たぬき寝入り
まだ混み続けているリッカの食堂。裏扉から入る。
「うわっ、マーギン」
「よ、タジキ。頑張ってるか?」
「もう毎日大変なの知ってるだろ?」
ガキ共はハンター訓練も出来ずにリッカの食堂で1日中働いている。店が休みの日はハンターの依頼で街のドブさらいや煙突掃除とかもしていた。よく働く子供達だ。
「大将、客連れてくるからどっか席空けてよ」
「ロッカ達が来てるからそこに混ざれ。今から別の席を空けたら横入りとか言われて揉めるだろうが」
大将も忙し過ぎて機嫌が悪い。
店内を覗くとロッカ達がいる。4人席なのにあと3人混ざれるだろうか?
「ようっ」
「おっ、来たか。詰めるから座れ」
「椅子とかどうしようか、あと二人来るんだよね」
「長椅子に詰めりゃいいだろ。誰が来るのだ?」
「ローズと姫様」
は?という顔をするロッカ。
こそっと事情を話す。
「まじか…」
「だから一緒にいることが増える。お前らも巻き添えだからな」
「討伐とかには連れて行かんぞ」
「俺も行かないから大丈夫だ。タイベ行きも断った。だから本格的に面倒を見るのは帰ってきてからになるな。今なんかかわった魔物が出てるか?」
「まあ、ボアとかオーキャンは増えたな。植えたしりから作物が荒らされるからその依頼が多い」
「それぐらいならまだ大丈夫か。この近くか?」
「ライオネルに向かう街道沿いの村があるだろ?」
「うん。でもあの村には狩人もいるし、そんなにオーキャンとか魔物が出る所じゃないよね?」
「そうだ。今まで数が少なかった所からの依頼が増えている。お前もたまには組合に顔を出してやれ。てんてこ舞いしてるぞ」
「対処出来ない魔物が出てるわけじゃないんだな?」
「今の所数が多いだけだ」
「了解。俺もロドに話があるんだよ。後で詳しく話すわ」
と、マーギンはそろそろローズ達が到着するだろうと裏口から外に出る。
「ローズ、待ってっ 待ってってばっ」
「駆け足程度ですよ」
「もう走れないっ」
その様子を眺めているマーギン。まぁ、ああなるわな。王城内で足が速いなんてなんの意味もない。
「ローズ、こっちだ」
「そっちは入り口じゃないだろ?」
「表から入れん位混んでるんだ。ロッカ達と相席になるから狭いぞ」
姫様をど庶民の安食堂の裏口から入れるマーギン。
「本当に凄く混んでるな」
「フェアリー、狭いけどどうする?アイリスとかもいるけど」
「いいわよっ」
ということで相席に。マーギン、ロッカ、ローズは大きい。普通でも狭いのにこれ無理じゃね?
「では、私がマーギンさんの膝に座りましょう」
いそいそとマーギンの膝に乗ろうとするアイリス。
「やめなさい」
いつもならリッカが絡んでくるのだが、あちこちで美味しくなーれをやっているので今日は来ない。
「ねー、あれは何をやってるの?」
「あいつはリッカ。ここの看板娘だ。ああやって金取って酒が美味しくなる魔法を掛けてんだよ」
リッカが萌キュンをしているのを興味深そうに見ているカタリーナ。
「私もやってみようっと」
と、いきなり隣の席の人に見様見真似で萌キュンをする。一国の姫様にしてもらうなら銅貨50枚どころじゃないだろう。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ、萌え萌えキュン」
パチンとウインクするカタリーナ。
「あっ、あのお代は…」
一発でやられる隣の客。
「お金はいらないから、その席空けて欲しいなぁ。ダメ?」
「よっ、喜んでっ」
「マーギン、隣の人が席を空けてくれるって。いい人で良かったね」
酷ぇ…
隣の席の奴らポーッとなって金を払って出ていった。
「マーギン、この娘は誰だい?」
呆れた顔でこっちにくる女将さん。
「この娘はフェアリー。ローズの親戚だよ。しばらく庶民街の勉強するんだって」
「あらそうなのかい?ご貴族様なのに大したもんだねぇ。でもワガママで他の客を追出しちゃダメだよ」
またワガママと言われる姫様。
「ごめんなさーい ここのお店こんなに繁盛しているって凄いわね」
「リッカの魔法が当たってね、毎日てんてこ舞いだよ。で、何を頼むんだい?」
ローズがカタリーナにメニューの説明をする。
「じゃあ私は萌キュンセット。マーギンは?」
「俺のは勝手に出てくるから頼まなくていいよ。ローズは?」
「私はこれと軽めのワインをもらおう」
ローズは前に頼んだ物を頼む。
「マーギン、来てたの?」
萌キュンセットを頼んだのでリッカが配膳してきた。
「だから賄もあるんだろうが。この娘を紹介しておくよ。ローズの親戚でフェアリー。お前と同じ歳だ」
「へぇ、可愛い娘ね。また悪さしようとしてんの?」
またとか言うな。誰にも悪さなんてしとらん。
「フェアリーよ。ね、早く萌え萌えキュンしてっ」
リッカは先に一口酒を飲むように勧める。初めて頼む客には本当に酒の味が変わる事を確かめてもらうためらしい。
「うん、なんか安い味がする」
「じゃあいくわね、美味しくなーれ、美味しくなーれ、萌え萌えキュン。はい、終わり。確かめて」
おざなり萌えキュンと無愛想なリッカの接客でも気にしないカタリーナ。
「あっ、本当に美味しくなったーっ。あなた凄いわっ」
無愛想な態度を取ったのに満面の笑顔で褒められるリッカ。
「あっ 当たり前よっ」
しかしまだまだツン状態。
「同じ歳なのに美人だし、働きものだし、こんな事が出来るなんて凄いわっ」
「そ、そう?」
「マーギンが惚れてもおかしくないわね。だから私をここの店に連れて来たんでしょ。ね、あなたはマーギンの恋人なのかしら?」
おい、やめてくれ。
「ちっ違うわよ」
「えーっ、マーギン違うの?こんなに素敵な女性なのに。もったいなーい」
「もっ、もうやめてよね。はい、これはマーギンの分。べっ、別にマーギンの為に持ってきたんじゃないからねっ」
俺の為じゃなかったら誰の為に持ってきたんだよ?
