第47話 賞金首

「何処に行こうかな……あれ?」



当てもなく歩いていたコオリは視界の端に見覚えがある建物が入り、先日に訪れた冒険者ギルドだった。



(冒険者か……魔物退治を生業とした職業だと思ってたけど、本当は色々な仕事をすると師匠が言ってたな)



冒険者は一般には魔物を退治する事が仕事だと思われやすいが、実際の所は魔物退治以外の仕事の依頼が圧倒的に多い。商人や貴族の護衛、警備兵の代わりに街を巡回したり、他にも荷物の運搬などの雑用の仕事を頼まれる事もあるとバルルから聞かされていた。


だが、最も依頼量が多いのは魔物退治である事は確かであり、基本的には魔物が現れた場合は国の兵士に頼むよりも冒険者に任せる事が多い。コオリの暮らしていた地域では魔物は滅多に出現しないので冒険者はいなかったが、この王都には数え切れないほどの冒険者が働いている。



(俺も一応は魔物を倒せるぐらいの魔法は身に着けたし、学校を卒業したら冒険者を目指すのも有りかな?)



コオリの師匠であるバルルも元々は魔法学園の生徒だったが、当時の教師の教育方針のせいで彼女は二年生以上の進級を許されず、それに怒りを覚えた彼女は学園を退学して冒険者になったとコオリは聞いていた。


もしも自分が学園を辞める事になればバルルのように冒険者になるのも有りではないかと考えたが、前に冒険者になるための年齢制限がある事を思い出す。



(今は18才にならないと試験も受けられないんだっけ?だったら学校卒業までは働けないか……そもそも学業と冒険者の仕事の両立自体が無理か)



現在の冒険者ギルドは制度が変更して18才以下の人間は冒険者になるための試験を受ける事ができず、この制度は数年前に施行されたため、バルルが冒険者になった時は15才以上の人間が冒険者になる事はできた。


今の時点ではコオリは魔物を倒せる実力はあっても年齢の問題で冒険者になる事はできず、そもそも学園に通いながら仕事を務めるのも無理な話である。そもそも冒険者という職業は魔物と戦う危険な職業のため、下手をしたら命を落としかねない。



(しばらくは魔物なんて見たくもないな……他に良い仕事はないかな?)



最初は気分転換のために街に繰り出したコオリだったが、いつの間にか自分が働けるような店を探す事に熱中していた。できれば孤児院の皆のためにも仕送りしたいという気持ちもあり、コオリは自分の年齢でも働ける方法はないかと考えて歩いていると、不意に声を掛けられた。



「ちょっと、そこの君……顔を見せてくれないかい」

「えっ?」



後ろから声を掛けられたコオリは振り返ると、そこには見回り中と思われる兵士が立っていた。兵士に呼び止められたコオリは驚き、自分が何か仕出かしたのかと思ったが、すぐに顔見知りである事を思い出す。



「ああ、やっぱりそうだ!!あの誘拐犯を捕まえた子か!!」

「あ、あの時のお兄さん!?」



兵士は前にコオリが通り魔を捕まえた時に顔を合わせた人物であり、相手はコオリに気付いて親し気に話しかける。この兵士とは何度か顔を見合わせているためコオリも安心する。



「いや、久しぶりだね。最近は顔を見なかったから王都を離れたのかと思っていたよ」

「お久しぶりです。あの、犯人たちは……」

「ああ、奴等なら牢獄だよ。もう二度と外に出られる事はないから安心したまえ」

「そうですか……」



まだ魔法を覚えたての頃、コオリは通り魔に襲われた。その時は不意を突いて通り魔から逃げる事はできたが、後日にコオリの前に通り魔と誘拐犯が現れた。


二度目の遭遇の時はコオリは自分なりに魔法の練習を行い、奇策を用いて通り魔を逆に捕まえる事に成功した。捕まえた犯人二人は兵士に引き渡し、城下町を騒がせていた通り魔を捕まえたという事でコオリは兵士からの信頼を得る。



「君のような子供があの凶悪な殺人鬼を捕まえたなんて今でも信じられないな……そういえば君は魔法学園の生徒なのかい?」

「はい。あ、いや……あの殺人鬼を捕まえた時はまだ入学してませんでしたけど」

「なるほど、そうだったのか」



誘拐犯を捕まえた時のコオリはまだ魔法学園には入学していなかったが、この事件が切っ掛けでコオリの噂が広がり、その噂を聞きつけた学園長が彼の入学を許可した。この時に学園長から月の徽章を受け取る事ができたのも、通り魔を返り討ちにした件で彼女の興味を惹いたからだともいえる。



「お兄さんには色々とお世話になりました」

「いや……実は僕も君ぐらいの年齢の弟がいてね。それでちょっと放っておくなくてね」



コオリの知り合った兵士は誘拐犯を捕まえた時も親身に彼の話を聞いてくれ、怖がらせずに落ち着かせて彼の話を一部始終聞き遂げてくれた。他の兵士はコオリが誘拐犯を捕まえたと聞いても簡単には信じてくれなかったが、この兵士だけはコオリを疑わずに信用してくれた。


