第275話 やはり腹筋……!腹筋は全てを解決する!(玲香談)

「一本! 大事に行くぞ!!」


 トップでボールを持つ楽人が仲間たちへとそう声かけする。

 オフェンスでいいところのない相手チームはせめてディフェンスを成功させてリードを保とうとしているようだが、微妙に動きが嚙み合っていない。


「尾上の弟たちは気にすんな! どうせシュートも打てない素人だ! ボールが渡っても怖くねえ!!」


 楽人のディフェンスに付く藪瀬先輩が、せめて意識を統一させようと仲間たちに吠える。

 彼の言っていることは半分は正しい。この状況で二人にボールが渡っても、大した活躍はできないだろう。


 だが、ボールを持たずともチームに貢献する方法はある。

 どうやら今、この時だけは、藪瀬先輩よりも二人の方がそのことを理解しているみたいだ。


「……っ!!」


 リズミカルにドリブルをしていた楽人が、不意にテンポを変えてゴールへと突っ込んでいく。

 しかし、藪瀬先輩はその動きを読んでいたようで、焦ることなく楽人についていこうとした。


「へっ! 甘えよ! 何度もぶち抜けると思う――なっ!?」


 前半で楽人の動きを把握したことや、体力を消耗したことで動きが悪くなったこともあるのだろう。

 今度は止められると確信し、得意気に楽人へと何かを言っていた藪瀬先輩であったが、自分が進もうとしている先に何があるのかを見ていなかったことが彼に災いした。


 そこにあった……いや、立っていた巨大な壁に激突した彼は、驚きの声を上げながら勢い余って弾き飛ばされる。

 その間に藪瀬先輩のディフェンスを振り切った楽人はそのままゴールへと向かい、レイアップシュートを決めてみせた。


「うっ、つぅぅ……! な、何が……っ!?」


 よろよろと立ち上がった藪瀬先輩は、ゴールの方を見て、ようやく自分が何にぶつかったのか気付いたようだ。

 フリースローエリアに立ちはだかる筋肉の壁……もとい大我は、自分に激突して倒れ込んだ先輩を見下ろしながら涼しい顔で言う。


「少しは俺たちのことも気にした方がいいんじゃないですかね? じゃないと、またそういう目に遭いますよ?」


「~~~~っ!!」


 自分たちを軽んじた藪瀬先輩へと、煽るようにそう言った大我が小走りでディフェンスに向かっていく。

 少し離れた位置からでもわかるくらいに赤くなった先輩の顔を僕たちが見やる中、鉢村さんがジュルリと涎をすすりながら呟いた。


「激突されても一切動じない、あのがっしりとした重心……! ちょいSっ気がある性格……! いい……! ディ・モールト・ベネ……!!」


「玲香、危ない顔になってるから早めに戻ってきて。正直、友達止めようか迷うくらい怖い」


「あのさ、尾上くん。今、大我くんは思いっきり相手とぶつかってたけど、あれは反則じゃないの?」


「あれはスクリーンプレイっていって、バスケの戦略の一つだよ。ディフェンスが引っ掛かるポジションで待機して、味方を援護するんだ」


「ただ立ってるところに相手が突っ込んできたんだから、当然反則にはならない。相手を追っかけて動いたりしたらファールになっちゃうけど、文字通り動かない壁スクリーンとして立っているだけなら接触も問題ないんだよね!」


 先ほど、僕が食らった頭突きと違い、反則が取られなかった肉体接触に関して疑問を持った熊川さんへと、僕はひよりさんと一緒に解説する。

 そんな話をしている中、藪瀬先輩が大我のマークについていた仲間と揉める声が聞こえてきた。


「お前! なんでスクリーンに来てることを報告しなかったんだよ!?」


「俺は言ったよ! お前がベラベラ話してたから聞き逃したんだろ!?」


「んだとぉ……!!」


 明らかに不和が広がっている相手チームの様子を見れば、形勢が徐々にこちらに傾いていることがわかるだろう。

 ピリピリとしながらも一旦は双方矛を収めた二人は、意味深な目配せをしてからオフェンスに移る。


「まずは一本だ。インサイド使って確実に点を取るぞ」


 連続して雅人にドライブを止められたことで、藪瀬先輩も外から切り込むことを諦めたようだ。

 代わりに、第二ピリオドで大量に得点を稼いだインサイドへとプレーに切り替え、味方のセンターへのパスを狙っていく。


 ポジションを取るべく大我と争っていたセンターは、自分にパスを出すであろう藪瀬先輩だけでなく、審判の動向もちらちらと目で追っていた。

 その様子から、彼が何かを企んでいることを確信した僕が声を出すよりも早く、相手が動きを見せる。


「ふっ……!」


 審判の視線が外れた一瞬、センターがポジションを争うどさくさに紛れて大我の腹に肘鉄を打ち込んだ。

 そのままインサイドから離れた彼は、藪瀬先輩にパスを要求する。


 おそらく、大我が今の一発に悶絶している間にフリーでジャンプシュートを打とうという算段だったのだろう。

 ボールをキャッチし、反転した彼は、そこから思いきり跳躍しようとして……目の前に立つ大我を見て、大きく目を見開き、動きを止めた。


「なっ……!?」


「……今、何かした?」


 どさくさ紛れの一発とはいえ、結構いい位置に肘を叩き込んだのだから、動けなくなっていると思ったのだろう。

 しかし残念。鍛え上げられた大我の腹筋の前では、そんな生温い一撃なんて屁でもない。


 完全に当てが外れたセンターは、シュートを諦めて再びパスを出すしかなかった。

 藪瀬先輩もまた忌々し気な表情を浮かべる中、ベンチで試合を観戦していた鉢村さんが実に感情を込めた声で呟く。


「やはり腹筋……! 腹筋は全てを解決する……!!」

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