第21話 ケーキより甘い放課後デート!

「うっわ、見てよ雄介くん! あれもこれもそれもどれも、全部美味しそうじゃない!?」


「あはははは……確かにそうだね」


 そして迎えた放課後、僕たちは電車に乗って少し離れた駅へとやって来ていた。

 お目当てはそこから歩いて数分のところにあるショッピングモール。その中にあるスイーツバイキングだ。


 ひよりさんは少し前から開催されているイチゴのケーキフェア限定のスイーツを食べたかったらしく、僕に誘われたのをいい機会だと考え、食べに来たというわけである。


「制限時間百二十分でしょ~!? こりゃあもう、限界まで食べまくるしかないよね!」


 そう笑顔で言うひよりさんの前には、大量のケーキを乗せた大皿が置いてある。

 ショートケーキにレアチーズ、チョコレートケーキにモンブランにババロアにロールケーキなど、通常のものよりは一回りサイズダウンしてあるが、それでもこんなに食べられるのか? と思ってしまう量のケーキを前に、ひよりさんはとても幸せそうだ。


「ではでは早速、いただきま~すっ!」


 行儀よく手を合わせていただきますをしたひよりさんが、フォークを手にフェア限定のいちごタルトを頬張る。

 一口食べた途端、ほっぺを押さえて嬉しそうな声を漏らした彼女の姿を見ながら、僕もまたガトーショコラを口に運び、同じ楽しみを共有していく。


「ん~っ! イチゴがたっぷりだし、生地もサクサクで美味し~っ! 多めに持ってきて正解だ!」


「すごいな、ひよりさん。よくそんなに食べられるよね?」


 改めて言うが、ひよりさんの前には大量のケーキを乗せた皿が二枚ほど置かれている。

 単純にホールケーキ二つ分くらいはありそうなケーキを次々と平らげる彼女は、途中で飲み物を飲んで一息つくと共に僕へと言った。


「あたし、甘いもの大好きだからね! それにほら、女の子は甘いものは別腹って言うじゃない? そゆこと、そゆこと!」


「へぇ~……! そういうもんか……」


 これまでケーキバイキングになど行ったことなどない僕にとっては、ひよりさんの食べる量が世の女子たちの平均的なレベルなのか否かを判断する基準はない。

 確かに言われてみればお店に来ている女の子たちは次々とケーキをおかわりしているようにも見えるし、もしかしたら彼女の意見はあながち嘘でもないのでは……? と思い始める中、ちょっとだけむくれたひよりさんが僕へと言ってきた。


「まあでも、こんなに食べてるのに背は伸びなかったんだよな~……! 太りもしなかったけど、食べた分の栄養はどこに行った? って感じじゃない?」


「よ、よく動いてたからじゃない? カロリー消費が多かったから、その分栄養を欲してた……みたいな?」


「ほう? とは言いつつも目を逸らすのはどうしてかな~?」


 ホットカフェオレを飲みつつ、ひよりさんから視線を外した僕が言う。

 ニヤニヤと笑う彼女はからかうために言っているのだろうが、なんて一目でわかるではないか。


 ひよりさんは、わかりやすく胸を手でぽよんぽよんと跳ねさせる彼女をまともに見られなくなっている僕のことをからかって遊んでいるようだ。


「ふふっ……! 冗談はここまでにしようかな。折角のデートなのに、雄介くんが目を逸らしてばっかじゃ寂しいもんね」


「ぐぅ……」


 少しばかり胸を強調していたひよりさんがそう言いながら普通に座り直すも、その発言もなかなかに恥ずかしい。

 デート……そう、デートだ。僕は今、人生初の放課後デートというものを経験しているのだと思うと、向かいの席に座るひよりさんの顔をまともに見れなくなってしまう。


 そこまで意識する必要はないと、逆にガチガチになっていたらひよりさんが楽しめないじゃないかと、そう自分に言い聞かせて視線を前に戻せば、ケーキを食べる手を止めてこちらを見つめる彼女と目が合った。