兵士にはコオリと同年代の弟がいるらしく、そのせいで彼と弟を重ねてしまい、子供である彼の言葉も真剣に聞いてくれたという。



「お兄さんは見回りをしていたんですか?」

「ああ、それもあるけど……実は上司からこれを街で張り出してくるように言われてね」

「これは……?」



兵士は鞄を掲げており、その中には羊皮紙の束が入っていた。兵士は羊皮紙の一枚を取って中身を見せると、そこには獣人族の男性の絵が記されていた。



「君もこいつを見かけたらすぐに僕達に連絡をくれ。この男は凶悪犯罪者なんだ」

「この人、何をしたんですか?」

「殺人だよ。確認しただけでも十人以上は殺されている……最も被害があったのはこの城下町じゃないけどね」



羊皮紙に記された「賞金首」の男性は王都とは別の街で犯罪を犯したらしく、先日にこの男を王都で見かけたという報告が届いた。王都の警備を行う兵士達は賞金首の似顔絵が描かれた羊皮紙を城下町に張り出す様に指示を受けたという。


賞金首の顔はコオリも見覚えがなく、兵士の話によると彼が先日に捉えた誘拐犯よりも危険な男らしい。誘拐犯は力の弱い子供を狙って犯罪を繰り返していたが、この男の場合は傭兵や冒険者も殺している。



「この男の名前はガイルと言って銀級の冒険者さえも殺している。殺人現場を目撃した人間の話によると、どうやら魔拳士の可能性がある」

「魔拳士……」

「君も今日の所は用事を済ませたら早く帰りなさい」

「は、はい……あの、それ一枚貰えませんか?」

「ああ、構わないよ」



兵士はコオリに羊皮紙を一枚差し出すとその場を離れ、残されたコオリは羊皮紙を確認する。彼が羊皮紙を受け取った理由は賞金首の顔と名前を覚え、記されている金額を確認して冷や汗を流す。



(捕まえたら金貨十枚!?凄い大金だな……)



この世界における金の価値は「紙幣」「銅貨」「鉄貨」「銀貨」「金貨」の5つに別れ、一番下の紙幣にもいくつかの種類が存在する。金貨十枚あれば孤児院の子供達が一年は食事に困る事はない金額だった。


賞金首という事は捕まえて兵士に引きだせば賞金が支払われるため、子供であるコオリだろうと捕まえる事ができれば大金を受け取れる。コオリは年齢的に働く事も難しいが、もしも賞金首を捕まえる事ができれば大金を手に入れて親に仕送りもできた。



(捕まえれば金貨十枚か……けど、相手は魔拳士か)



通り魔を捕まえた時はコオリは魔法の力で助かったが、相手が魔法を使えるとなると慎重に行動しなければならない。しかも相手がどの系統の魔法が使えるのか分からずに挑むのは危険過ぎる。



(もう少し詳しく話を詳しく聞いておけば良かったかな……)



羊皮紙に記された賞金首の顔を確認し、緊張した様子でコオリはこの犯罪者を捕まえるために行動するべきか悩む。正直に言って危険過ぎる相手だが、過去に通り魔を捕まえた事、そして魔物との戦闘を経て自分の魔法の力に自信を身に着けたコオリは今の自分なら犯罪者を捕まえられるのではないかと思う――






――悩んだ末にコオリは一旦学園へと帰還すると、他の者に相談する事にした。そして彼が真っ先に会いに向かったのは屋上であり、そこにはいつも昼寝しているミイナが待っていた。



「……なるほど、話は分かった。私達でこの賞金首を捕まえて賞金を山分けするの?」

「えっと……まあ、そうなるかな?」



色々と迷った末にコオリは自分一人では賞金首を捕まるどころか探し出すのも難しいと思い、学園内では一番親しい間柄のミイナに相談する。彼女は話を聞いても特に驚かず、むしろ興味深そうな表情を浮かべていた。



「賞金首を捕まえる……ちょっと楽しそう」

「その、無理にとは言わないけど……やっぱり、危ないし辞めた方がいいかな」

「でも、お金が欲しくないの?」

「それは欲しいけど……」



ミイナの言葉にコオリは否定できず、彼の家は正直に言って裕福とは言えない。コオリを王都へ旅立たせてくれた院長や孤児院に残してきた子供達のため、早く働いて仕送りをしたいと考えていた。


だが、現実に子供のコオリではお金を稼ぐ手段が限られ、彼の年齢ではまともに働ける場所もない。そこで子供の彼が大金を手に入れるためには賞金首を捕まえるしか方法はないが、自分のためにミイナを巻き込む事に罪悪感を抱いたコオリは彼女に謝罪する。



「ごめん、やっぱりさっきの話は忘れて……これは師匠に渡してくる」

「待って」

「ぐえっ!?」



コオリは自分の師であるバルルに羊皮紙を渡そうとするが、そんな彼の首元を掴んでミイナは引き留める。普通は首じゃなくて肩を掴んで止めるのではないかと思いながらコオリは振り返ると、彼女は年齢の大きな胸を張って鼻息を鳴らす。



「むふっ……私は先輩だから、後輩の頼みは断らない」

「え、でも……」

「それにコオリは友達、友達が困っているなら力を貸すのは当たり前」

「けど、危険かもしれないのに……」

「大丈夫、犯罪者を相手にするのは初めてじゃない。私も何回か悪い人を捕まえた事がある」

「そ、そうなの?」



ミイナは過去にコオリのように犯罪者を兵士に引き渡した事があるらしく、彼女は高額の賞金首を捕まえる事に協力する事を約束した。しかし、今回の一件はとてもバルルには相談はできず、彼女には内緒でコオリとミイナは高額賞金首を捕まえる算段を相談する。

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