そして瑞しき鶴は竜となる

@Kaltzaf

Ep 0-1 始まりの時

共用暦421年 5月22日

優しい日差しの元に、1人の子が生まれた

元気に泣き、産声を上げた姿に両親は安堵して共に涙を流す

しかし彼女には生まれながらにして、過酷な運命が定められていた

皇帝の血を引き継ぎ、この国の舵を取る事を、この時すでに定められてしまった

彼女の名は……


「瑞鶴…神守かもり 叢雲むらくもの 瑞鶴ずいかくの名を、君に与えよう。我が子、我が娘よ」


めでたき鶴は如何にして竜となるか

ご照覧あれ


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共用暦434年 4月19日


今日この日は皇立魔導学校ヴェスターヴァルトの入学式

平民から皇族まで、魔導を極めんとする者達が一堂に会するところである


そして彼女は今、屋敷の正門に立って見送りを受けていた

従者長1人だけの見送りであるが、これは他ならぬ瑞鶴の希望による物だった


「それじゃ、行ってくるね」


「行ってらっしゃいませお世継ぎ様、我ら皆無事安穏を願っております」


「わかってるよ、朧達も元気でね」


「おかえりになられた時には、様々な事をお話しください。この老人どもはその様な事が大好物ですので」


「墓の前でも話せるぐらい溜めてくるよ、期待しててね」


「老人はしぶといですよ」


その言葉を境に、瑞鶴の顔つきが変わる


鳳守おおもり 中津院 おぼろの 翔宮かけみや。ここまで我が家に付き従った事、誠に大義であったぞ」


それを聞いた従者長は静かに膝をつき、頭を垂れる


「お父上の代より従者としてご奉仕させていただいた事、至上の名誉にございます。お世継ぎ様が天上天下に泰平を築く事、臣下一同信ずるところにあります」


「よい者どもに恵まれた。しばしの別れだ。行ってくる」


「行ってらっしゃいませ、お気をつけを」


それを耳にして、一度会釈してから振り返る

よく晴れた春の日、少し冷たい風に深緑の長髪が流される

いつかまた会える日を夢見て、正門を抜けた


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ヴェスターヴァルトは屋敷から、と言うか皇都から離れている

