同室の姫騎士
北原小五
プロローグ 蘇った魔王
【プロローグ 蘇った魔王】
まだその男の子が五歳の頃だった。家族で大切に世話をしていた黒猫が、庭先で倒れていた。白い石畳みの上でぐったりと倒れている黒猫を空から飛んできたカラスがつつく。それを見つけた十歳の姉が悲鳴を上げて駆け寄った。
腕を振り回してカラスを追っ払い、姉が涙ぐむ。
「可哀想な、チェルシー」
黒猫のチェルシーは高齢で、いつ死んでしまってもおかしくはなかった。この頃は元気もなくて、目も見えにくいのか、歩くときもふらついていた。男の子は悲しむ姉を見て、それからチェルシーを見た。それは男の子がはじめて目の当たりにした親しいものの死であった。
「大丈夫だよ」
男の子は努めて明るくそう言った。泣いていた姉がきっと鋭く弟を睨む。
「大丈夫なわけないじゃない! 死んでしまったのよ!」
「僕が治してあげる」
そういうと男の子は黒猫の額のあたりを人差し指で軽く小突いた。何をするつもりなのかわからず、姉は不審そうにする。しかしその不信感はほんの数秒後、驚愕へ変化した。
猫の前脚がぴくりと動いた。ひくひくとヒゲが動く、鼻が動いて、目が開いた。
「みゃあ……」
猫は小さく鳴くと、糸で操られているマリオネットのように、ゆっくりと奇妙に立ち上がり、姉弟の方を向く。
「ありえないわ……」
姉が震える声で呟いた。
猫の腹部にはカラスにつつかれ、臓器がごっそり欠けている。動くはずがない。完全に死んでいたのだから。でも、動いている。それはつまり?
「ほらね、治ったよ」
無邪気に笑った男の子は、誰に褒められることもなかった。
これは今から十年前のこと。
かつて世界を破滅させる恐ろしい魔王が蘇ってしまったことを、はじめて人間が自覚した日のことだ。
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