 嬉しそうに微笑むその姿に、ドキッと心臓が跳ね上がる中、ひよりさんが僕へと問いかける。


「雄介くん、あんまりケーキ食べてないけど……もしかして、甘いもの苦手だった?」


「そんなことないよ。むしろ、僕も甘いものは好きな方だしさ。あんまり食べてないのは、こういうお店の雰囲気に慣れてないから委縮してるだけ」


 ひよりさんの質問に苦笑しつつ、正直に答える。

 本当に甘いものは好きだし、彼女に気を遣っているわけでもないと前置きしてから、不安そうに見つめてくるひよりさんへと詳しく説明していく。


「ケーキバイキングもそうだけど、デートも初めてだからさ。あんまり恥ずかしくないようにしなくちゃって思って、ちょっと格好つけてるんだよ」 


「……本当に? 実は無理してるとか、そういうのじゃない?」


「本当です。エンジンがかかってきたら、ひよりさんに負けないくらいに食べ始めると思うからさ……それを見て、判断してよ」


「……そっか。うん、安心した!」


 僕の答えに満足してくれたのか、ニカッと笑ったひよりさんが再びケーキを頬張り始める。

 その笑顔を見ながら、僕も持ってきたガトーショコラを口に運ぶ中、手を止めたひよりさんが小さな声で言った。


「……あたしもさ、こういうお店に男の子と来るのは初めてなんだよね。その、仁秀は甘いもの苦手だったから、誘うのもなんだかなって感じだったからさ」


 不意に彼女の口から飛び出していた江間の名前を聞いた僕は、少しだけ驚いてしまった。

 だけど、今朝のように彼に触れ過ぎないようにしたせいで余計なトラブルを招いてしまったことを反省しているひよりさんは、腫れ物に触るように扱うのではなく、認めた上で踏み越えようとしているようだ。


 彼女の声色と表情からその意志を感じ取った僕が黙って話に耳を傾ける中、恥ずかしそうに笑ったひよりさんが照れ臭そうに言う。


「だからあたしも、雄介くんと同じはずなんだけどさ……全然緊張なんてしないで、女の子の友達と一緒に来たみたいに振る舞っちゃった。普通に考えればもうちょっとお行儀よくすべきなのに、どうしてだろうね? なんか、何も考えずに全部曝け出しちゃってた」


「いいじゃない、それで。いっぱいケーキを食べて幸せそうに笑うひよりさんを見れて、僕は嬉しかったよ」


「ん……そっか。なら、ここからもいっぱい食べて、満足しちゃおっかな~!」


 今の話は、僕のことを信用してくれてるって考えていいのだろうか?

 固くならず、素の自分を見せられるような相手だと思ってくれていると考えて、いいのだろうか?


 逆にいえば、女友達と同じくらいの関係だと思っているということにもなるだろうが……それでもいい。

 また一つ、ひよりさんの知らなかった顔を見ることができた。彼女との距離を縮めることができた。


 一歩ずつ、少しずつ、仲良くなっていけばそれでいいと思いながら笑みを浮かべた僕は、空になった皿を手に取ると彼女へと言う。


「じゃあ、僕もそろそろ本気でいこうかな? ひよりさん的におすすめのケーキはどれ?」


「そりゃあもちろん、フェア限定のいちごタルトだよ! 本当に美味しいから、雄介くんも食べてみなって!」


 そう言いながら、最後まで残してあったタルトをフォークで指すひよりさん。

 あれだけあったケーキをこの短時間で食べきったのかと苦笑しながらも、そのおすすめに従っていちごタルトを取ってこようとした僕であったが、ケーキが置いてあるエリアを見ると、ちょうどタルトがなくなっていることに気付く。


「あっ、残念。今、作ってる最中みたいだね」


「えっ? あ、本当だ……!」


 振り返ったひよりさんもタルトがないことに気付いたようだ。

 おかわりしたかっただろうに残念だろうなと思いながら、僕は彼女へと言う。


「まあ、焦らずに待つことにするよ。他にも美味しそうなケーキはいっぱいあるしさ」


 幸いにも制限時間にはまだまだ余裕がある。人気商品だし、補充もすぐに完了するだろう。

 ほんの少しだけ待てばいいだけだから焦る必要なんてないと言う僕であったが、ひよりさんはそんな僕を見つめながら静かに口を開いた。


「……でも、このケーキ、本当に美味しいんだよ? できたら雄介くんにも今すぐに食べてもらいたいな」


「あはは。流石にないものは食べられないよ」


「……あるじゃん、ここに。いちごのタルト」


「えっ……?」


 そう言いながら、ひよりさんが自分の皿の上に乗っているタルトをフォークで切る。

 半分くらいのサイズにカットし、イチゴをたっぷりと乗せたそれをフォークで突き刺した彼女は、それを僕へと差し出すと少し顔を赤くしながら言った。


「はい、雄介くん。あ~ん……!」

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