その為普通は馬車を使う

ただ今回は彼女の要望もあって、馬車ではなく彼女の愛馬に乗っていく事となった


疾風はやて、お願いね。しばらく帰ってこれないけど、大丈夫だよ」


そうして荷物を括り付けると、彼女自身も乗馬する

はぁッ!と声をかけて走り出すと、どんどんと屋敷が離れていく

思い出が少しずつ薄まっていく様に感じたが、そんな考えを振り切って進んでいく


そんなおりに、前を行く別の馬を見かけた


「もおはようたかむら、貴方も馬で行くの?」


「これは叢雲殿。はい、私自身狭苦しいものが苦手でして」


「そうだったね。貴方は何の学科にしたんだっけ」


「近接魔導と火焔魔導にございます」


「そっか、じゃあ戦闘演習じゃ合わないかもね」


「いえ叢雲殿、今年より戦闘演習は混合編成となりました」


「って事は手合わせできるかもって事!やった!」


「叢雲殿との手合わせはいつも接戦ですから、やっていて肝が冷えます」


「そりゃ私の槍術は皇帝仕込みだからね、伊達に武家やってるんじゃないよ」


「私以上に手合わせできるものがいるか、少々楽しみです」


「篁より強いのなんかそうそういないよ」


「そう言って頂けて、大変嬉しいです」


たかむら 近衛院このえいん かすみの 鴉護あもり

神守家の守護と近衛院の大臣を代々務める篁家の本流、その長男

黒髪に整った顔立ち、そして表情筋が硬い

怒っても笑っても悲しくてもちょっとしか表情が変わらない


生まれてから瑞鶴といる事が多く、幼馴染や親友的な側面が強い

なお瑞鶴の事が好き、これは重要


主に槍術を得意とするが、武芸全般に関してかなり高い技術を持っている

魔導は防御と身体能力向上が得意、それ以外は人並み程度


「ねえ篁、入学したら4人1組の班を作ることになってるじゃない」


「ですね、何か心配事が?」


「いや、あと2人いい人がいるかなって」


「あと2人?何方か既に約束を?」


その問いに自然な顔でこう答えた


「ん?いや篁と組むって決めてたから。もしかして篁、もう誰と組むとか決めてた?」


「は、いえありません。ですが良いのですか?近衛院は学校内に置いては不干渉を貫くと……」


「だね、だから近衛院の者としてじゃなくて、私の親友として守ってもらう」


こんな事を言われると、断ることなどできやしない

瑞鶴の方を向き、こう告げた


「承りました、神守 瑞鶴殿。篁 近衛院 鴉護、この命を賭して貴女をお守りいたします」


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共用暦434年 4月19日 10時24分


皇立魔導学校、到着

皇都から離れたところにあるこの学校は、もはや学校と言うには大規模であった

俗に言う城砦都市に近い

商店街や公衆浴場、娯楽街など多くの施設が存在する

学校はそんな街の中心に建てられており、外観は城砦と修道院、それと聖堂を合わせた様な外見をしている


「身分証をご提示ください」


門を通ろうと並んでいると、列の外から声をかけられる

軽装に槍1本、検問の所の兵だろう


「神守 瑞鶴である、身分証だ」


荷物の中から身分証を取り出して差し出す

そうすると兵は姿勢を正して深々と頭を下げた


「第4軍団憲兵隊所属、リアフォルト・ハイデマンと申します。先程のご無礼、大変失礼しました」


「構わん、何故ここで身分証の提示を求めた」


「は、馬を連れていらっしゃる方には別の門から通す様に申しつけられていますので」


「そうか、ではこいつもか?」


「はい、御二方共々、案内させていただきます」


憲兵に連れられて列から外れると、少しまわって別の門から入城する事ができた

入ってからわかったが、ここは様々な地方の建築様式が混ざっている様だ

この辺りには宿屋が多く、宿場街の様相を呈している


「ひとまずは学校へお向かいください、学校長から説明がございます」


「了解した、ご苦労」


学校から派遣された者からの説明を受け、また馬に乗ったまま街中を進む

曰く、学校へ入るには身分証明書と割符の購入が必要らしい

ただまぁ、近衛院や皇族は身分証明書のみでいいとの事なのでそのまま向かう


「人が多いね、篁」


「今や経済の一端を担っておりますからね」


「あとで地図が欲しいや、広すぎるね」


かれこれ数分馬を歩かせているが、一向につく気配がない

振り返ってわかったが、緩やかな坂になっている


「弓具とかも代わり買わないと行けなくなるだろうし、葦方あしながたの店があるといいんだけど」


「葦方は故郷に留まる気質がありますからね」


「最悪父上に頼めば送ってくれるかな」


そう雑に喋りながら人混みを進むと、ようやく学校...の正門にたどり着いた

遠目では分からなかったが、この学校は市街から孤立する様に谷とも言える堀が作られている

上から見ればこの市街全体は◎のように区分けされているのだ


「複合施設として作られた所、外に市街が発展して行ったからこその構造、面白いですね」


「市街と学校の行き来は3つの橋のみってことねぇ...」


橋は石造りで市街と学校側に2つ、大きな門がある

この様子ならば夜間の警備は厳重になるだろう

抜け出すのは少々骨が折れるか

そんな邪な考えを振り払ってから憲兵に身分証を提示する

何事もなく門を通過できたが、橋を渡っている途中にあることに気がついた


「結界……微弱だけど確かに展開されてる」


「おそらく動体検知用、大方出入りした数の把握のためでしょう」


「非魔導依存で抜け出さないとって事ね。全く……」


非魔導依存、つまり己の身体能力のみで抜け出す必要がある

陸の孤島が如き立地は、何かを隠し通す為ではないのかと勘繰ってしまう


「抜け出す時はお供させていただきますよ、叢雲殿」

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