第1章 第4話


 昼食を食べた後、二人は馬車に乗り、住宅街のある丘を下った。丘の下にはヴァルスタイン広場と呼ばれる石畳の円形の公園がある。そこから八方に道が分かれる都市部には服や鞄を売るブティック、高価な輸入食品を扱う店や、レストランが立ち並ぶ。ヴァルスタイン王国は東大陸最大の交易都市で、目視できるほど近くはないが地平線の向こうには海も領地内にある。大勢の商人や観光客、旅人もいれば修行中の僧侶もいる。国際色の豊かな街並みを通り過ぎると、白亜の王城が見えてくる。あれこそがヴァルスタイン王家の暮らす、白壁の城。創建二千年を誇る東大陸覇者の住まいだ。


 今日は大魔術師総勢十二名が集う定例会議があり、城に集まることになっていた。堀のある木でできた巨大な城門の前に馬車を降り、書類と顔のチェックを受ける。近衛兵の合図で木造の橋が降りてきて中へ入ることを許された。


「城に来るのははじめてか?」


 喧嘩のような先ほどのやり取りを水に流したのか、はなから気にしていないのか、ローランがそう言った。


「はい。はじめてです……」


 正直なところ、緊張していた。国王陛下の尊顔を新聞記事の白黒写真や美術館の肖像画で見ることはあるが、お目にかかったことはもちろんない。もちろん城へ入るのも大変で、ヴィンセントはこの日の会議に出席するため、三日前から三十枚にわたる警備関連の書類に目を通し、必要項目を記入しなければならなかった。


「入ってしまえばただの広い家だ。会議に陛下がいらっしゃることもない」


 今回の会議は各魔術師に割り振られた仕事の進捗を報告し合うことを目的としているので、国王陛下や王族の人間が立ち会うことはない。会議自体も、王族が暮らす城内ではなく、広大な庭の西に位置する二階建ての宮殿の広間で行われるとのことだ。


 王城の庭は茨や生け垣が丁寧に切りそろえられ、中央に流れる川を線対象にしていた。色とりどりの花々が咲き誇り、蝶がふわりふわりと飛んでいる姿は優雅この上ない。十分ほど歩き続け、宮殿のロビーで門番により再び書類の確認。ようやく広間に到着した。


 広間には横に長い机が三つと、三十脚ほどの椅子が並べられている。上からは豪奢なシャンデリアがつり下がり、壁には有名な画家のものと思われる絵画がかけられている。席には先に到着していた幾人かの魔術師や秘書官の姿がある。どの魔術師もローランより年上で、秘書官も年上の男性が多かった。


 ローランは末席に腰掛け、ヴィンセントはその後ろに控える形となる。しばらくすると席が埋まり始め、上座にはシニフィスがちょこんと座っていた。


「では定例報告会議をはじめようかの」


 ローランは眠たげに欠伸を噛み殺してはいたが、会議は順調に進んでいった。もともと一時間ほどの予定だが、三十分ですべての議題が話し合われ、お開きとなった。


「眠い……」


 人の話すら聞けないのかと、ヴィンセントは冷めた視線をローランへと送る。そんなものは気にならないのか、ローランは机に突っ伏し、動けないことをアピールしてきた。


「馬車を呼んでくれ……」

「無茶言わないでくださいよ。たしかに広い庭ですけど、馬で移動してる方なんていません。みんな等しく徒歩移動なんですから、先生も頑張ってください」

「なんでこんな広いんだよ、庭……」


 恨みがましそうにそう言って、ローランがゆっくりと立ち上がる。ほとんどの大魔術師は帰ってしまったので、自分たちもそれに続こうと廊下に出た。すると背後からシニフィスの声がした。


「ローラン、ヴィンセント。少しいいかの?」


 広間から出てきたシニフィスの両横には前と同じく黒いローブの男たち。きっとこの不愛想な二人の男がシニフィスの秘書官たちなのだろう。


「いやだ。またなんか頼み事だろ……」


 面倒だというように、ローランは帰ろうとする。すかさずヴィンセントがローランの片腕をがっちりと掴み、そのままずるずると引きずるようにシニフィスの前に連れていく。


「離せよ!」


 ローランの身長は百八十を超えている。ヴィンセントより五センチほど高いが、筋力も若さもヴィンセントの方が上である。騎士学校仕込みの羽交い絞めに何も武術を学んでいないだろうローランが敵うはずもなく。


