第6話 初めての魔法
(――何だ、これ……力が抜けていく……!?)
天に杖を構えた状態からコオリは奇妙な感覚に襲われ、やがて杖の先端に「氷の塊」が出現する。氷は徐々に大きくなり、最終的には数十センチほどの大きさになると上空へ目掛けて浮上した。
その光景を見ていたファングの群れは上空に打ち上げられた氷塊を見て驚愕し、膝をついていた少年も空を見上げて冷や汗を流す。やがて氷塊は空中に浮かんだ状態で停止すると、表面に罅が入って最終的には木っ端みじんに砕けてしまう。
砕けた時に氷塊の内部から冷気が放出され、粉々に砕け散って地面に散らばる。ダイヤモンダストのように美しい光景だが、折角成功させた魔法が打ち砕かれる光景を見てコオリは膝をつく。
(何が起きたんだ……うっ!?)
魔法を発動した直後にコオリは全身の力が抜けて膝を突き、頭痛に襲われて顔を歪ませる。先ほどまでは身体の中に熱い何かが駆け巡るような感覚を覚えていたが、今は逆に身体が冷たくなっていく感覚を覚えた。
(いったいどうなって――)
コオリは自分の身体の異変に戸惑い、何が起きているのか理解する前に意識を失う。座り込んだまま気絶したコオリを見て少年は冷や汗を流し、やがて二人を取り囲む風の障壁が消え去った。
「……ここまでだな」
『ガアアアッ!!』
二人を守っていた風の障壁が消えた瞬間にファングの群れが殺到し、膝をついて動けない状態のコオリと少年に一斉に飛び掛かる。しかし、何処からか無数の矢が放たれてファングの群れは二人を襲う前に矢に打たれる。
「ギャインッ!?」
「ガアアッ!?」
「ギャンッ!?」
「……やっと来たか」
矢で次々と撃ち抜かれるファングの群れを見て少年は笑みを浮かべ、無数の馬の足音が鳴り響く。少年が首を向けると、そこには馬に乗り込んだ兵士の姿が見えた。
「リオン様!!ご無事ですか!?」
「遅いぞ、ジイ!!」
「おおっ!!ご無事でしたか!!お前達、あの獣共を蹴散らせ!!」
『うおおおおっ!!』
二人を助けたのは初老の男性であり、銀色の鎧兜を纏っていた。彼の後ろには二十人程度の鎧兜を身に着けた男達が続き、初老の男性の命令を受けて彼等はコオリとリオンに襲い掛かろうとしたファングの群れに矢を放つ。
ファングの群れは騎馬隊が撃ち込む矢の餌食となり、逃げようとした個体も騎馬に乗り込んだ兵士が追跡して止めを刺す。
「一匹も逃がすな!!確実に仕留めろ!!」
「はっ!!」
「うおりゃあっ!!」
「おらぁっ!!」
「ギャアアッ!?」
瞬く間に騎馬隊はファングの群れを一掃し、その様子を見届けたリオンは疲れた表情を浮かべながらも座り込む。そんな彼の元に初老の男性が馬から降りて駆けつけ、大粒の涙を流しながらリオンに縋りつく。
「リオン様、ご無事でしたか!!心配しておりましたぞ!!」
「……離れろ、気色悪い」
「いいえ、今度こそ離しませんぞ!!いったい今まで何処に居られたのですか!?」
リオンの無事を確認すると、彼からジイと呼ばれた男性は改めて立ち上がってリオンの両肩を掴む。先ほどまでは大泣きしていたが、今度は憤怒の表情を浮かべて勝手に自分達から離れたリオンを叱りつける。
「リオン様!!どうして我等と離れて勝手に行動していたのですか!?我等はずっと探していたのですぞ!!」
「それは……その、お前達とはぐれるつもりはなかったんだ。それは嘘じゃない、信じてくれ」
「という事は……また迷子になられていたのですか!?だからあれほど一緒に行くと言ったのに!!」
「う、うるさい!!迷子になんかなっていない!!」
実を言えばリオンはとある事情でジイが率いる兵士達と共に森の中を探索していた。しかし、彼は途中で他の者とはぐれてしまう。
迷子になったリオンは森の中を歩き回る途中でコオリと遭遇し、魔物に襲われている彼を救い出して現在の状況に至る。
「僕がお前達を探していた時、そこで気絶している奴を見つけて助けてやったんだ」
「おお、ではリオン様は我々の知らぬところで人助けをしておられたのですか!?ご立派ですな!!」
「そ、そうだろう?それより、早くそいつの様子を見てくれ……」
「ふむ、どれどれ……む?この物が持っているのはもしかして魔術師の杖では?」
「ああ、どうやらそいつは魔術師のようだ。一応、な」
ジイはリオンの言う通りにコオリの様子を調べ、彼が座ったまま気絶している事を確認する。この時にジイはコオリの杖を取り上げようとするが、杖に触れた途端にジイは眩暈を覚えた。
「ぬあっ!?」
「馬鹿、直に杖に触る奴がいるか!!お前は魔術師じゃないだろう!!」
「そ、そうでしたな……」
魔術師ではない人間が杖にまともに触れる事はできず、慌ててジイは布を取り出してコオリから杖を回収する。すると杖が離れた途端に糸が切れた人形のように倒れ込み、それを咄嗟にリオンが支える。
「やはり意識を失っていたか……危なかった」
「リオン様、先ほどの上空に上がった光はまさか……彼が?」
「そうだ。僕にはあんな真似はできないからな」
リオンがコオリに上空に目掛けて魔法を撃つように指示をした理由、それは彼の魔法を利用して自分の仲間を呼び寄せるためだった。最初からリオンはコオリを魔法で戦わせるつもりはなく、兵士を率いて自分を探しているはずのジイに居場所を知らせるためにやらせた。
偶然にもジイと兵士達が近くに居た事で彼等は空に放たれたコオリの魔法に気付く事ができた。もしも魔法が見える範囲にいなければ今頃はリオンもコオリもファングの群れの餌食になっていただろう。正に命を懸けた賭けだったが、二人共生き延びれた。
「あの時は驚きましたぞ。急に空が青く光り輝いたのを見て、そこに向かったらリオン様とこの少年がファングの群れに取り囲まれていたのを見て儂は肝を冷やしましたぞ」
「……はぐれたのは悪かった。だが、説教は後にしてくれ。今はこいつを救わねばならない」
気絶したコオリの顔色をリオンは伺い、彼が意識を失ったのは魔力を使い過ぎたせいだと確信する。
――この世界における「魔力」とは魔法を構成する力であり、生物ならば誰もが持ち合わせる力でもある。だが、この魔力を失った生物はどんな存在だろうと例外なく死亡し、現在のコオリは先ほどの魔法で体内の魔力を殆ど使い果たして危険な状態だった。
今現在のコオリは自分の生命を維持する程度の魔力しか残っておらず、この状態に陥るとしばらくは目を覚まさず、十分に魔力が回復するまでは意識が戻る事はない。しかし、逆に言えば身体を休ませていれば自然と目を覚ますので命に別状はなかった。
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