リヒト工房

「こいつはな、日頃取引のない大手魔道具店からどうしてもと言われて受けた仕事なんじゃ」


「で、クレームの責任を押し付けられたってわけ?」


「そうじゃ。だから見知らぬところからの依頼を受けるのは嫌だったんじゃ。それを組合の奴らが何度も頭を下げよるもんじゃから」


とブツブツ文句を言う。


「大手魔道具店か。馬車にライトをつけるなんて、大手商会か貴族からの依頼だったんだろうね。夜に馬車を走らせるなんて危ないだろ?」


「じゃろうな。発注者は誰か知らん」


大手魔道具店は責任を下請業者に押し付けたのか。自社で作ったけど発注者が満足いかなくて、組合経由でハルトランの所に持ち込んだ。そして、ハルトランに責任を押し付けたってことか。酷いな。


「で、これどうすんの?」


「どうしようもないわい。違約金払えとか言い出しやがったしな」


これは個人工房の辛い所だな。


「レンズはなんとかしてあげられるよ。研磨し直しにはなるけど。あとライトの部分も作り直してあげてもいいけど、その魔道具店だけが美味しい思いするのはなんか嫌だね」


「出来るのか?」


「すぐに作れるからいいけど、誰がやったんだ?となるだろ?それがなぁ… 元の発注者は調べられるかな?」


「組合に聞けばわかるじゃろ」


「じゃあ、元の発注者と話をしなよ。ここで下請けしたけど、問題はレンズと魔道回路だからハルトラン工房では改善のしようがないって」


「そんなもん顧客には関係ないじゃろうが」


「で、ちゃんとしたものが必要なら、ハルトランが違う業者に発注すると言えばいい。レンズの改善と魔導回路は俺がこの古いタイプの回路で作り直すから。これを発注してきた魔導店とは揉めて取引なくなってもいいだろ?」


「取引は今後するつもりはないから構わん。が、顧客からどこに発注したのか聞かれるぞ。それに次回から直接発注が来たらどうするつもりじゃ?」


「今回だけ特別。今回のクレームを押し付けられたから仕方がなくこっちで業者を探したとでも言えばいいんじゃない。レンズは取引のある所と工夫していけばいいし、魔導回路はインクを普通の物で描く他の所でも作れるよ」


「いいのか?」


「すぐに出来るからいいよ。しかし、あの回路を組んだ人は技術力も低いから新人がやったのかなぁ?大手魔道具店ならそれなりの人が居ないと大手にはならないと思うんだけどね」


「詳しい事情は知らんがな」


「まずは組合に話をして、その後に連絡をくれたら作るよ。その前に取引しているガラス工房の人とも話をした方がいいかもね」


「それなら近いから行ってみるか?」


「いいよ。気泡を抜く魔法書があるから、必要なら売ってもいいし」


「そんな魔法があるのか?」


「気泡を抜くというより、空気を抜く魔法なんだけどね、普通の人は使い道がないから店では売ってない」


「いくらぐらいするもんなんだ?」


「値段どうしようね?うちの魔法書は高いんだよね」


「いくらぐらいする?」


「着火魔法で50万とか。水を出す魔法で100万」


「かなりふっかけておるの。売れんじゃろ?」


「まぁね、その代わりに性能は段違いにいいよ。俺の出す水を飲んでみる?」


「そんなに違うのか?」


「価値があるかどうか自分で判断して」


と、コップに水を入れる。


「旨い…」


「煮沸する必要もないし、料理も旨くなるし、酒を割る水にも適している。一生飲水に不自由しないんだ。俺は100万でも高くないとは思うんだけどね」


「なるほど… 着火魔法も違うのか?」


「アイリス、普通のを見せてやれ」


「はい」


シュボーーッ


「うちのはこんな奴。風にも強いから屋外でも余裕で使える。それに他の奴らが組んだ魔法陣より効率がいいから魔力消費量も少ない。でもこれは説明してないんだけどね」


「なぜじゃ?」


「他の魔導書店に影響が出るだろ?魔導回路も同じ理由。他の職人の仕事を奪う事になるからやらやない。それに異国人が大儲けしてたら嫌がらせとか色々あるんだよ。で、そのうち貴族が出てきてもっと面倒臭い事になる」


