言葉を失う

ー王妃の私室ー


「おはよう、お母様」


「おはようカタリーナ 朝から随分と元気ね」


「うん。これマーギンからお母様へのプレゼントだって」


「あら?何かしら」


「前に約束していたドライヤーだって。遅くなってごめんなさいって言ってた。こっちはそのお詫びの品で花の蜜って言ってたよ」


「花の蜜?」


「うん」


王妃はまずドライヤーの入っている簡素な箱を開けた。中には簡素な箱とは裏腹に、しっとりとした艶のある黒に金で装飾された豪奢なドライヤーが入っている。手に持つと見た目よりずっと軽い。そして手紙が添えられている。


「随分と簡素なお手紙だこと」


王妃が封もしていない手紙を読んで呟く。マーギンが添付したのは手紙というより、取り扱い説明書。貴族の手紙のような挨拶文もなければ、この見事な装飾とかの説明もない。商人ならば長々とした挨拶と、いかにこの商品が優れているかとか書いてあるものなのだ。


逆にこの簡素な手紙に何か意味が含まれているのかと考える王妃。しかし、意図が分からない。


次にもう一つの豪奢な箱を開けて見る。


「まぁ、なんて見事な容器なのかしら」


ガラス工房のリヒトが作り上げた、透明度が高くて切子ガラスのように仕上げられた模様。そしてその色は綺麗な赤…


「ふふふっ」


王妃の顔に笑みが漏れる。


キュポンッ


ガラスの容器の蓋を開けると、ふわっとなんとも言えない芳醇な香りが漂う。


「カタリーナ、これは花の蜜だとマーギンは言っていたのね?」


「うん」


「お茶を用意しなさい」


王妃は使用人に自分とカタリーナのお茶を準備させる。そして、カップに少しその蜜を入れた。


「王妃様、毒見を致します」


「不要です。カタリーナ、あなたも飲んでみなさい」


高級紅茶とバレットフラワーの蜜の香りが混ざりあい、今までに嗅いだ事のない良い香りが王妃の鼻をくすぐる。そしてその味わいは柔らかく、しっかりとした甘みはあるが、それは柔らかく、はちみつのように強く主張しない。


「素晴らしいわ…」


「本当っ、美味しいーっ」


「カタリーナ、これは何の花の蜜か聞いているかしら?」


「聞いてない」


「そう。では、この容器を作った人は誰か知ってるかしら?」


「んー、多分、職人街のリヒト工房だと思う。マーギンとしょっちゅうなんか話しているから」


「そう。私が何かお願いしたら作ってくれるかしら?」


「大丈夫だと思うわ。マーギンに言っとく」


王妃はお茶を飲んだあと、ドライヤーのスイッチを入れてみる。フィーーンというような音もなく、フワーと風が出てくる。もう一段強くすると髪の毛全体がなびくぐらいの勢いだ。スイッチの切り替えで温風と冷風の切り替えが出来る。


「これならばすぐに髪の毛が乾かせるわね」


王妃はドライヤーも気に入ったようで、バレットフラワーの蜜が入った瓶を窓から入る明かりに照らして見ながらドライヤーのスイッチを入れたり切ったりしたのだった。


「お母様、秋にマーギンと一緒にタイベに行っていいかしら?」


「あら?スタームの特訓の成果が出たの?」


「ううん、不合格だった。でも、体力トレーニングを続けるのと、シスコ達の店を手伝うのと、お父様と、お母様の許可が出たら連れて行ってくれるんだって」


「そう。私は許可してあげましょう。でも王は許可しないかもしれないわよ」


「どうして?」


「娘を危険な目に合わせたくないもの。マーギンはそれが分かっていてそんな条件を出したんじゃないかしら?」


「えっ?」


マーギンはカザフとの勝負は絶対に勝てないと分かっていて条件に出した。そして今回も王様が許可しないと分かっていたとしたら…


「絶対に許可を取ってみせるわっ」


「そう。なら、お願いするだけじゃダメかもね」


「じゃあどうしたらいいの?」


「それはね…」


王妃はゴニョゴニョとカタリーナに策を伝えるのであった。



ー星の導き達の家ー


ロッカ達はマーギンの特訓を受けるか相談していた。


「私はマーギンの試練を受ける。皆はどうする?」


「へへっ、うちはやるに決まってんだろ」


「んー、私はどうしようかしら」


「なんだよっ シスコはやらねぇのかよ?」


「だってマーギンがカザフ達の特訓をするんでしょ?それも3年掛けてやるつもりだったことを。死ぬほど辛いわよきっと」


「そんなの分かってるぜ。でもな、手加減なしでマーギンと戦うんだろ?望むところだってんだ」


「シスコ、恐らくお前の心配する通りだろう。今までにも何度か稽古をしてもらったが、怪我をしないようにしてくれていた。しかし、カザフ達を死なせない為の特訓だと痛みを味わうのも特訓だと言うだろうからな。相当酷い内容になるだろう」


