第7話 アルマンの後悔

 急いで戻って来たエーベル家の主アルマンに、今回の事件を担当した第二騎士団の団長があらましを説明した。

 アルマンは説明が耳に入っていないのか、まだ現状を飲み込めていないのか呆然としていた。

「気をしっかりお持ちください。深夜、伯爵夫人の部屋から尋常でない叫び声が聞こえ、使用人が駆けつけたところ夫人は全身火につつまれ崩れ落ちる所だったそうです。」

「どうして・・・そんな・・・」

「残念ですが、誰かに火を放たれたものと思われます。指輪とネックレスは身につけられていましたが、その他の宝石や金銭が部屋から消えているそうです。メイドが一人姿を消しているので強盗を手引きしたのか、もしくは・・・これから調査いたします、ご協力お願いしますね」

「強盗・・・ああどうして一緒に連れて行かなかったんだ・・・すまなかった・・・」

 涙を流すアルマンを見つめる騎士団長の視線は冷ややかだった。


「それですがどうしてわざわざ別に領地に行くことになったのですか? たった一日の事ですが待つことが出来なかったのですか?」

「それは・・・領地で問題が起こったので少しでも早くと。娘が友人と約束をしていたものですから、あとから二人で来ることになっていました」

「そうですか。領地での問題とは?」

「なぜ今そんなことを? まさか・・・私を疑っているのか?! なぜ妻を殺さなきゃならない? 私はさっき領地から戻って来たばかりだぞ?」

「なぜ? 心当たりはあるでしょう? 現にこちらにその原因が来られていますよね?」

「は? なにを・・・」

「私もいろんな現場を経験しておりますが奥様が亡くなられてすぐに、愛人と隠し子を屋敷に呼び寄せるほどふてぶてしい人間は初めて見ましたよ」

「バーバラたちが⁉」

「知らなかったのですか? ではよほど愛人の方は図々しいのですね、いや失礼。他人が口を出すことではありませんでした」

「そ、そうだ! 私的なことに口出しされるいわれはない! 妻を殺した犯人を捕まえてくれ!」

 バーバラたちがまさか屋敷に来ていると知らなかったが、アルマンはバツが悪くなり、虚勢を張った。

「もちろんです。そして私的なことに口出しはしませんがそれが動機になりうることをお忘れなく。ではまた協力をお願いします」

 そう言いおいて騎士団長は席を立った。

 妻を亡くしたばかりの遺族に対する態度ではなかった。

 騎士団長の態度は容疑者に対するものだったのだ。


 アルマンは部屋に一人残されると、顔を両手で覆った。

 堪えようとしても漏れ出る嗚咽と涙。愛する大切な妻が苦しんで死んだ。

 焼き殺されたなどどれだけ苦しく辛かっただろう。

 自分の不貞のせいで生きている時も苦しめ続け、最後まで苦しんで逝かせてしまった。自分では不貞ではないつもりだった。バーバラに騙されたとでさえ思っている。しかし、そのあとなし崩し的に関係を持ったのも事実。

 後悔しても取り返しのつかない悲しみを与えて逝かせてしまった。


 扉が開いて、ユマが顔を出した

「騎士様はもう帰られたの?」

「・・・ああ」

 娘にみっともないところを見せられないと、アルマンは居住まいをただした。

 ユマはアルマンにぎゅうっと抱き着くと、大声で泣きだした。

「お母様が・・・お母様が!」

「ああ・・・なぜこんな・・・お前たちが領地に来てくれるのを心待ちにしていたというのに」

 ユマは泣きながら、昨日祖父母が来てひどく冷たい態度だったことを話した。

「義父上達が来られていた? もう帰られたのか!?」

 亡くなったクラリスは彼らの娘なのだ。その母親を亡くした孫に付き添ってくれないなんて考えられない。

「もう一人のお母さまに慰めてもらえって・・・私のこと抱きしめてもくれなかったの。お母様が死んでしまったのに・・・こんなに辛いのに・・・」

 それを聞いてアルマンは真っ青になった。

「・・・もう一人のお母さまに? まさか・・・クラリスは知らせていたのか?だから・・・先ほどの騎士たちの態度も・・・」

「代わりにバーバラお母様とオレノが代わりにずっと側についててくれたの」

「・・・なあ、ユマ。その二人はいつからいるんだ」

「朝早く駆け付けて来てくれたの。お父様がいないし、知らせるようにお願いしたの」

「・・・・そうか。それで何の配慮もせずあいつは飛んできたわけか。そりゃあ・・・容疑者になるわけだ」

 帰ってきてからの使用人たちの目が冷ややかだった理由が分かった。妻を失った当主に対する視線ではないと、苛立ちを感じていたが、皆は妻を殺したのがアルマンではないかと疑っていたのだろう。


