思い出話で泣く
「お前、罰ゲームって…」
マーギンの言い草に呆れるオルターネン。
「栄転だ栄転。しかも前代未聞の栄転だ。第一隊は身分がないと配属されないのだぞ。男爵家の者が第一隊に配属された事は建国以来初めてだ。しかも姫様付きだ。普通の異動ではありえん」
「そう言えばそうだね」
「お前、自分が今回の事に絡んでいることを気付いてないのか?」
「俺が?この前の護衛訓練でってこと?それならやっぱり罰ゲームじゃん」
「違う。姫様は剣技会の時にローズを気に入ったらしく、大隊長に何度もローズを自分に付けろと言っていたらしい。大隊長はそれを断り続けていたんだ」
「なら、俺のせいじゃないじゃん。ローズが頑張ってきた成果だろ?」
「この前の護衛訓練でローズが姫様の護衛していたのはそれもあったのだが、最後の一押しは王妃の一言だったみたいだ」
「なにそれ?」
「姫様に今後数年の間は社会経験をさせるらしい」
「まぁ、普通じゃない?」
「貴族街以外の事も含めてだ」
「いいことじゃん。城の中で見ているだけじゃ国のことなんてわからないだろうからね」
「姫様にローズを付ける事になったのはお前と懇意にしているからしいぞ。姫様は身分を隠して市井に混じって行動なさるようだ。お前、王妃樣から直接姫様を宜しくねとか言われたんだろ?」
「え?」
「お前の周りには姫様と同じ歳頃の女性が多い。ローズもお前の所によく来ていた事が周りに知られている。そこに似たような年頃の女の子が混じっても誰も不思議に思わんだろうと判断されたのだ」
「なんで俺なんだよっ」
「お前の能力があれば護衛はローズ一人で問題ないと王妃樣は王の反対を押し切ったのだ。お前が責任取れ」
ウソん…
マーギンはミスティに余計な事に首を突っ込むなと散々言われていたことが脳内で駆け巡る。
「あの訓練とか無かった事にする?」
「出来るかっ」
ですよねー
「俺も姫様の護衛に付けってこと?」
「そこまでは言われていない。ローズと姫様が来た時に逃げなければ問題はない。お前がどこかに行くのに付いて来ると言えば断れないと思えばいい」
護衛じゃんかよ…
「姫様の身分を隠すとか出来んの?」
「姫様は今年成人されて社交デビューされたばかりだからな、よほど近くでお会いしたことがあるもの以外は顔は知られていないはずだ。騎士隊は皆顔を知っているがな。貴族は王家の社交会に顔を出せる高位貴族が知っているぐらいだ」
「これ、断れないないんだよね?」
「お前、王妃樣に直接頼まれたんだろ?大隊長でもどうすることも出来んぞ」
あぁ、俺はあの時になぜおっさんの涙に負けて王様の来る焼き肉パーティに参加してしまったのだろう… おっさんの涙なんかほっとけば良かった。そう思うとまたミスティの声が聞こえてくる。
「はぁ… 姫様がお忍びというなら、アイリスやバネッサみたいな扱いをするけどそれでもいいんだよね」
「構わんと思うが、いつものようなセクハラをするとどんな責任を問われるかまでは知らん」
いつものセクハラとか言うな。言葉のセクハラはしているかもしれんが。
「後な」
「何?」
「お前、本当にローズを娶る気はないか?」
「俺にはその資格は無いってこの前も言ったじゃん」
「ローズが姫様付きになると仕事から離れられん。仮に姫様付きの期間が5年だとするとあいつはいくつになる?」
「27歳とかだっけ?」
「そうだ。ローズはこれで立派な行き遅れになることが確定した。だから婚約も今回の事で取り消しになるだろう」
「なんで?」
「貴族の女は遅くとも25歳くらいまでに結婚するものなのだ」
「相手に待っててねと言えば済むじゃん」
「お前は馬鹿か?貴族の結婚とは後継ぎを残す為のものだ。歳を食えばその分後継ぎが生まれるかどうかも分からなくなるだろうが。それでも良いという相手はローズに惚れたやつだけなのだ」
「ちい兄様、ローズは美人だし性格も良い。絶対に俺なんかより良い人が出てくるって。それに姫様付きにしたのは王様達なんだから責任取ってくれるよ」
「お前は本当にそれでいいんだな?」
「しょうがないだろ?俺にはその資格も覚悟もないんだから」
はぁーーっと長いため息を付くオルターネン。
「分かった。お前の事はもうどうでもいい。俺の相談に乗れ」
俺の事はどうでもいいって酷いやつだ。
