最終章 永正之錯亂
第一話 君臣問答之事
永正二年(一五〇五)正月、洛中の政元邸宅で執り行われた将軍饗応接待は波乱含みであった。
なおこのとき将軍
応仁の乱で花の御所が焼亡した後、細川勝元が自邸を小川御所として献上し、それが義視によって破却された後、再び細川京兆家の邸宅として戻ってきたのである。
昨年は義澄と政元にとって大変な年だった。
もうこりごりであった。政元は、戦いがいつまで経っても終わらない状況を打開するために、饗応の場を借りて義澄に諸敵との和睦を進言しなければならなかった。
「もはや当家かぎりで諸敵とやり合うは不可能でござる。前将軍との和睦も考えねばなりませぬ」
政元が弱気になった背景には、両畠山の和睦がある。
明応八年(一四九九)正月、河内十七箇所において
何度か書いたが、当時の政元の対畠山政策は「両畠山の対立の助長」で一貫していた。
ひとつになった畠山が細川に挑んでくることこそ、政元が避けるべき事態であった。
しかしこれまでの方針が行き過ぎて、対立を煽る政元こそ真の敵とようやく両者に認識されるに至り、反政元で一致した両畠山の結合という避けるべき事態をとうとう招来してしまったのであった。
また、元一の謀反そのものは鎮圧されたが、これに加担した
政元には宗益を殺す気などさらさらなかった。いちおう申し添えておくが、情誼とかそういう類いの生やさしい話ではない。前述のとおり両畠山が結合したいま、宇治、淀方面の防衛は以前にも増して重要の度を深めていた。その方面での戦いで幾度も尚慶を撃破し実績を重ねてきた宗益には、まだ十分に利用価値があるという、ただそれだけの話だった。
しかし当時、赦免をちらつかせることで謀叛人や犯罪者をおびき出し、殺してしまう事例は枚挙に暇がなく、宗益もそのような憂き目に遭うことを警戒している。
何度呼びかけても宗益は帰参せず、その意味で元一謀反の余燼は未だにくすぶり続けていた。
元一の叛乱が早い段階で鎮圧されたのでその真意は不明だったが、
世上では元一の挙兵に連動した動きだったと囁かれており、だとすれば慈雲院は、かたや六郎養子の件で京兆家との関係を深めておきながら、一方では元一を使って政元の追い落としを画策していたということになる。
元一が政元を殺した後、慈雲院は六郎を上洛させて京兆家の家督に据えるつもりだったのではないか――。その疑念を拭うことが政元には出来なかった。
かけずり回ってこれだけの危機を乗り越えたにもかかわらず
政元による山口討伐などという絵空事を空想するより和睦の方がよっぽど実現可能性が高い。政元は難局を乗り切るために義澄を説得しなければならなかった。しかし
「
鼻で笑ってあしらう義澄。
もっともその
「それがしが山に入って和睦が成るなら喜んで入り申す。年来の望みでもあり、むしろ渡りに船。前将軍は洛中のいずれかの寺にお迎えして大御所となし、大樹
政元は本気である。煩わしすぎる俗世に別れを告げて修行に専念できるのだとしたら、それに越したことはない。
そこへ
「よろしいはずがあるまい!」
手にしていた盃を叩きつけて激昂する義澄。
畠山尚慶や大内義興のごときを見るまでもなく、全国諸将のうちでも義尹の正当性を
そんななか、もし義尹の上洛を許せば、義尹本人の意向がどうあれ将軍還任を働きかける政治運動が必ずや起こるであろう。そういった運動の中心になるであろう連中の顔や名前までが瞬時に思い浮かぶ。とても義澄の乗れる話ではない。
「そんな口約束が守られるものか! そなたが隠居すれば余の身柄はどうなるのじゃ! 勝手を申すな!」
実力に乏しい義澄は、政元という後ろ盾がいなくなればあっという間に追い落とされるであろうことをよく自覚していた。いくら
「事前の約束で身分を保障されたはずだったのに」
などと騒いでみたところで、いったん義尹の入京を許してしまえば、権力闘争に利用されることを防ぐため義尹派によって殺されるだろうことは疑う余地がない。
「勝手を仰せなのは大樹じゃ! 先のいくさで大樹は敵の一人も倒したか。御所に籠もり奥で震えていながら武家の棟梁など片腹痛い。戦いもせぬ公方にあれやこれやと指図される謂われなどないわ!」
負けじと膳をはねのけて吼える政元。
「だからどうした。そんな余を将軍に据えたのはそなたじゃ!」
「御台に命じられてのことよ!」
「最後まで守れん命令を聞く奴があるか! やはりそなたは不見識者じゃ。見境もなく唯々諾々と……」
「言ったな! またぞろ不見識とは!」
遊初軒に浅ましい君臣の怒号が飛び交う。互いの主張をぶつけ合うだけの不毛な問答は、飽くことなく続けられたのであった。
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