「そうかもしれんが、良いものは広めてこそ意義があるとは思わんのか?」


「それはこの国の職人達が切磋琢磨してやればいいと思うんだよね」


「それはそうかもしれんが…」


「新しい物を教えてもらうより、自分達で考え出すことの方が将来的には有望だよ。それに魔導ライトでも俺が作った奴が広まれば軍事利用に繋がるかもしれないからね。これをたくさん作れば夜間戦闘がかなり有利になると思ったら他国を攻めるかもしれんだろ?」


「そういうことか」


「そう。自分が作った物がきっかけで戦争とかになるのはごめんだよ。だから魔導具は自分が楽に便利にする為にしか回路を組まない事にしてるんだ」


「勿体ない話じゃな。まぁいいわい。取引しているガラス工房は近いから一度行ってみるか?」


「じゃあそうしようか。レンズを変えるだけでどれくらい明るくなるか試そう」



ということでガラス工房へ。


「リヒトはおるか?」


かなり大きなガラス工房だ。職人もたくさんいる。リヒトというのはこの工房の親方なのだろう。リヒト工房って書いてあったからな。


「あ、ハルトランの旦那、親方を呼んで来ますから待ってて下さい」


少し待って現れたのは細めの職人。


「ん、誰か連れて来たのか?珍しいな」


「こいつはマーギン、魔法書店をやってるらしい。ワシの所に魔道具の発注にきたやつじゃ」


「へぇ、お前が見知らぬ奴の仕事を受けるとはな。なんか面白い物を発注されたのか?」


「まぁ、その話は後じゃ。これのレンズを作れるか?」


「魔導ライト用か?ずいぶんとデカいな。しかし今付いてるやつは質が良くないな」


「わかっとる。ワシが受けたのは反射板とレンズの研磨だけじゃ」


「研磨は相変わらず見事だな。うちの職人にも教えてやってくれよ」


「やっとる事は皆同じじゃ。教えられるようなもんでもないじゃろ」


「そりゃそうだ。で、こいつのレンズを作りゃいいんだな?」


「で、こいつにも手伝わせてやってみてくれ。気泡を全部取る事が出来るらしい」


「気泡を全部取り除くだと?」


「あと、透明度を上げる方法も知ってるらしいから試してみてくれんか?」


「そんな方法があるのか?」


「試してみないとわからん。マーギン、本当なんじゃな?」


「鉛を混ぜるらしいんだけど、配合率は知らないんだよ。だから作りながら試してもらうしかないんだよね。気泡を抜くのは魔法でやるよ」


と、試しに作ってもらうことに。


魔導炉の中にいつもの材料と鉛を入れて溶かしていく。しかしこの魔導炉は昔見たものよりずいぶんと旧式に見える。


「これ、古い魔導炉?」


リヒトははぁ?って顔をする。


「馬鹿言え、最新のかなり高温まで温度を上げられる魔導炉だそ。この国じゃ一番性能のいい奴だ」


そうなんだ。材料が溶けるまで温度が上がるのもかなり遅そうなんだよなぁ。


そう思ったマーギンは魔導炉を見てみることに。


「回路はここか」


普通、回路は秘匿されているので見えない工夫がしてあるが、この魔導回路は回路板をネジ止めしてあるだけで簡単に開けられそうだ。


「ちょっと見ていい?」


「見るだけなら構わんが、触るなよ」


へいへい。


で、蓋を開けるとやはり回路が剥き出しになっている。使われている魔導インクは普通のもの。しかし、ずいぶんと複雑に組んであるな。不要な文言も多く、複雑に組んである分魔力消費量も多そうだ。創意工夫してあるのは理解出来るが温度調節機能を持たせるのに毎回同じ文言の所を繰り返すように魔力を流して温度を上げていくのか。こんな事をしなくても温度そのものを組込めばいいのに。


