リボンの色
「マーギン、あんまりバネッサをいじめてやるな。まぁ、こんな往来でこれだけ変な動きをしていれば、あの女はヤバい奴だと思われて男も近付かんようになるだろうがな」
と、ロッカはマーギンを見てフッと笑った。その横でバネッサは道路に寝転がってカザフに突付かれて、ウギギギギッとかまだやっている。
「ロッカ、飯どうする?ちょいと早いが俺はリッカの食堂に行こうと思ってんだけど」
「そうだな。なら付き合うか。遅くなるともっと冷え込みそうだ。うちもお前の家みたいに風呂があればいいのにな。ずいぶんと良い風呂なんだろ?」
「ロッカの所には風呂はないのか?」
「シャワーだけだ。それでもあるだけ良い物件なのだぞ。庶民の家に風呂がある方が珍しい」
昔もそうだったな。日本人の俺からすると風呂がないなんて考えられん。
「風呂に入りたいならうちに来た時は入ってから帰ればいいじゃん」
「しかし、お前の所の風呂は魔道具で湯を出しているのだろ。魔石をかなり使うのではないのか?」
「魔結晶をたくさん持ってるから問題ないよ。それでも気になるなら俺が魔法で湯を出してやるから問題ないだろ」
「そうか、お前は風呂を溜められるほど湯が出せるのか。それならば遠慮はいらんな。着替えを持ってくるから少し待っててくれ」
と、シスコにも声を掛けて、まだ痺れているバネッサを連れて着替えを取りにいった。
ーリッカの食堂ー
「え、この子達をうちで雇うの?」
「雇うというより手伝いをさせる予定。いつからにするか大将と相談するから呼んで来て」
「注文はどうすんのよ?」
「取り合えず温かい酒とつまみだけでいいよ。飯の注文は話が終わってからにする」
まだ空いている食堂は冷えている。暖炉にも火を入れていないようだ。
「おう、こいつらはいつから来る?」
大将が蒸留酒とツマミを持ってきてた。子供達はお茶だ。
「10日に見習い登録するからその後だね」
「夜はどうする?子供を遅くまで働かせられんだろ。本当は夜を手伝ってもらいたいんだがな」
「そうだねぇ。お前らどうする?修行もしないとダメだしな」
「いつでもいいぜ、朝でも夜でも。ちゃんと飯が食えるだけで十分ってもんだ」
カザフ達がそう言って二人もうんうんと頷く。
「そうか、なら朝に洗い物、で夜に手伝いに来るか?それが一番助かる。客が少なけりゃ早めに帰らせてやるし」
「じゃ、洗い物が終わったら修行して、夜働くって感じだな。お前らそれでいいか?」
「オッケー!」
「大将、あと、春になったらしばらくアイリスの故郷に行ってくる。コイツも連れて行くからその間はおらんからな」
「構わんぞ。しっかり遠征の訓練してきやがれ」
「おうっ、まともに門から外に出るの初めてだから楽しみだぜ」
孤児達は保護者がいないので勝手に門の外に出ることが出来ない。しかし、貧民街には子供が通れる穴が壁にあいているらしく、焚き木を拾って来たりするのにチョロチョロと出たことはあるようだ。
「あ、そうだ。リッカは成人の儀の時に髪飾りとか用意してあるのか?」
「い、一応、母さんが持ってた奴をしていくつもりだけど?」
「なら、これをやる。けど女将さんの奴の方が良かったらそっちを使え」
「え?」
「一応、祝いのつもりだ」
「マーギンが私にプレゼントをくれるの?」
「まぁな」
「あっ、開けてもいいっ?」
「いいぞ」
リッカは驚きと物凄く嬉しそうな顔をしてプレゼントの包をあけた。
「わっ、奇麗なリボン… それにこの色…」
リッカに渡したのは濃い目の赤いリボン。
「嬉しいっ ありがとうマーギン!」
リッカは座っているマーギンの顔に抱きついた。
ムギュ
リッカの奴、いつの間に成長したんだ?見た目には分からない成長を頭に感じたマーギン。
「これ、マーギン。リッカにプレゼントをくれてやるのはいいけどさ、その色はちょっと…」
「あ、似合わないか?リッカの髪色に合わせたから似合うかなと思ったんだけど」
リボンの色を見て呆れる女将さん。
「そういうことじゃないっての。どうせ色の意味なんか知らずに渡したんだろうけどさ、リッカも勘違いすんじゃないよ。マーギンが色の意味なんか知ってる訳ないんだから」
「わ、分かってるわよ。でも嬉しいの。すっごく綺麗な色だし、ほら見て、フォートナム商会のリボンだよ。こんなの父さんとか絶対に買ってくれないしっ」
「マーギン、あんたそんな高いリボンをくれてやったのかい?」
「ま、まぁね。リッカには何にも買ってやったことなかったし。で、色の意味ってなんだ?」
「はぁ、あんたのこったから何にも知らないとは思ったけどさ。いいかい、成人の儀の時に赤いリボンを贈るってのは、恋人になって欲しいって意味があるんだよ。で、それを身に着けている娘はそれを了承して予約済って事になるんだ。これ付けて成人の儀に出たら、誰にも声を掛けて貰えなくなるじゃないか」
ゲッ
そんな意味があるなんて知る訳ないだろ。というとシスコがクスクスと笑ってやがる。
「お前、知ってただろ?」
