聖域のヴァルキュリエ

@GBOY17

雪原のプロローグ

 例え主張が違えど、彼らの目的に必要なのは今ある「世界」そのものだ。


 だから彼らはたった一つの理由でのみ公に協力している。


 思想的、主張的、そんな手に掴めない意味での「世界」ではなく、本当に、今目の前に広がる「世界」を守る。


 「世界」は、目的の為に必要なのだから。


 だからこそ世界を守る為、「聖域」と呼ばれる場所が作られた。

 連合、同盟に対し中立的である「聖域」が。


 彼女はそこにいた。


 「戦乙女」である「ヴァルキュリエ」


 彼女は、確かにそこにいる。




 ーーー旧ロシア領近郊・雪原地帯


 雪原は夕陽が差し、真っ白な雪が赤く染まり幻想的で、そこを走る新世界同盟の車は、雪原走破用にタイヤをキャタピラに換装している。

 生々しい弾痕が幾つもある同盟側車両、その車内では運転手が「クソ! クソ!」と恐怖に震えながら車を走らせ、ハンドルを数回叩く。

 後部席では東洋人の若い男がノートパソコンを胸に抱き、震えていた。

 二人とも同盟軍の冬用服装だが、同盟軍ではない。

 脱走してきたのだ。


「ここを抜ければ新人類政府領だ! 博士! あと少しですよ!」ドライバー、恐怖からか目が血走り、興奮気味だ。


「ああ、ああ、わかってる。分かっているとも」


 博士、そう呼ばれた男は俯き両手を合わせ、信じてもいない神に祈った。

 自分の身の安全を、無事に新人類政府領へ入れる事を。

 しかし


 〈聞こえているな〉


 車内無線から怒気を孕んだ男の声、それが誰の声か彼らは知っており血の気が引くのを感じていた。


〈ベイカー博士...残念だ〉


 説得、及び確保を諦めた声。それはまごう事なき攻撃開始の合図であった。


 直後、100m先に巨人が降り立ち、雪が舞う。

 夕陽に輝く結晶の中に佇む巨人、同盟軍所属アームギア(アルケロン)は10mはある土色の巨体を振り向かせると単眼、モノアイを光らせ、肩の投光器で車を照らす。

 流れる様に右手を背中の武装ラックに伸ばし、そのまま短銃身のマシンガンを引き抜き、車に向けたその様は、その機体に慣れたパイロットの動きであり車のドライバーは


「くそっ!」


 大きくハンドルを切り、右へ。

 右手に武器を持ったアームギアへの対処、少しでも動きを遅らせる。

 だがアームギアの旋回速度は早く、素早く周ると車を狙い発砲。

 けたたましい20mmの発砲音、撃ち出された弾丸は逃げる車両のすぐ側に着弾し雪が舞う。


「こんなとこまで来て!! クソッタレ!!」


 左右に揺れる車内、ベイカー博士は祈りながら姿勢を低くしている。


 そして、正面にもう一機、左手に広がる森からアルケロンが飛び出すと、車両の前に立ち塞がる。

 車は急停車、目の前のアルケロンは左手で車の天井を剥ぎ取ると、中を伺う様にモノアイで覗き込む。

 

「うあああああ!!!」


 興奮気味の運転手は叫び、後部席のベイカーはただ諦め、アルケロンを見上げていた。


 アルケロンはゆっくりと顔を離すと右手を背中の武器ラックに伸ばし、ヒートピッケルを握る。

 炸薬でラックのロッキングボルトが爆発、その勢いでヒートピッケルを振り上げる。


 ヒートピッケルは本来、アームギア同士の格闘戦で装甲をはぎ取るための装備、人間相手には過剰に他ならない。

 車両に乗る人間を殺したければ踏み潰す、殴り潰す、頭部のバルカン砲を使うなり、他にも簡単な方法はある。

 これは乗り手の趣味だ。

 

 加熱モーターで赤く燃える巨大なピッケルは、真っ直ぐ二人の乗る車両を見据えている。


〈さよならだ〉


 無線からの声、正面のアルケロンは振り上げたピッケルを振り下ろす


 が、アルケロンの右腕が弾き飛ばされた。

 アルケロンの肘関節が露出し、ピッケルを握ったまま弾き飛ばされた右腕は右後方の雪に突き刺さり、熱で雪が溶け水蒸気が上がる。


〈運が良かったですな博士...では〉


 無線の男の声の直後、アルケロンが後方へ飛び、車の後方の『何か』へ向け頭部バルカンを斉射。

 ジャラジャラと薬莢が雪に落ちる。


「な、何なんだ」


 そこでベイカーはアームギア特有の走行補助装備・キャリッジの音が後方から迫るのを感じ振り返る。

 右に、左に激しく動き右手にライフル、左腕部にパイルバンカーを構え迫る新人類連合政府軍所属アームギア(ガリア3)。

 曲面多用のアルケロンと違い、角張ったフォルムのガリア3は、頭部バイザーアイを赤く光らせると跳躍、車を飛び越えアルケロンに肉薄。

 アルケロン胸下に左腕部を潜り込ませたガリア3、パイルバンカーの杭が打ち出され胸部を貫通。アルケロン頭部も杭により破損、突き出た杭にはパイロットの肉片と血が滴る。


「た、助かったのか...ガリア3がいるって事は」


 パイルバンカーから薬莢が飛び出し、雪に落ち水蒸気。

 杭は素早く戻り、アルケロンは膝から崩れ落ちる。


「もう一機!」ベイカーはもう一機いたのを思い出し叫ぶ。「もう一機いるぞ!!」


 ガリア3は左腕を戻し、振り返ると右手のライフルを構えると三発。

 発射音の後、金属音。

 ベイカーは車から飛び出し、倒れ込むもう一機のアルケロンを見て手際に驚いた。


〈ベイカー博士ですね〉


 ガリア3のパイロットの声が機体外部スピーカーで聞こえる。

 若い男の声だ。


「あ、ああ!」

〈追手は片付けました。無事で何よりです。ようこそ、新人類連合へ〉


 程なくバラバラと戦闘ヘリを伴った輸送ヘリがその場に駆けつけるのだった。

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