第33話 ミイナ捕縛作戦

コオリの魔法を見てバルルは思い悩む。彼は短期間の間に下級魔法を完璧に扱いこなしつつあり、もしもだとしたら次の段階へ移行する。


下級魔法を覚えた後は今度は中級魔法を覚えるのが基本だが、下級魔法と中級魔法では難易度に大きな差がある。ちなみに魔法学園の三年生は中級魔法を扱う授業も行うが、彼等の場合は二年生の時に中級魔法の基礎を学び、三年生になるまで中級魔法を扱えるように訓練を行う。



(こいつに中級魔法を教えるのは……多分、無理だろうね)



もしもコオリが普通の魔術師と変わらない魔力量ならば中級魔法を教えても問題なかったが、魔力量が少ない彼に下級魔法よりも魔力消費量が大きい中級魔法を教えるのは危険だった。その事をバルルは包み隠さずに話す事にした。



「コオリ……悪いけど、あたしが教えられるのはここまでなんだよ」

「えっ……」

「普通ならあんたに他の魔法を教えるべきだろうけど、魔力量が少ないあんたに下級魔法以外の魔法を教えるのは危険なんだ」



バルルは正直にコオリは今後も下級魔法以外の魔法は扱える可能性は極めて低い事を話す。魔力消費量が少ない下級魔法ならば魔力量が低いコオリでも問題なく扱えるが、下級魔法以外の魔法となるとコオリの身体に危険が及ぶ可能性が高い。



「下級魔法と中級魔法には大きな差がある。攻撃威力や効果範囲、それに魔力の消費量も桁違いだからね。仮にあんたが中級魔法を使った場合、冗談抜きで死んじまうかもしれないね」

「や、やっぱり無理なんですか……」

「でも、ここまでよく頑張ったね。今のあんたならあの人にも……いや、なんでもない」

「?」



バルルの頭の中にリオンの顔が思い浮かび、もしも彼が今のコオリを見たらどのような反応するのか気になった。



「そうだ、あんたもあの猫娘の捕縛を手伝いな!!」

「ええっ!?」



バルルの言葉にコオリは驚いたが、別にバルルも楽をしたくてコオリの力を借りようと思ったわけではない。だが、今後も彼女が教師を続けるため、そしてコオリの願いをかなえるためにはミイナの存在が必要不可欠だった――






――コオリはバルルに半ば強制的にミイナの捕縛に協力させられる事になり、二人は作戦を立ててミイナの捕縛のための準備を行う。


魔法学園の二年生にして獣人族の少女であるミイナは身軽で足が速く、元冒険者で体力にも自信があるバルルでさえも正攻法では彼女は捕まえられない。だからこそ彼女を捕まえるには罠を用意する必要があった。


バルルが考えた罠はコオリの協力が必要不可欠であり、彼の下級魔法が鍵となる。ミイナを捕まえるためにはまずは学園外に逃げるのは阻止し、校舎内に追い込む必要があった。だが、これに関してはそれほど難しくはない。


この一週間の間にバルルはミイナの行動を調べつくし、彼女は屋上に忍び込んで昼寝をする事が多い事は調査済みだった。校舎の屋上は本来は生徒の立ち入りは禁止されているのだが、ミイナは誰も来ない場所だからこそ昼寝の場所として選ぶ。それを利用してバルルは作戦を立てた。作戦の決行日は彼女が教師でいられるに決め、万全の準備を整えた上で二人はミイナを探す。



「いいかい、あたしの言った作戦通りに動くんだよ」

「は、はい……分かりました」

「相手が女だからって容赦するんじゃないよ。魔物を相手にするぐらいの気概で挑みな」

「それは少し言い過ぎじゃ……」

「いや、あんたはあいつの事を知らないからそう言えるんだよ。あの猫娘、見た目は可愛いけど本当に厄介な奴だからね。絶対に油断するんじゃないよ!!」



コオリはバルルと共に屋上の扉の前に移動し、もう既にミイナは屋上で昼寝をしているはずだった。彼女の運動能力ならば屋上から地上に飛び降りても問題ないため、仮に校舎の出入口を塞いだとしても追い詰める事はできない。


