第5話 月の花

数日後…


後宮の華美で贅沢な暮らしにも慣れて来たが、その日の夜は何故か眠れなかった。

明明の話では、明日、朱雀の姫を選別する第一関門の試練があると言う。


どう言った内容なのかは、公表されて居ないが、厳しい試練になる事は間違いなかった。


それもあってか緊張して眠れなかった。


もしも…と言うか当然、私が朱雀の姫では無かった場合、この後宮からも去らなければならないだろう。

また、妓楼に戻るのかしら…?

それは嫌だわ…


何処か下働きできる場所でもあれば…


そんな事を考えながら、夜の後宮の庭を歩いた。


蓮の後宮には蓮の池があり、何となくそこに向かっていくと…


美しい笛の音が聞こえてきた。


これは…

この曲は「月の花」…


月の花は、離れた恋人を偲ぶ曲だ。

離れ離れでもずっとあなたを思っている。

あなたは月に咲く花のように、決して触れることも叶わぬけれど…


確か、そんな歌詞だったと思う。


私が近づくと、笛の音はピタリと止んだ。


横笛を持って居たのは、飛龍様…!

皇帝陛下だった…!


「そなたは…

確か妓楼の…」


「は、はい…!

小鈴と申します!


邪魔をして申し訳ございません!

つい、眠れなかったので、散歩を…!」


私は言う。


「いや、よい…

少し誰かと話したいと思っておったところだ。

隣に参れ、小鈴。」


そう言われて私はおずおずと皇帝陛下の隣に座った。


「そなた妓楼で働いておったが、経緯はあるのか?」


飛龍様が尋ねる。


「いえ、家が貧しく口減しのために売られただけでございまして…

物心つく前から妓楼におりますので、世間のことは何も知りませんし、家族のことも覚えていません。」


私はそう答えた。


「そうか…

本当の家族に会いたいとは?」


「顔も知りませんから、会いたいなどと思った事はありません。

でも、もしも、会えるなら、平手打ちでもしてやりたい気分でございます。」


私は言った。


それを聞いて飛龍様は笑った。


「そうか、会ったならば、平手打ち、か。

それも悪くはないな…」


少し寂しそうに笑う飛龍様に私は尋ねた。


「あの…

なぜ、月の花を…?」


「いや、特に意味はない。

好きな曲なだけだ。


そなた妓女ならば、一曲歌ってくれぬか?」


「え…?


わ、わかりました。

では…!」


私は「月の光」という歌を選んだ。


いつもあなたを照らし導く光となりましょう。

どんなに離れていても、光はあなたに届くはず…


そんな歌だった。

月の花の返し歌とも言える歌だ。


飛龍様はそれを聞いて涙を流した。


そして、歌が終わると居なくなっていた。


そして、私も何となく不思議な気分のまま、部屋に戻って眠りについた。

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