 アルマンは最愛の妻を失った悲しみと同時に、自分の愚かさを思い知った。

 どう思われるかもしれないのに乗り込んできたバーバラたち、そして馬鹿な娘のユマ、彼らをそうさせたのは立場をしっかりと分からせなかった自分だった。

 これまでにもっと毅然とした態度で関係を断ち、養育費だけ渡すべきだった。誰にも良い顔をしたくて、嫌なことを言ってもめ事になるのが嫌でずるずると放っておいてこんなことになってしまった。

 そして何の瑕疵もないクラリスをないがしろにし、傷つけてきたつけが一気にやって来た。

 最愛の妻を失い、取り返しのつかない後悔にアルマンは胸がつぶれるほど辛かった。



 当然のことながら、アルマンは妻殺害を疑われた。

 しかし、アルマンの潔白は一応は証明された。

 一応というのは、自分で手を下さずとも人を雇った可能性がないとは言えないからだ。

 すぐに屋敷にやって来たバーバラのせいでさらに疑われることになったが、彼らを追い返すことは出来なかった。

 ユマが毎日取り乱し、泣き続けたからだ。

 それをバーバラが抱きしめ慰め、オレノも一緒にいる事でユマはなんとか食事を摂り、眠れるようになったから。

 アルマンは二人に屋敷から帰るように告げたが、それこそユマは大号泣で引き留めた。彼女らがいなければきっとまた何も食べず、眠れなくなると思ったら無理やり帰らせることは出来なくなった。


 それから数日が経過するとアルマンの心境も変わって来た。

 初めは、少しでも早くバーバラたちを帰さなくてはと考えていた。

 しかし、バーバラが甲斐甲斐しく、ユマの面倒を見てくれたおかげで少しずつユマが元気になってきたことに感謝するようになった。弟のオレノのおかげもあってユマは日常を取り戻しつつあった。

 それに事件の後処理や、妻の関係者への連絡や対応、事業や執務と忙しかったアルマンはバーバラがユマの面倒を見てくれたことが大いに助かっていたのだ。

 妻を失い、消沈していたこともあり、そのままなし崩し的に二人を屋敷に住まわせるようになった。

 アルマンにすれば全員にとってプラスになると考えての上だったが、屋敷の使用人たちの彼らを見る冷たい視線に蔑みが混じるようになっていた。

 

 おまけに。

 クラリスとの契約で、オレノを引き取らないと約束していたが、クラリスを失い虚無感に襲われていたアルマンは、一緒に暮らすことになったオレノを手放せなくなった。

 そして執事の反対を押し切って、オレノを籍にいれた。


 当然バーバラも後妻に迎えられると思っていたが、籍を入れてもらえたのはオレノだけだった。

 苛立ったバーバラが夜に忍んで来ようとしたがアルマンは一切の閨を拒否した。

「今更義理立てしたって何になるの! 生きているうちは平気で裏切っていたじゃない!」

 あれだけ健気な素振りで、「日陰の身でいいのです」と言っていたバーバラの変貌ぶりにアルマンは辟易した。これがこの女の本性だった。

「平気ではなかった! そもそもお前が酩酊させて私を罠に嵌めたんだろう! ともかく、オレノの母としてここに置くだけだ」

「あなた!」

「あなたなど呼ぶな。使用人に対してけじめをつけてくれ。君はあくまでも・・・平民の愛人にすぎない」

「ひどいじゃない! 伯爵家の嫡男を産んだのは私よ!」

「だからここにいてよいと言っているだろう!気に入らなければオレノだけ取り上げ、追い出してもいいんだぞ!」

 バーバラはバチンとアルマンの頬を殴ると、部屋を出て行った。


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