マーギンはパタンと蓋をしめてネジ止めをした。


「回路なんか見て内容がわかるのか?」


「まぁ、俺は魔法書を作ってるからね」


「こいつは温度調節が出来る代物でな、古いタイプならオン、オフだけだ。で、温度の異なる炉を使い分けてたってわけよ」


「この回路を組んだ人がずいぶんと苦労したのがわかるよ。その分、魔力消費量がかなり増えてるとは思うけど」


「それがこいつの弱点だな。魔石をかなり使う」


「だろうね。ガラスが高くなるのも頷けるよ」


「そうだ。ガラスが高級品になるのも仕方がねぇってもんよ」


「材料溶けるまでどれぐらい掛かる?」


「明日にはちゃんと溶けて混ざってるぞ」


明日まで待つのかよ…


「ハルトラン、俺は一旦帰るよ。で、10日にこいつの成人の儀があるから、11日にまた来る」


「帰るのか?」


「ガラスが出来上がるまで待ってられないからね。もっとすぐに出来るもんだと思ってたわ」


「1から作る時はこれぐらい時間が掛かるのは当たり前じゃろうが」


「んー、まぁそうだね」


「ん?なんか含みのある言い方じゃの」


「いやね、昔ガラスを作ってた所は錬金魔法を併用してたのと、魔導炉の性能がもっと良かったから溶かすだけならこんなに時間が掛かんなかったんだよ」


「なんじゃと?錬金魔法なんか存在するのか」


片眉を上げてマーギンをみるハルトラン。


「錬金魔法は知識と魔法適正と魔力量が必要だから誰でも使えるわけじゃないんだけどね」


「まさかお前は使えるのか?」


「まぁ、それなりには」


「おい、それが本当ならやって見せてくれ」


ガラス工房のリヒトも信じられんという顔で言う。


「じゃあ、坩堝と材料頂戴。配合率は今溶かしてのると同じで。成型はその鉄板でやるんだよね?」


「そうだ」


昔の所は錫を溶かしてその上に流してたっけ?まぁ、それは黙っておこう。ハルトランの研磨技術があれば大丈夫そうだしな。



マーギンは坩堝を洗浄魔法で綺麗にした後に材料を入れてもらって錬金魔法で混ぜていく。錬金魔法を使うと素材は熱くはなってはいないが溶けて混ざっていくのだ。


「な、なんだこれは…」


「これが錬金魔法。金属とか形を変えるのに使うんだよ。で、ここから温度を上げていく」


マーギンは火魔法の応用で溶けたガラスの元を高温にしていくとどんどん赤い液体になっていく。


「こんなもんかな。もう後は型に流して成型するだけだよ」


その後の作業は職人に任せる。温度を下げていくのには経験が必要なのだ。


出来上がるまでアイリスと子供たちは吹きガラス職人の所で見学。見たことがない作業なので面白いようだ。



「お前、何者だ?」


リヒトが今の光景を見て訝しがった。


「異国人の魔法書店経営者だよ。と言ってもほとんど売れてないから、最近は店を開けてないけど」


「さっきあの魔導炉の回路を見ても含みのある言い方をしていたな。もっと良いのが作れるのか?」


「あの魔力量を使うなら錬金魔法と併用した回路が組める。それだと今ぐらいのスピードで溶かせられるよ」


「本当かっ。いくらで作れるっ?」


「俺は魔導回路を作る許可とってないし、それで商売する気はないから無理だよ。今の魔導炉で商売出来てんならそれでいいじゃん」


「なんだとっ」


「リヒト、こいつは異国人だ。ワシも同じように思ったが、こいつはこいつなりの考え方があるようでな、無理は言えんと思った。それは理解してやってくれ」


「ぐぬぬぬっ、ハルトランがそう言うなら交渉するだけ無駄なんだな」 


この二人はお互いの性格を良く理解しているらしく、ハルトランが無理と言った事でこれ以上マーギンに言っても無駄だと理解した。


「ならば少し待っててくれ」


そう言い残してリヒトは工房を飛び出して行ったのであった。



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