バルルも今回はミイナを本気で捕まえるために万全の準備を行い、彼女は冒険者時代に愛用していた銀色の腕輪を持ち出していた。



「こいつをガキ相手に使う日が来るとはね……」

「師匠、それは?」

「魔法腕輪さ、これを付ければ小杖がなくても魔法を作り出せるんだよ。あんたも見た事はあるだろう?」

「あ、はい」



魔法腕輪なる道具を取り出したバルルは右腕に装着し、そして赤色に光り輝く水晶玉を取り出す。それを見たコオリは彼女が取り出した水晶玉の正体を魔石だと見抜く。



「それは火属性の魔石ですか?」

「そうさ、そういえばあんたはまだ魔石を使った事がなかったね……今度、用意してあげるよ」

「あ、ありがとうございます!!」

「馬鹿、声がでかい!!気付かれたらどうするんだい!?」

「いや、師匠の方がデカいんですが……!?」



魔石を渡す約束をしてくれたバルルにコオリは嬉しさのあまりに大声を上げてしまうが、ミイナに気付かれたら全てが台無しになってしまう。二人は気付かれないようにそっと扉を開き、屋上へ乗り込む。


魔法学園の屋上は上級生専用の訓練場でもあり、屋上には的当て用の人形も並べられていた。但し、学校の裏にある訓練場と違う点はこちらの人形は素材が異なる。こちらの訓練場の人形は特別な木材が利用されており、魔法耐性が高い。



「あれ……ここの人形、何だか下にあるのと雰囲気が違いますね」

「ああ、下の方にある人形は普通の木材だけど、ここにある人形は世界樹を素材にして作り出されているからね」

「世界樹?」

「陽光教会が管理するこの世界で一番の大きさを誇る大樹さ。この大樹はあらゆる魔法の耐性を持っていてね、しかも鋼鉄なんかよりも頑丈で耐久力も高いから武器として利用される事もある貴重な木材なんだよ」

「へえっ……」



バルルの説明を聞きながら世界樹製の木造人形にコオリは視線を向け、自分の魔法で試しに攻撃したい気分を抱く。だが、今は逃げ出したミイナを捕まえるのが先であり、二人はミイナの姿を探す。



「大人しく眠っていて貰えると楽なんだけどね……」

「あっ……それは無理みたいです」

「あん?」



コオリの言葉にバルルは不審に思って振り返ると、彼の視線の先にはミイナの姿があった。既に目を覚ましていたらしく、彼女は瞼を擦りながら二人に顔を向ける。



「……おばさん、流石にしつこい」

「誰がおばさんだい!!ぶっ殺すよ!!お姉様と呼びな!!」

「し、師匠、落ち着いて!?」



ミイナの言葉にバルルはブチ切れそうになるが、それをコオリが止めて作戦通りに動くように説得する。事前に取り決めた作戦もミイナが起きている事を想定しており、彼女が目を覚ましていても特に問題はない。


いつも追いかけてくるバルルの傍にコオリが居る事にミイナは気付き、彼がバルルと行動を共にしている事に不思議そうに首を傾げる。



「……どうして君もいるの?その人に捕まったの?」

「いや、この人は僕の師匠で……」

「そんな事はどうでもいいんだよ!!」



バルルは二人の会話に割り込むと、彼女はミイナを指差して堂々と言い放つ。



「猫娘!!今日はあんたを捕まえに来たんじゃない、決闘しに来たのさ!!」

「決闘?」

「但し、教師のあたしが生徒に手を出すのは色々とまずいからね。そこであたしの一番弟子であるこいつと戦ってもらうよ!!もしもあんたが勝ったら大人しくあたしは引き下がってやる!!だけど、あんたが負けたらあたしの授業を受けてもらうよ!!」

「……面倒くさい」



急にバルルから決闘を申し込まれたミイナは面倒そうな表情を浮かべ、実際のところバルルが提示した条件は彼女にとってはあまり益はない。授業を受けたくないのであれば今まで通りに逃げ続ければいいだけであり、万が一に負けたら面倒な授業をうけなければならない。


しかし、ミイナの反応を予測していたようにバルルは前に出ると、彼女は一枚の羊皮紙を取り出す。その羊皮紙を見てミイナは眉をしかめるが、バルルは羊皮紙を突き出しながら答える。



「こいつは誓約書だよ!!もしもあんたが勝ったらあたしはもう二度とあんたの前には現れない。そしてあんたが勝ったらこの一年間、あんたが授業を受けないように免除してやる!!これはマリア先生も承知済みだよ!!」

「……学園長が?」

「えっ!?」



バルルの言葉にマオとミイナは驚くが、彼女が取り出した誓約書には確かにマリアの署名があり、彼女はこの決闘を承認する旨も記されていた。バルルはミイナを捕まえるためにマリアに直談判し、誓約書を用意して貰った。

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