「メンバーに生活魔法を売ることは問題ない。非売品の攻撃魔法を売ることはちい兄様を信用して能力がありそうなら売る。これでいい?」
「能力はどうして見分ける?」
「鑑定の魔道具があるんだよ。初めにちい兄様の能力を見ようか。それで適正が数値化出来る」
「では頼む」
本当は10万G必要なんだからねと少し恩に着せる。
オルターネンはローズとよく似た適正を持っていた。やはり兄妹なんだなと思う。魔力は平均より上の300強。ローズと同じく水適正もあるが、土属性がBと高い。身体能力は満遍なく高いオールラウンダータイプ。
「こんな感じ。ちい兄様は隊長として指揮官も兼ねるんだよね?」
「そうなるだろうな」
「だったら盾役だね。性分としては剣士をやりたいだろうけど、後方で魔法使いか治癒師を守りながら全体の動きを把握して指示する役目が一番上手く行くと思う」
「俺が盾役…」
「それが嫌なら、冷静に物事を判断して人に命令出来る人を選ぶ事になる。事前の作戦決めはちい兄様がやっても、実戦時はその人の指示に従う事になるよ。その瞬間に自分の判断と違う指示が飛んでも従えるならいいけど」
「そうなるか… マーギンの時はどうだったのだ?」
「ほとんど全員スタンドプレーだね。誰かが指示するってことはほとんどなかった」
「そんな事が可能なのか?」
「個々の能力が異常に高かったのと、絶対的な不文律があったんだよ」
「不文律?」
「剣士を一番活躍させること。他のメンバーはそれに徹することっていうのがね。でも俺は自分が一番強いとうぬぼれてて、先走って魔物を倒したりするからいつも怒られていたよ。自分が怒られるのはまぁあれなんだけど、魔法の師匠が俺の教育係だったから俺よりもっと怒られているのを知ったのが随分と後でね。悪いことしちゃったなと思って言う事を聞くことにしたんだよ」
「なぜ剣士を一番活躍させねばならんかったのだ?」
マーギンは少し間を空けて考えた後、ローズの結婚の事もあるので過去の話をオルターネンにすることにした。
「その剣士は第一王子でね、当時その国は第一王子と第二王子のどちらが後を継ぐかって問題があったんだ。王は第一王子に継がせるつもりみたいだったんだけど、第二王子は頭が良くて周りからの次期王としての期待が高かったんだ。剣士をしていた第一王子は感情をあまり出さないタイプで頭も良かったんだと思うけど、周りからはどう思われていたのかはよく知らない。その当時、国は魔物の脅威にさらされていたから、国を守ったのは第一王子だと知らしめる為のバーティーだったんだよ」
「それは大変だったんだな」
「各地の魔物討伐は軍がやるんだけど、軍では対応出来ないような数が出たとか強すぎる奴が出た時は俺達が討伐に行くんだ。でも貴族のいない村とかは俺と師匠の二人でやっててね、貴族のいる大きな街だと皆も来て討伐するとかそんな感じ。まともにパーティで活動していたのは最後の3〜4年かな。それで阿吽の呼吸で誰が指示しなくても共有感覚ってのかな、それが出来るようになって、魔物の巣へ最終決戦を挑んだんだ」
「最終決戦?」
オルターネンはなんだそれは?という顔をする。
「最終決戦とは魔王討伐戦の事なんだ」
「な、何だそれは…」
「魔王はとてつもなく強かった。強固なプロテクションを纏っていたのか、剣の攻撃も効かない、攻撃魔法も効かなかった。それで俺達は防戦一方になった。最後に王子が玉砕覚悟で斬り込んだけど、魔王はその攻撃をものともせずに片手で受けた。それで王子が殺られると思った俺は残りの魔力をほとんど込めた物理攻撃と攻撃魔法を混ぜたものを撃った」
「そ、それでどうなった」
「俺の攻撃は魔王の心臓、魔王の核を撃ち抜いたんだ」
「ということは倒せたんだな?」
「その直後に俺は師匠に飛ばされたんだ。だから本当に魔王を倒せたのかどうか分からない」
「お前がやるべきことがあると言っていたのは…」
「魔王が本当にあの時に倒せたのかどうかの確認をしたいんだよ。でもなんとなく倒せてなかったんじゃないかなと思ってる」
「お前… 魔王なんて神話時代というか物語の話なんじゃ…」
オルターネンは信じられないという顔をする。マーギンはオルターネンをじっと見つめてこう話した。
「本当は俺が飛ばされたのはその国からじゃなくて過去からなんだよ、ちい兄様」
「過去から飛ばされた?」