「当たり前でしょ」
「なんで買う時に言わねーんだよ?」
「だって面白いじゃない」
こいつ…
「リッカ、成人の儀の時用のリボンは明日別のを買って来てやるから、それは普段使いにしろ」
「嫌よっ。それにこれを着けてたら、変な奴に声を掛けられずに済むじゃない」
「そんなに声を掛けられたりするのか?」
とロッカ達に聞いてみる。
「私は赤いリボンを着けていなかったが誰も近寄って来なかった。悪いか?」
ギヌロッ
そうか、ロッカは男物のハンター服で帯剣してたんだったな。男からは無理でも女の子には声を掛けられたかもしれん。
「なんかごめん。シスコは?」
「私は庶民街の成人の儀に出るような服じゃなかったから浮いてたのよ」
取り付く島もないお嬢様って感じだったのか。
「バネッサは?」
「うちも誰も声なんか掛けて来てねぇ。成人の証をもらったらさっさと組合に行ったしな」
「あんなゴミ着てたら、その場に残っていても声掛けてくる人なんているわけないじゃない」
「なんだとっ」
「やめろ。またパラライズすんぞ」
そういうとビクっとして止めるバネッサ。野良猫を躾けている気分だ。
「リッカ、本当にいいのか?素敵な出会いがあるかもしれんぞ」
「そんなの興味ないわよ。どうせ同じ歳の男なんてガキんちょみたいなのばっかりだし」
リッカは小さいうちからここを手伝っていて、大人の中にずっといるから同年代とかは子供っぽく見えるのかもしれん。ただでさえ女の方が大人っぽくなっていくの早いからな。
「だって、ごめんね女将さん」
「しょうがないねまったく。マーギンもちょっとはこういう事を知っときな。そのうち誤解でしたじゃすまなくなるからね」
「あ、うん…」
そんなのどこで学ぶんだよ?
「マーギン、話は変わるけどよ、薪はあとどれぐらい持ってる?」
大将が俺のお湯割りを飲みながら聞いてくる。仕事中に飲むなよ。
「この前結構たくさん置いてっただろ?」
「今年は特に寒いだろ?薪が足らなくなりそうなんだ。買い足そうにも例年の倍ぐらいしやがんだ。それでも数が足りなくなってきてるらしいからもっと値上がりすんじゃねーか」
「そう言えば組合にも薪の採取依頼が出てるぞ。買取価格が上がってるから取りに行っている奴も多いな。しかし、近隣のはもう取り尽くしたんじゃないか?今から木を切っても生木だと薪に使えんしな」
「なるほどね。大将どれぐらい必要?」
「あるだけ譲ってくれるならありがたい。店内の暖炉の薪もケチって使ってるぐらいだ」
だから店の暖炉に火が入ってないのか。
「わかった。薪置場を満タンにしておくから、無くなりそうならまた言って」
「おお、助かるわ」
ということで大将が飯を作っている間に薪小屋をいっぱいにしておく。ついでに料理の焼き物に使う炭も満タンにしておいた。
今日の飲み食いは薪代代わりだと大将の奢りに。なんか悪いので洗い物をして帰った。
全員で家に戻り風呂に入ってもらう。ロッカから入るらしいのでアイリスに使い方を説明してもらった。
「まだ飲むか?」
「そうね、少しもらおうかしら」
「うちも飲む。なんかつまむ物もくれよ」
飲んで食った後だしな。甘い方がいいかな。ツマミ作るの面倒だから、ジャーキーとドライフルーツでいいか。
ロッカが風呂に入っている間にダークラム酒のお湯割りとツマミを出す。
「なんだこの酒?」
「ラム酒だ。ちょいと癖があるけど、甘みもある。ジャーキーにもドライフルーツにも合うぞ。飲めないなら飲み慣れたワインもあるけど」
シスコとバネッサが味見をする。
「本当、初めて飲むお酒だわ。割っても結構強いのね」
「ならもう少しお湯を足してやるよ」
と、マーギンはシスコのコップにジョロっと湯を足す。バネッサは今のままでいいらしい。
「風呂前にあんまり飲むなよ」
「わかってるって。この干しブドウ旨ぇな。酒と良く合いやがる」
バネッサはジャーキーに行くかと思ったけどけど干しクランベリーを食べた。逆にシスコはジャーキーだ。
「この干し肉、刺激が強くて美味しいわね。どこで買ったのかしら?」
「どっちも自作だよ」
「自分で作ったの?」
「こんなの買うまでもないだろ?」
「そういや、アイリスにやった携行食もドライフルーツ入りの奴だったよな。あれもマーギンが作ったのか?」
「携行食ってクッキーの事か?」
「あれクッキーなのか?」
「まぁ、携行食とも言えなくはないけどな。小腹が減った時にちょうどいいだろ?疲れてたら甘い物欲しくなるし。あれも簡単に作れるぞ」
「マジかよ。今度うちにも作ってくれよ」
「タイベに行くときに作っておいてやるよ」
「タイベに行く?」
「そうだ、春にマーギン達がアイリスの故郷に行くらしくてな、それに私達も付いて行こうと思う」
と、ロッカが風呂から出てきた。男っぽいけど、湯上がりのほんのり火照った顔はやはり女性だなとマーギンは思うのであった。
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