賄と安酒をドンとこぼれない程度にテーブルに置き、そそくさと去っていくリッカ。カタリーナのチャームにやられてデレやがった。
マーギンが賄を口にいれると大将の味とは違う。これはタジキが作ったんだな。久しぶりに大将の味を期待してたんだが仕方がない。
「マーギンのは何かしら?」
「モツ煮込みってやつ」
「美味しい?」
「俺は好きだよ」
「一口ちょうだいね」
と、良いともダメとも返事をする前にモツを1つフォークで刺して食いやがった。
モニュモニュモニュモニュ…
「いふのみほへばいいの?」
「飲み込みたい時に飲み込め」
と言うとごっくんした。
「こっちの煮込み料理と味が違うのね。マーギンのも美味しいけど、こっちの味付けの方が好き」
こんな庶民料理の味の違いがわかるのか。そっちの煮込み料理は大将が作っているのだろう。
「多分、こっちのは見習いが作った奴で、フェアリーが食ってるのがここの大将が作ったやつだ。おいカザフ、タジキにまだまだだぞって伝えておいてくれ」
「わかったーっ」
カザフも注文取りと配膳で大忙しだ。
「そんなの解んのかよ?」
「解る人には解るんだよ」
「ほんとかぁ?」
と、バネッサもマーギンの賄を勝手に食べる。
「旨いじゃねーかよ」
「旨い不味いんじゃないんだよ。これも旨いけど、俺は大将の味付けが好きなの」
「旨けりゃいいじゃねーかよ」
「そうだな」
バネッサの言うことはわかるけど違う物は違うのだ。
皆も一通り食べたので店を出る事に。外にはまだ行列が出来ている。
「ロッカ、時間あるか?」
「かまわんぞ。飲み直しか?」
「いや、相談事だ。飲み足りないならうちでもいいか?」
「ならマーギンの家に行こうか」
と、ロッカだけを誘ったつもりだったのに皆までやってくる。
「ローズ、姫様は帰らなくていいのか?」
「私は大丈夫よっ」
いや、ローズに聞いたのだよ。
姫様は付いて来る気満々らしい。
ーマーギンの家ー
「オルターネン様がどうしたんだっ」
ロッカに話しているのに話に割り込んでくるバネッサ。
「ちい兄様がさ、新設される魔物討伐隊の隊長になるんだよ」
「そんなのが出来たのか?」
「4月から新設されるみたいだ。腕のある人が隊員に選ばれると思うんだけどさ、魔物討伐は素人だろ?お前らちょっとの間慣れるまでちい兄様と臨時パーティ組んでくれない?」
「別にかまわんがどうして私達なんだ?」
「他に頼める人もいないし、お前らならちい兄様も信頼している。もしかしたらちい兄様の組織に入ってくれないかと頼まれるかもしれない」
「どういうことだ?」
「特務隊っていうらしいんだけどね、今魔物が増えてるだろ?この前みたいに強い奴もどんどん出てくると思うんだよ。それに対処するための部隊なんだ。ハンターだけだと依頼が出ても断れるだろ?だから国として魔物に対応出来る部隊が必要なんだ」
「なるほど、金で動くのではなく、国の命令で動くってことだな」
「そう。だから給料は安定するだろうけど、自由はなくなる。俺は誘っても無理だと思うとは答えてある」
「なんで勝手に断るんだよっ。うちは誘われたらやるぜっ。ちい兄様と一緒なんだろ?」
「まぁ、初めはそうなるだろうな。それは1年ぐらいだと思うぞ」
「そんなに短ぇ期間かよ」
「そう。初めの1年は組織の土台作りの期間だろうな。で、そこで経験を積んだ人が小隊長とかになって次々と部隊の人達を育てていく。バネッサにそれが出来るか?」
「うちが人を使うってことか?」
「そう。作戦を立てて、人に魔物の事を教えて、その人に合った戦い方を教えていくんだよ。自分が立てた作戦で仲間が死ぬかもしれない立場だ」
「そ、そんなの無理に決まってんだろっ」
「だろ?だから無理だと思うとは言っておいた。お前らは組織の中に入ってしまうより、臨時パーティの方が俺はいいと思うんだよね。それでも一緒に居られる時間はあるぞ」
「そっか、ならそっちの方が良いな」
「マーギンの話は理解した。私も臨時パーティの方が向いてると思う。組合長の所への話というのはそれか?」