「正確には俺は転移魔法じゃなくて、あの時に石化された。だから何年前の出来事なのかわからない。最低でも1000年以上昔の話なんだよね。もしかしたら4000年くらい前なのかもしれない。この国にはそんな昔の歴史は残ってなかったから確認のしようがないんだけど」
「それはこの大陸とは違う出来事なのだな?」
「いや、この大陸の話。ここシュベタイン王国は俺がいた時代の魔国と言われていた場所なんだ。地図を見させてもらった時にはっきり分かった」
「お前はそれを確認するために地図を…」
「夜空に見える星の位置がほとんど同じだったから、多分そうなんだろうなと思ってたけどね。で、俺が石化から元に戻れた理由をずっと考えていたんだ。単に魔法の効果が切れたのか、誰かが解除してくれたのかってね。でもミスティ…俺の魔法の師匠より石化魔法の能力が上の人がいるとは思えない。で、多分…」
「多分?」
「魔王が復活するから俺の石化が解けたんじゃないのかなって」
「魔王の復活…」
「うん、俺の不老の呪いってのは魔王を倒す事で解ける。俺の生きている役目は魔王を討伐することなんだよちい兄様」
「それは本当の話か…」
「ローズの事があるからちい兄様にはきちんと話しておく。俺がローズに惚れていたとしてもローズを幸せにすることが出来ない。それに魔王が復活するなら俺はそれを倒さなければならない。それが俺の役目だから…」
「お前はそんな事を抱えて生きて…」
「ちい兄様も同じだよ。国や国民を守るために生きてるだろ?それに魔王が復活するならどんどん魔物が増えるだろうし、今いる魔物も強くなり、もっと強い魔物が人々を脅かす。そうなれば俺一人では全部に対応出来ないからね。特務隊の成長は重要だよ」
「何年だ?」
「何が?」
「魔王復活の時期だ」
「それは俺にも分らない。ずっと先かもしれないし、明日かもしれない。予兆があるとすればもっと魔物が増えてくるし、一般的な魔物も強くなって魔結晶の質が変わって来るだろうから最低でも5年以上後だとは思う」
「魔結晶の質?」
マーギンは手持ちの魔結晶を出す。
「これが俺の居た時代の魔狼の魔結晶。色が全然違うだろ?」
「あぁ、こんな魔結晶は見たことがない」
「ここからこうやって魔力を抜いていくと色が薄くなって、見たことがあるやつになるんだ」
「魔力を抜く?」
「そう。俺の居た時代の魔物は肉から魔力を抜かないと食べられなかったんだよ。魔力の元になるものを魔素っていうんだけどね、濃すぎる魔素は瘴気と呼ぶ。魔力の元になる魔素は人に必要なものだけど濃すぎると毒になるんだ。魔物は肉にもそれを持ってたから、それを抜いてやる必要がある。今魔結晶から魔力を抜いた魔法は本来魔物の肉を食べる為の魔法だね」
「マーギン」
オルターネンはマーギンに呼びかけた後に少し考えたような間を置く。
「はい?」
「もし… もし仮に魔王を討伐した後にローズと出会ってたらどうしてた?」
「舞い上がってたかな。でも…」
「でも?」
「魔王を討伐したら魔法の師匠であるミスティと二人で自分達の国を作ろうって約束してたんだよ。貴族制度もなくて、誰でも好きな仕事に就けて、最新の魔道具が溢れるような自由で便利な国を。俺はそれが楽しみだったんだよね…」
「お前、そのミスティって奴に惚れて…」
「そんなのじゃないよ。ただ毎日のように怒られてたけど一緒に何かをしているのが楽しかった。そいつは長命種ってやつなのか、300歳超えても子供みたいな見た目でね。でも口調はババアで、変わり者呼ばわりされてて努力家で…」
と、マーギンはミスティの事を1つ1つ思い出すようにオルターネンに話していく。
「マーギン、お前…」
「まぁ、いくら長命種でももう生きていないんだろうね… 俺にとっては数年前の出来事なんだけど…」
マーギンは自分でも気付かないうちに涙が頬を伝っていた。
「あ、ごめん、こんなつもりで話した訳じゃなかったんだけど」
マーギンは思い出話しでいつの間にか涙が出ているなんて歳食ってる証拠なんじゃなかろうかと思う。
「ちい兄様、魔王はやっぱり死んでるかもしれないわ」
と、いつものマーギンに戻った口調で軽く言うと、オルターネンにどっちなんだよっと突っ込まれるのであった。
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