下り坂で走るとこうなるよね

翌日からオルターネンに対魔法ソフトプロテクション、サリドンにはソフトプロテクションを掛けておき、二人で勝手に戦ってもらった。もう見てなくていいかと思った理由はサリドンの目の色が変わったからだ。その意気で自分で何かを掴んでくれたまへ。


マーギンはバネッサとの戦いを思い出して動き回りながらヒットアンドアウェイを意識してやれとアドバイスはしておいた。オルターネンは自分で勝手に考えるだろ。


ロッカとローズはハンナリーに任せておいていいかな。ハンナリーはデバフの掛け方がどんどん上手くなっているから捕まる事はないだろう。


木登りの二人はあのままやらせておく。もっと筋力と瞬発力を付けたまえ。


ホープはガキ共に次のステップに進ませているのでまだあのままでいいな。


「シスコ、どうだ?」


「矢と違って全然上手くいかないわ」


「クナイが風に乗らないか?」


「ほとんど効果がないわね」


「んー、じゃあ状況を確認するわ。バネッサ、アイリス達が登っている木の一番上に投げてみてくれ」


「こっから届くわけねぇだろ?」


「いいから投げろ。先ずはお前の力だけでどこまで届くか確認する」


バネッサはいつもの投げ方ではなく、遠投用の投げ方で投げる。


ヒュッ


クナイがくるくると回って飛んで行き、弧を描いて落ちて行く。


カッ


「ひゃあっ!」


カタリーナが変な声を上げる。木登りをしていたカタリーナの近くにクナイが刺さったのだ。


「木登りだけに集中してると、頭にクナイが刺さるぞ」


しれっとそんな事を言うマーギン。


「当たったらどうすんのよっ」


「死ぬから避けろ」


まともに回答をしないマーギン。ここが戦いの場であれば、流れ弾に当たることもあるのだ。


「バネッサ、もう一度投げろ。シスコはそれを風魔法で援護だ」


目の前で二人にやらせてみる。


ヒュンっ


シスコは飛んでいったクナイに向かって風魔法で飛距離を伸ばそうと試みるが効果無しだ。今度はアイリスのひゃあっという声が聞こえるけど無視だ。


「ねっ、上手くいかないのよ」


「なるほどな、多分シスコの魔法効果のある範囲を超えてるんだと思うわ。もっと早くからフォローして、初速を上げてみたらどうだ?」


「勢いが落ちる時にするんじゃないの?」


「それだとシスコの風魔法効果が薄いんじゃないかな。元々矢よりクナイの方が重いから風に乗りにくいしな」


「マーギンがやったらどうなるのかしら?」


「俺の風魔法とシスコのは質が違うからあまり参考にならんぞ」


「いいからやって見せて」


シスコは上手くいかない事が続いているようでイライラしているようだ。


「バネッサ、近くを狙う時と同じように投げろ。クナイを回転させるな」


「そんな事をしたら距離出ねえだろうが」


「遠投出来ても威力が無ければ意味がないからな。近くの敵を倒すつもりで投げろ」


「わかったよっ」


ピシュっ


バネッサがいつものように投げたクナイにマーギンはエアキャノンを撃つ。クナイはその威力に乗って速度が増す。しかし、途中で失速した。


「あー、なるほどな。シスコ、これ難しいぞ」


「どう難しいのかしら?」


今マーギンがやってみせたのは自分がやったよりずっと威力もあるし、木の真ん中より下ぐらいまで届いたのだ。


「これ、風で押すというより、風の弾の中にクナイがあるというイメージでやらないとダメだな」


「意味がよく分からないわ」


マーギンはどう説明しようか考える。


「体感してみるか?」


「体感?」


「そう。シスコは自分がクナイになったつもりになってくれ」


「飛べないわよ」


「そんなの分かってるわ。全力で走ってみてくれ。俺が走っているシスコを風魔法でアシストする」


シスコを走らせ、身体サイズのエアキャノンでスピードをグンと落として撃つ。空気の弾がシスコを包んで一緒に動くイメージだ。


「凄いっ、こんなに速く走れるなん…なん…キャァーーッ」


ドシャッ ズザーーーっ ゴロンゴロン


あっ…


シスコの走るスピードに合わせて空気の弾のスピードを上げ続けたのだが、どうやらスピードを上げ過ぎたようだ。シスコの足がスピードに付いて行けず、すっ転んでしまった。下り坂を駆け下りるみたいなものか?ちゃんと受け身を取れたのは訓練の成果が出ていたようで良かった。マーギンは受け身の訓練をやって良かったと一人頷いていた。


「マーギンっ 酷いじゃないっ」 


「ちゃんと受け身の訓練しておいて良かったろ?」


「そういう問題じゃないわよっ」


受け身を取ったとはいえ、手とか擦り傷だらけだな。マーギンは水でジョボジョボと傷を洗い流してから治癒しておく。


それからマーギンは絵に描きながら、理屈を説明していく。


「つまりクナイと風を同化させてないとダメということね?」


「そういうこと。瞬間的に押しても、クナイには一瞬しか風の力が伝わらないな」


空気の弾とクナイを同化させるということは、投げたクナイが空気抵抗を受けないという事だ。これをやろうと思えば、風のスピードのコントロールをやり続ける必要がある。魔力値が高ければ風を出しっぱなしでやれそうだが、シスコの魔力値というより、魔法使いでも厳しい。エアキャノンをコントロールするのが正解だろう。


