくるけど……いや、その。別に褒めたわけじゃないんだけどなぁ……。
何とも言えない気持ちのまま歩いていると、急に妙花が歩みを止め、何かに気づいたかのように顔を前方に向ける。
ん? 何かあるのかな?
みんなの頭越しに前を見るけど、特に気になるような人もいないし、イベントをやってるわけでもなさそうけど……。
「隠れて」
突然妙花がそう言うと、隣にいた宇多ちゃんをすぐ側にあった細い路地に押しやる。
え? どうしたの?
「美桜ちゃん。早く早く」
「う、うん」
彼女の言葉に敏感に反応した結菜が、あたしの背中を押して隠れるように促してきた。
隠れるって、一体何があるの?
困惑しながらも、あたしは皆と一緒に路地に隠れると、先に路地からちょっとだけ顔を出している妙花や宇多ちゃんに倣い、彼女達の上から少しだけ顔を出す。
内心、ちょっとドキドキしながら状況を見守っていると、少し先のカラオケ屋さんから、誰かが出てきた。
「今日は最っ高のカラオケだったねー!」
「そうね。やっぱり男子がいると、ちょっと気合い入っちゃうわね」
「わかるわかるー」
短い金髪のポニーテールの女子と、紺色の短髪をした女子──って、確かあの二人、あたしを部活に勧誘しに来た先輩達だ。えっと……名前、なんて言ったっけ?
必死に名前を思い出そうとしていると、二人はカラオケ屋の方に向き直る。
「ほんと。付き合ってくれてありがとね。ハル君」
えっ? ハル君!?
予想外の名前に、まさかと思って店を見ていると、そこから出てきたのは……。
う、嘘!? ほ、ほんとにハル君なの!?
あの声。あの外見。あたしが好きな人を見間違えるはずなんてない。
あれは間違いなくハル君だ。
まさか、先輩二人とカラオケ!?
何時からそんなに仲良くなってたの!?
実は以前から付き合いがあって、よく遊んだりしてたの!?
思わず目を疑いたくなる光景に、頭で考えたくもない嫌な疑問がぐるぐる回りだす。
だけど、こっちの混乱なんて関係なく、先輩達の後からやってきたハル君が、笑顔で二人に頭を下げる。
「いえ。こちらこそ、誘ってもらってありがとうございました」
「いいのいいのー。お陰であたし達も十分楽しめたしー。ね? 雫?」
「ええ。今度は私達が頑張る番ね。ハル君。悪いけど、週末はちゃんと開けておいてね」
「はい。すいませんが、よろしくお願いします」
雫って呼ばれた紺色の髪の先輩が微笑むと、少し真剣な顔になったハル君が深々と頭を下げる。
……まさか、週末も二人と遊びに行くの?
高校に入ってから、あたしとは一度も遊びに行ってない。だけど、知り合ったばかりの先輩達とは行くんだ……。
なんか、頭が追いつかない。
中学校までのハル君の周囲には、女子の空気なんてなかった。
勿論、同じ地域の同級生。女子と会話がないなんて事はなかったけど、誰かと遊びに行くなんてのは、集団ででもなければなかったと思う。
そんなハル君が、先輩達と……。
「じゃ、私達の家はあっちだから」
「ハル君! まったねー!」
あたしが呆然としていると、先輩達が背後のハル君に手を振りながら、こっちに歩き出した。
「やばっ! 下がって!」
宇多ちゃんに押されてはっと我に返った私は、慌ててみんなと路地裏の壁に寄り、先輩達が通り過ぎるのを息を殺して待つ。
「でもー、ほーんと、ハル君歌上手だったよねー」
「ほんとね」
「今度誘う時は何かリクエストしちゃおっかなー」
「あなたの好きな
「あー! それいいかもー!」
楽しげに話す二人の横顔が路地の向こうを一瞬横切ったけど、こちらを見ることなく通り過ぎ、声が遠ざかっていく。
「……ほっ」
四人全員がほっと胸をなでおろしたけど、安堵と同時にさっきの出来事が一気に思い浮かんじゃって、あたしはすぐ落ち込んだ顔をした。
「でもあれ……美桜っちのライバル、って感じー?」
「どうなんだろ? 美桜ちゃん。ハル君って先輩達と仲良かったの?」
「……わかんない」
露骨に気落ちした声を出したあたしの顔を、正面に回り込んだ宇多ちゃんがじーっと覗き込んでくる。
ちらりと目を合わせたけど、その真剣な瞳の圧に耐えられなくって、あたしは無言のまま視線を逸らす。
と、それを見て、彼女は結菜達の方を見た。
「……結菜。
「……うん。美桜ちゃんに、ちゃんと幸せになってもらわないと。友達になった甲斐がないもんね」
「うん」
まだ決して友達としての歴が長くないあたしのために、三人がそう言ってくれたのは正直嬉しかった。
だけど、それ以上にさっきの光景がショック過ぎて、あたしは三人に笑顔を返せなかったの。
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