第1章 第4話
「ふふふっ」
それは嘘偽りのない、ユーリがはじめて見せる笑顔だった。何に対して笑っているのかがわからず、レオンが小首をかしげる。
「今の話で笑うようなところ、あったか……?」
「いえ、やはりあなたは変わってると思ったんです」
どこかすっきりとした表情で、ユーリの空色の目がこちらを見つめる。
「あなたは……、レオンはいつもクラスで一番成績がいいですよね。それに、ローゼンベルグ七大貴族の出身で、姫とはいえ小国の王族である私なんかより、よっぽど色々なことを知っていると思います。入学したとき、同級生に七大貴族の子供がいると聞いて、正直少し怖かったんです」
そのときのことを思い出すように、ユーリは少し遠くを見る。
「私の知る他国の貴族は大抵、傲慢で意地悪でした。だから貴族であるレオンが、どんな方なのか不安でした。でも蓋を開けてみれば、あなたは平民だろうと貴族だろうと、分け隔てなく接する方だった。気取ったところのない、穏やかな人だったから、身構えていた分、思わず拍子抜けしてしまったんです」
「……まあ、俺は三男だし、さして威張れる立場にないからな」
そうはいうが、それは本当の理由ではなかった。
レオン・ヴィクトルム。たしかにヴィクトルム家の三男で家族と血も繋がっている。けれど家族や親族の間でレオンの取り扱いは、とある秘密により『厳重注意』となっていた。簡単に言えば、軽蔑され後ろ指をさされる存在だったのだ。しかし家族は外面を取り繕い、レオンを自慢の息子だと言いふらした。家庭の中ではいじめられ、学校では貴族として壁を築かれ、レオンはいつも秘密を抱え一人だった。
だからどうしようもなく、そんな自分と秘密を抱え学園にやってきた彼女を重ね合わせてみてしまう。自分には助けてくれる人はいなかった。手を差し伸べてくれるような優しい存在と巡り合うことはなかった。だからこれは神様がくれたチャンスなのかもしれない。自分が過去、されたかったように、彼女に手を差し伸べろと天啓が下ったような気がしたのだ。
そのとき深夜零時を告げる鐘の音が宿舎に響いた。この時間にもなって部屋に明かりをつけていると寮監に叱られる。仕方なく明かりを消して、二人はそれぞれのベッドに横たわった。
「ユーリ、俺も君に秘密がある。打ち明けないときっとフェアじゃない」
心臓がどきどきとした。家族との約束を破り、秘密を明かすことは生まれて初めてだった。薄暗くて月の光だけが薄いカーテン越しに差し込む中、ユーリの丸い瞳がぼんやりとだけ見える。
「……秘密? でも、無理をしなくていいんですよ。秘密を抱えたままでも私は構いません」
「俺がよくない。でもたしかに無理に聞かせて、あんたの負担にもしたくない……」
悩むようにレオンが言うと、今度はユーリがくすりと笑った。
「あなたってやっぱり変わっています。きっと優しすぎるせいですね。私のことは気にしなくて結構です。これでも一国の姫、恐ろしい物語も悲しい戦争の歴史も、幼少期から聞かされています」
いざ話をしようと思うと、喉元がぐっと押されるように重くなる。けれど、言いたかった。ずっと誰かに聞いてほしかったことではあった。
「俺は魔術が使えるんだ。死んだ生き物を蘇らせる魔術を」
笑っていたユーリの顔つきがぴたりと固まった。瞳から穏やかな熱が急速に冷えていき、たしかめるように震える声でこう言った。
「……そんな発言、冗談では済まされないことですよ」
「真実だ。俺は今この世界で、おそらく唯一、死霊術が使える」
死霊術とはその名の通り、死んだ人生き物の体内に魂を戻し蘇らせる秘術である。二万年近い王国の歴史上でもこの魔術を扱えたのは一人しかいない。ソロモンですらこの秘術を使えなかったとされている。そしてその魔術師はこの世界に戦争と疫病を流行らせ、人々を絶望の淵へと突き落とし、人々はその男を物語になぞらえ『魔王』と呼んだ。
死霊術師の誕生は、その時代に破滅を呼ぶ。
ゆえにレオンはその秘密を唯一知る家族から遠巻きにされ、蔑まれた。世界を震撼させる悪党になる道が生まれながらにしてレオンには決定しているも同然だった。
自分は優しいとユーリは言った。クラスメイトも、自分がいいひとだと思ってくれている。
けれどきっと本当は違うのだと、暗い気持ちでレオンは思う。自分はいつかこの美しい世界を裏切ることになる。このまま運命に従えば、きっと自分は『魔王』になる。
顔色を青白くしたユーリは考え込むように黙っていた。しかしやがて意を決したように、レオンをまっすぐに見つめる。
「ありがとうございます」
「……え?」
想像していた答えと、それは少しずれていた。自分の隣に寝ているのが得体のしれない存在だと知れば、身の危険を感じ、彼女は怯えると思った。それかこの世に悪が生まれる前にその芽を摘もうと戦闘が始まるか、身の安全のため仇討ちを諦めるか。レオンが考えていたシナリオはそれくらいだった。けれどユーリの反応はそのどれとも異なっていた。
「あなたは私を信じてくれた。だからあなたは大切な秘密を私に教えたのでしょう? まずはその気持ちと友情に、私は感謝すべきです。得難き絆が生まれたと感じています」
「……あんたは俺がなんなのかまだよく理解してないだけだ。俺はきっとそう遠くない未来、怪物になる。あんたやあんたの大切な人を殺すかもしれないんだぞ」
自分のもたらす痛みを彼女はまだ理解していない。少しムキになってレオンがそう嚙みつくと、暴れる猛獣を手なずけるようにユーリは笑った。
「でも少なくとも今のレオンはそんなことを考えていないのでしょう? なら大丈夫です。そしてこれから、私があなたを見張っていればいいじゃないですか。少なくともあなたと私が学生でいる間は、同じ部屋なのですし、監視にはぴったりです」
つらつらとどこか誇らしげに胸を張ってユーリはそう述べた。
レオンは自分が目の前のお姫様への評価を見誤ったかもしれないと思った。彼女のことを、異国の、しかも男子校に変装してやってきた、破天荒なお姫様だと思っていた。けれど本当は、彼女はとても気高く、強い心を持っているのかもしれない。
「私の目の黒いうちはあなたを悪の道へは行かせませんよ。それにもしもそのときが来たら」
そういって微笑むユーリの顔が瞼に強く焼きついた。
「私という騎士の名において、あなたを殺してみせましょう」
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