「よくやったヴィンセント。やはりおぬしをローランの秘書官にして正解じゃったの」

「ったく、この疫病神! お前が来てから仕事ばっかりでろくに昼間から飲めないじゃないか!」

「昼間から飲むのは仕事と関係なくあまり褒められたことではありませんよ……」


 ヴィンセントがそうたしなめ、ローランも抵抗を諦めたのか、ローブを整えながらちらりと師匠だというシニフィスを見やる。


「それでなんの用だよ。どうせろくなことじゃないんだろうけど」

「『黄金の不死鳥』という言葉を聞いたことはあるかの?」


 ローランとヴィンセントは互いをちらりと見やる。お互い、聞いたこともないという顔だった。正確に言えば、不死鳥という単語は聞いたことがあるし、図鑑で見たこともある。山奥に住む魔獣の一種。魔獣とはいえ人間に害があるわけではない。美しい青の羽をしていて、全長は鶏二羽くらいのサイズ、頭部には羽でできた赤い冠のようなものがある。人の手がほとんど入っていない山奥の美しい川辺に住むとも、砂漠のオアシスに生息するとも言われている。一番最近の目撃情報は二百年以上昔で、都市の広場の上を旋回したのを大勢の町民が目撃したという。空を見ながら追いかけた人もいたらしいが、不死鳥は忽然と姿を消してしまったらしい。


 不死鳥は死なない。しかし、それはあくまで目撃後に作られた創作話。本来、不死鳥自体にそんな力はないだろうという見方は強い。しかしなにせ捉えられないのだから、たしかめようがないのもまた事実だった。


「国境沿いでマフィアや他国の軍に何やらきな臭い動きがある。冒険者や旅人もじゃ。そして彼らは一様に、『黄金の不死鳥』が現れたという噂に翻弄され、その地を訪れたという」

「どんな噂なんだよ」

「不死鳥の名の通りじゃ。鳥を捕まえ喰らえば不老不死になれるんじゃとか……。荒唐無稽な話じゃ。しかしなぜか大勢の人間がその噂を信じ、『黄金の不死鳥』をめぐり熾烈な争いが繰り広げられている。すでに何人か不幸な国民もその争いの被害にあったと聞いている……」


 そこでじゃ、とシニフィスは続ける。


「お前に『黄金の不死鳥』について詳しく調べてほしい。誰がなんの意図でこのような噂を広めたのか。そして『黄金の不死鳥』の騒動により、誰が得をし、誰が損をするのかについて」


 黙って話を聞いていたローランは頭をかく。


「大事な仕事だっていうのはわかるが……。政府の諜報機関は動かせないのかよ。俺なんかより適任者が大勢いると思うんだけど」

「担当した三十名、全員が殺された」


 シニフィスがさらりとそう言い放った。途端、ローランとヴィンセントの顔つきが驚愕に変わる。


「本当かよ……」

「大半の下手人は金目的で『黄金の不死鳥』を探るマフィアじゃった。いくら調査という名目で動いても、彼らからしたら獲物を横取りしようとしているオオカミに見えるのじゃろう。魔術の素養のないものをそんな危険な任務にこれ以上は行かせられん。ゆえにお前に任せたいのじゃ」

「……殺されるのはごめんだ」


 至極当たり前のことをローランは述べる。それにはヴィンセントも強く頷きたい。マフィアに見せしめの如く殺されるなど、恐ろしくてたまらない。


「お前を殺せるような者はそうはおらん。なんといってもわらわが育てたのじゃからな。それにヴィンセントもおるじゃろう。心臓病があるとはいえ、三十秒ほどなら俊敏に動けると聞いたぞ」

「ええ、まあ……」


 その三十秒で敵を制圧できれば文句はないけれど。


「仕方ないな。まあ、師匠の頼みじゃ、どのみち受けるしかないんだろうし。やるよ」

「よく言った。では明日、お前の家に資料を送ろう。手際よくおやり」


 シニフィスは高いヒールを動かし、黒ローブの秘書官を連れて帰っていく。その背中をぽつんと取り残されたローランとヴィンセントは眺める。窓の外では暗雲が立ち込め始めていた。

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