「じゃ、二人で練習を続けてくれ」


魔力コントロールは教えてやれない。ひたすら練習して自分で身に付けて貰うしかないのだ。これから毎日のようにシスコは魔力切れで立てなくなるだろう。それが続いたらバネッサに次のステップに進んでもらうか。


今日のマーギンはシスコに付きっきりで、遅いとかそのままキープとかアドバイスを続けたのだった。


そして同じ訓練が次の休みまで続き、休みの日になった。



ー王城中庭のガゼボー


マーギンは王妃と二人っきりでお茶会をさせられていた。お付きの人も護衛も誰もいない…


「久しぶりに自分でお茶を淹れましたわ」


そう微笑む王妃。


マーギンの前にあるのは王妃が淹れたお茶だ。これを飲むと何かあるのではないかと思うと飲むのに勇気がいる。


「さ、遠慮なくどうぞ」 


王妃の微笑みと共に放たれた静かなる圧がマーギンの手を動かす。


ズゾッ…


「オイシイデス」


「そう、それは良かったわ。今日お話をしたかったのは…」


来たっ!


お茶を口にした瞬間に話を切り出してきた王妃。やはり、自ら淹れたお茶を飲む事に何か意味があったのか…


もうハメられた感でいっぱいのマーギンは、王妃に微笑まれても顔が引きつる。


「そんなに緊張しなくてもよろしくてよ。少し聞きたい事が有りましたの」


「な、何を聞かれるのでしょうか…」


カタリーナの頭にクナイが刺さりそうになったことだろうか?いや、それより先に話を聞きたいと言われていたから違うな… マーギンは一人でブツブツ言いながら心当たりを探す。


ゴトンっ


マーギンがカタリーナ関連の事を色々と思い出して行くが、心当たりがまるでないどころか、心当たりしかない。サーーーッと青ざめていると、テーブルの上に何か置かれたようだ。


恐る恐る顔を上げると…


「ドライヤー?」


「はい、ある商会から献上されたものですわ。マーギンさんから頂いたドライヤーと形は似ていますけど、似て非なるものですわね」


「これはお使いになられましたか?」


「いえ。こんなに重くてうるさい物は使いたくありませんもの」


「少し確認させて頂いてよろしいですか?」


「ええ、どうぞ」


マーギンはテーブルの上に置かれたドライヤーを手に取りスイッチを入れる。


ブワーーーン


モーターと熱線を使ったドライヤー。職人街の物と同じ作りだ。施された装飾は豪奢だけれど、それが重さを増している。ロッカに渡したら筋トレに使ってしまうだろう。


マーギンはそのまま稼動させ続ける。すると、やはりうっすらと煙が出始め、モーターにも熱を持ち出したのでスイッチを切った。


「王妃様、このドライヤーには欠点が残っておりますので、お使いになられないようにして下さい」


「欠点?重いということかしら?」


「いえ、短時間の使用であれば問題ありませんが、長時間使用すると髪の毛が熱で痛んだり、火傷したりします。最悪、火事になりますよ」


「そんな危険な物なのかしら?マーギンさんから頂いた物はそんな事はまったくありませんわよ」


「自分が作った物は形は同じでも仕組みがまったく違いますのでね。温度が上がり過ぎることも有りませんので長時間使って頂いても問題ありません」


「重さもまったく違いますわね?」


「ええ、自分のは中身がスカスカですから」


と、聞こえの悪いようにしか説明出来ないマーギン。


「マーギンさんのはガワも金属では有りませんわよね?」


「あれは木で出来ています」


「あれが木?」


「はい。木工職人の苦心作ですよ。今は同じ仕組みで器を作っています。軽くて口当たりの良い食器になると思いますよ」


「へぇ、それは楽しみですわね」


これも献上しないとダメなのか…


マーギンは王妃のおねだりをすぐに理解した。


「話を元に戻しますけど、このドライヤーの開発にマーギンさんは関わっておられますの?」


「献上した商会はどこかわかりませんが、その商会とは関わりはありません。ドライヤーの開発には関わりましたけど、ヒントを出しただけで、作り上げたのは庶民街の職人です。売り出す前に欠点に気付いたので、庶民街で売り出す物は安全装置が付いた物になりますからご安心を」


「庶民街で売り出す物?」


「献上した商会は貴族街の商会ですよね?そちらとは開発も何も関わっていないので、欠点に気付いているのかどうかもわかりません。まぁ、献上品に欠陥品そのものを使っている時点で気付いていないのは確実ですけど」


「もし気付いていたら?」


「王家への反逆勢力でしょうね。王妃様に火傷を負わせるか、火事にでもなって焼け死んでもらうか…」


「そう…」


王妃はマーギンの話を聞いて、そう返事をした後に少し黙った後にニッコリと微笑んだのだった。


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