「体力トレーニングだけとか無理かしら?治癒してもらえるとしても顔とか殴られたりするの嫌よ」


「それはマーギンに相談してみてくれ。アイリスはどうする?」


「私はやりますよ」


「顔を殴られるかもしれんぞ?」


「んー、でも治してもらえるなら大丈夫です」


「ハンナはどうする?」


「えっ?うちも?」


「私達が特訓することになるとしばらく騎士隊の宿舎に寝泊まりすることになるようだ。お前一人でここに残るか?」


「うちここに一人になるん?」


「そうだ」


「う、うちも行く…」


嫌な予感はするが、身寄りの無い王都に一人取り残されるのが不安なのだ。


「まぁ、お前は戦闘に加わるわけではないから、ハンナにはマーギンも無茶するとは思えんが…」


こうしてマーギンに確認事項は残ったものの、全員参加になった。



話し合いが終わった後に特務隊がやってくる。


「お前達は訓練に参加することになったのか?」


オルターネンの問いかけにロッカが答える。


「はい。全員参加します」


「了解だ。本日は今後の打ち合わせに使いたい」


「狭い所で申し訳ありませんが、うちのリビングで話をしましょうか」


部屋ではないとはいえ、初めて女性の部屋に入るホープとサリドンはドギマギしていたのであった。



ーマーギンの家ー


「いいか、お前らを今から鑑定する」


「うん」×3


まずはカザフ。

想定していた通りの能力だな。敏捷性A、魔法適性は風がAか。これは疾風のような育て方をしてやらねばならんな。


次はタジキ。

敏捷性Cだが、体力A 持久力A 腕力Aと完全にパワータイプだ。


で、トルク。

こいつ… 身体能力はオールBだが、魔力値と適性が…


マーギンは言葉を失う。カザフもタジキも超優秀だ。これならあの過酷な環境で自分たちの力だけで生き延びて来たのも良く分かる。しかし、トルクは一体…


「マーギン、どうだったー?」


自分達を鑑定したマーギンが黙ってしまったのでトルクが結果を聞いていた。


「う、うん… お前らの鍛える方向性が定まったわ。長所を伸ばしてやるけど、それよりも先に身体能力を上げる特訓をやるからな。覚悟しておけよ」


「うんっ」×3



マーギンはガキ共が寝たあと、カザフ達の能力に付いて考える。なぜこんな特異な子供が集まった?それも自分のすぐ近くに… 身体能力だけならまだしも魔力値が…


カザフ達は自分がいたから集まったのではない。カザフ達の方が先にここにいたのだ。俺はそれに引き寄せられたのか?


マーギンはここに来てからの事を思い返していく。


タバサ、ババァ、大将達、それにカザフ達。次にアイリスと星の導き、ローズ、オルターネン、大隊長、ロドリゲス…


皆、才能溢れる人たちだ。リッカはハンターではないが魔法使いになれるほどの魔力値がある。アイリスはやらかすが、はっきり言って天才肌。ハンナリーも商人への道へ進むとしても高い闇適性と豊富な魔力持ち。


こんな偶然があるだろうか?



マーギンはトルクの事がなければ、偶然で片付けられたかもしれない。しかし、あいつらの能力は…


マーギンは様々な事が頭に巡り、眠れない。そして眠れないまま朝を迎えた。



「ロッカ達の所に行こうか」


取り敢えず考えるのはやめだ。考えても答えが出ないのだから。と、切り替えて出来ることからやることに。


「うん」


ロッカ達の所へ向かうと、特務隊も来ていた。


「マーギン、どうした?」


「今日の予定決めてる?」


「組合に顔を出そうかと思ってたんだが何かあるのか?」


「ロッカの親父さんの所に行こうかと思ってな。ちい兄様達はずっと騎士の鎧を着て活動するつもり?」


「俺もそれは考えていた。大モグラの時に鎧の音が邪魔になっただろ?ハンターの装備の方が向いているのではないかと思ってな」


「そうだよね。ハンターは身体を張って何かを守るより攻める仕事だからね。防具もそうだけど、ホープとサリドンの剣も新調した方がいいと思うよ。それ鋳造品だろ?村のボア討伐でだいぶ負担掛けてるだろうから、これから持たないと思うよ」


「そんなヘマしてないぞっ」


と、ホープが反論するので剣を見せて貰う。


「これ、自前?」


「そうだ。支給品より良い剣なのだぞ」


マーギンはヒュッと剣を振る。


「だいぶ負担掛けてるね。芯がズレてるって言うのかな?バランスが崩れてる。この剣を気に入ってて、このまま使うにしてもメンテナンスが必要だね。刃先もかなり甘くなってるぞ。ちゃんと手入れしてんのか?」


「そんな暇なかっただろうが」


「いや、どれだけ疲れてても、剣の手入れは毎日やれよ。こいつに命を預けてんだからさ。取り敢えず研いでおくぞ」


マーギンは研ぎ魔法でシュッと研いでおく。


「斬れ味はこれで戻ってるけど、メンテナンスはしてもらえ。それでも次の剣を用意しておくほうがいい。それにロッカの親父さんの剣はいいぞ」


ホープは返された剣をマジマジと見ている。


「今何をやったのだ?」


「魔法で剣を研いだ」


「そんな魔法があるのか?」


「あるから剣が研げたんだろ?研ぎ魔法が欲しいなら100万Gで売ってやるぞ」


ホープは剣を見つめながら、100万か…と、ブツブツ言っていた。



その後、サリドンとも剣の話をしながら皆でロッカの実家、グラマン工房に向かうのであった。



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