「そう。ちい兄様の特務隊が出来ても魔物討伐の依頼が入ってくる仕組みがまだ無い。各地に周知して仕組みが出来るまで時間が掛かると思うんだ。だから、初めは組合と連携してやっていく必要があるんだよね。他の奴らと報酬の事で揉めるかもしれないから、依頼は星の導きとして受けて、ちい兄様達にお前らのパーティに加わって貰うのが一番スムーズだと思う。ちい兄様は多分報酬はいらないって言うと思う。お前たちは無料で教える代わりに報酬も総取りって感じかな」
「なるほどな」
「でもハンター組合は国とは違った組織だろ?それを連携させていいかどうかはロドリゲスに確認するわ。で、OKが出たら大隊長にも同じ事を話す。お前たちには事前OKをもらったということでいいか?」
「シスコ、バネッサ、この話は受けてもいいな?」
「大丈夫よ」
「あったりまえだぜっ」
「相談は以上だ。タイベ行きはどうする?4月頭に出て帰って来るの2〜3ヶ月後になると思うけど」
「そうだな。その旅は私達も楽しみにしていたからな」
「まぁ、ちい兄様との連携をいつからするかは正式に話が来てからにするか?まだ何も決まってないうちからこっちで勝手に考えても無駄だからな」
「オルターネン様達もタイベに行くとかにはならないか?」
「組織が固まってないうちからそれは無理だろ。タイベがどんな所かまだわかんないし、向こうで遊ばずにお前らがずっと魔物討伐する気ならいいけど」
「マーギンは何をする気だ?」
「あちこち見て遊ぶに決まってんじゃん。お前らが討伐依頼を受けても俺はやらんぞ」
「ズルいじゃねーかっ」
「だからちい兄様達を同行させたらそうなるぞって言ってんだよ。ガキ共の面倒は俺が見るけど、ちい兄様達の面倒は見んぞ」
「どうする?」
シスコは旅行として行きたいと言うけど、バネッサは迷っている。オルターネンと一緒にいるか遊びを選ぶか…
ぼひゅっ
あ、頭がショートした。
後は自分達で決めさそう。
ロッカ達はまだ少し飲むとのことなので、ローズに貴族門まで送って行こうかと聞こうとした時に…
「あっ、姫様、寝てんじゃねーかよ」
「すまん、お疲れのようだ」
「ここに泊める訳にもいかないだろ?送って行くからローズがおんぶしてやってくれ」
「わかった」
ローズが姫様を抱き上げようとすると目を開けた。
「マーギンがおぶってくれるんじゃないの?」
「ローズがするんだよ。起きてるなら歩きなさい」
「えーっ」
こいつ… たぬき寝入りしてやがったのか。
「マーギン、送って行くなら私達も退散しよう」
「なら、アイリスも連れて帰ってくれ。こいつも寝てるわ」
「面倒だ。置いて帰る」
は?
「なんでだよ?」
「お前のベッドに慣れていたからうちのベッドではあまり寝られていないようだ。たまにはゆっくり寝かせてやってくれ。私らも明日は休みを取る予定だ」
「ったく」
マーギンはアイリスを抱きかかえてベッドに寝かせる。
「さ、ローズ。送って行くわ」
「えーっ、アイリスだけずるーい。私もここで寝たいっ」
「ダメです。言うことをきかないワガママ姫はパラライズを食らうハメになるぞ」
「パラライズってなに?」
「こんなやつ」
マーギンは姫様にパラライズを掛ける。
シビビビと痺れて動けないカタリーナ。
「はいローズ。貴族門までこのままにしておくからおぶって」
「お前、姫様になんてことを…」
「アイリスやバネッサと同じ扱いをして良いって言われてるから大丈夫」
それでもこれは…というローズの背中にカタリーナを乗せて家を出た。
「お前、姫様にパラライズ掛けるとかどんなけ鬼畜なんだよっ」
バネッサまで呆れている。
「お前にも掛けておぶってやろうか?」
マーギンはいやらしい手付きをしてそう言う。
「このスケベやろうっ」
「姫様にはこんな事をしてないんだから問題ない」
「なんでうちにはそんな事をするんだよっ」
「お前が求めるからだ」
「そんなもん求めてねえっ」
ローズはバネッサとぎゃあぎゃあ騒ぐマーギンを見ていたのであった。
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