第3話

44 けがれた黄金

第一章 凍てついた欲望



 厳しい寒さは続き、二日経てば、聖なる祝祭前夜を迎えることとなる。

 神戸の繁華街を歩けば、クリスマスに備えたイベントが行われて、活気づいていることが窺えたが…


 華やかな催しと無縁の者がいた。怖い顔で街を歩く男は卓也であった。


 時間は真夜中。卓也は反社会組織の裏金強奪を計画しており、念入りに輸送ルートを偵察していた。そして…


「…さてと」

 卓也は偵察を終えると、住居代わりにしているホテルに帰ると思われたが、方向は違っていた。何処か寄り道すると思われたが…

 

 卓也が向かった場所は、神戸市内に位置する賃貸マンションであった。

「…501、501」

 卓也は部屋番号を呟いて、そのままエレベーターに乗り込んだ。彼が向かう501号室は、何かと問題を抱えていた。そこには男女が同居していたが…


「…も…もう、止めて下さい…ひぐ」

 薄暗いリビングルームには、苦痛を訴える女性住人とガラの悪そうな男性住人がいた。彼らの部屋には、壊れた家具や備品が散乱しており、とても、まともな生活を送っているようには思えなかった。

 その時の女性住人は下着姿で、顔や手足にはあざがあり、男性住人から数えきれないくらい性的暴力を受けていた。


「お前は痛めつけられたら、興奮するんじゃないのか?」

「そんなことありません!…もう、あなたとは…別れます」

 女性住人は、勇気を出して刃向うが、男性住人の反応は薄かった。

「好きにしろ、俺と別れたら…店はどうなるかな?どれだけ援助したと思ってるんだ?あ?」

「…汚いわよ、この悪魔!」

「何とでも言え、お前は俺がいないと何にもできねえんだよ!」

 二人の口論は続くが、女性住人が劣勢なのは明らかで彼女の涙は止まらず、男性住人の暴力が続くと思われたが…


「♪」

 その時、部屋のチャイムが鳴り、501号室の住人は愕然としていた。

「誰だ、こんな時間に…」

 男性住人は苛立ちながら玄関の方に向かったが、彼にとって、不運なことが起こった。


「…うるせえな!ぶっ殺す……!!?」

 男性住人は威勢よく飛び出して、訪問者を迎えようとしたが…


「…よう、久しぶりだな」

 男性住人が突然の訪問者と顔を交わすが、どうも様子がおかしかった。彼の眼前には卓也が立っていた。


「…まさか、卓也…さんですか?」

「ああ、しばらく見ないうちに偉くなったな」

 男性住人は卓也の子分だったが、現在は反社会組織の幹部になっていた。


「…出所されたんですか?」

「ああ、刑務所ムショの生活はきつかったぜ、経験あるか?」

「いえ…何でここに?」

 男性住人は冷や汗を掻きながら、卓也に問いかけた。

「…女に会いに来た、いるんだろ?」

「いえ…あの、中に入らないで…!」

 その時、卓也は男性住人の腹部を殴打して、強引に入室した。


「…卓也!」

 女性住人は卓也と顔を合わすと、自然と歩み寄った。

「元気そう…でもなさそうだな、やったのはあいつか?」

 卓也は傷ついた女性住人を労わり、男性住人を睨みつけた。


「……そいつは…俺の…女だ…」

 男性住人は、卓也に殴打された腹部を押さえて、楯突く素振りを見せた。

「女じゃなくて、私物おもちゃの間違いじゃないのか?お前は自分より弱い者を甚振いたぶるのが趣味だったな…」

「…あんたなんか怖くないぞ!昔の俺じゃないんだ……!!」

 男性住人は女性住人を奪い返そうとするが、卓也が得物コンバットマグナムを突きつけたことで足が止まるのであった。


「俺の銃の腕は知ってるよな?大事な部分、風通し良くしてやろうか?」

「ひやあああぁぁぁぁ…」

 男性住人は卓也の迫力に押されて、錯乱状態となり、奇声を上げながら慌てて部屋から逃げていった。そして…


「ありがとう…よく住んでいる場所が分かったわね」

「俺の情報網をなめるな…すまんが、頼みがある」

「何?何でも言って!」

住家いえがなくてな…しばらく世話になっていいか?」

「良いわよ、丁度、邪魔者がいなくなったし…」

 女性住人は、卓也の恋人であった。名は恵梨佳えりか。彼女は卓也の服役中も、手紙でやり取りしており、出所するのを心待ちにしていた。


「…今は何の仕事をしている?」

「スナックで働いているわ、一軒の店を任されてね…」

「凄いじゃないか、儲かっているのか?」

「いいえ、ほとんど、構成員ヤクザの溜まり場よ、もう閉めようかと思うの」

「店を閉めて、その後はどうするんだ?」

「もう故郷くにに帰ろうと思うの、都会暮らしは疲れたわ」

「そうか…一つ話があるんだが…」

 卓也は、恵梨佳に例の大金を奪う話をした。


「…出所したばかりなのに大丈夫?」

「心配ない、強力な助っ人がいるからな…」

「いくつになってもヤンチャね、そこが好きなんだけど…」

「今度は幸せにしてみせるぞ」

「私はあんたを刑事に売ってないからね、あのクズ男とは違うわ」

「分かってるさ、信じている…」

 卓也たちはその夜、再会をよろこんで、寝床で激しく愛し合った。彼は久しぶりに女を抱いて、快楽に浸っていた。

 

 卓也は順調に元の生活を取り戻していき、運命の日が迫ってくるのであった。

 それから…


 翌朝、ベッドで寝ているのは卓也だけだった。恵梨佳は買い物に行っており、彼は留守番している間、電話を借りて、ある人物と連絡を取ろうとしていた。


「…作戦を実行する日が決まった、明日は空いているか?」

「大丈夫だ…ああ、それでは…」

 達洋は卓也からの電話を取り、彼の指示に従った。


「明日はクリスマスイヴだな…お前、予定は?」

「特にないわ…依頼人は気に食わないけど、何でもするわよ」

 夏女は依頼人のためではなく、所長あいぼうのために尽力しようとしていた。


 クリスマスイブ 作戦決行日。

 達洋たちは卓也を事務所に呼んで、裏金強奪のための作戦会議を開いた。


「…ここが裏金の輸送ルートだ」

 卓也は達洋が用意した地図に指を差して、的確に説明をした。


「間違いないのか?別にルートがあるとか…」

「何度も下見をした、この時間、車の量が少ない」

「ぶっつけ本番ってわけか、必要な物はこちらで用意する」

「助かる…あんたら、銃は使えるのか?」

「ああ、相棒もな…現場は彼女に任せる」

「お前さんの担当は?」

「何かトラブルがあった時の緊急要員だ…」

 三人の作戦会議は順調に進み、彼らは祝祭クリスマス前夜に犯罪行動を起こそうとしていた。

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