27.新しい職場

「リル様は現在Fランクの冒険者です。読み書きと計算が必要なクエストはE以上のランクに多いので、今ご紹介できるのはこちらのクエストのみとなっております」

「用紙を読んでもいいですか?」

「もちろんです。読んだ結果、受けるのも断るのもどちらでも大丈夫ですよ」


 渡された用紙を読みこんでいく。パン屋の売り子で、三日働いて一日休みのお仕事だ。仕事内容はパンの販売、計算が得意な人募集と書いてある。働く時間は朝から夕方までで、しかも昼ごはん付き! 残ったパンを無料で持ち帰ってもいいらしい。


 日当は7000ルタ、ゴミの回収よりも1000ルタ多いよ。拘束時間が長くなるけれども昼ごはん付きだし、パンを持ち帰れるかもしれないし、付加価値が魅力的。期間が半年以内っていうのが気になるところだね。


 Fランクで受けられるのがこれしかないっていうから、今はこれを受けるのがベストだよね。


「このクエスト、受けたいと思います」

「ありがとうございます。それでは紹介状を書きますので少々お待ちください」


 受付のお姉さんはにっこりと笑ってくれると、その場で紙に何かを書き始めた。書き終わるのを待っていると、話しかけられる。


「それとリル様の服装なのですが、販売には適さない服装だと思います。なので、このクエストを受けるにあたり服を新調して頂けますでしょうか」

「あ、そうですよね。服はいずれ新調する予定でしたので、お仕事前に買っておきます」

「では、そのことも紹介状に書いておきますね」


 そっか、働くのには新しい服が必要だよね。他の難民たちの服は小綺麗なものだったからなぁ、そうか私もそこまで来たんだなぁ。ふふ、服を買いに行くのが楽しみだな。


「紹介状が書き終わりました。こちらをお持ちになって、このメモに書かれているパン屋をお訪ねください」

「ありがとうございました」


 紹介状とメモを受け取りお辞儀をしてその場を離れる。えっとメモには……ここから10分くらいでいけそうな場所にあるパン屋だ。


 新しい職場か、楽しみでもあり不安でもあるなぁ。


 ◇


 メモの通りに歩いてパン屋の前に辿り着いた。開けっ放しの扉からは香ばしいパンの匂いが漂ってきて、お腹が減っていないのにお腹が鳴りそうだ。上を見るとパン屋の看板があり、ここが目的の場所だと分かる。


 中に入るの緊張してドキドキしてきた。ここで深呼吸をして心を落ち着かせて、いざパン屋の中へ。


「ごめんくださーい」

「……おう、ちょっと待っててくれ」

「はい」


 中に入ると、すぐに奥から声が聞こえてきた。なので今の内に店内を見てみると、何種類かのパンが棚の上に並んでいた。香ばしい匂いの中に木の実とか蜜とかの匂いも混じっていて、たまらない。


 店内の大きさは15畳以上ありそうで、そこそこ広い印象だ。そして部屋の隅に小さなカウンターと、カウンターの奥にはもう一つ部屋がある。きっとそこでパンを作ったり焼いたりしているのだろう、粉ものの匂いがそちらからしてきた。


 ボーっと立っていると、奥の方から大柄な男性が現れた。白いエプロンをして焦げ茶色の短い髪の毛をしている。


「何か用か?」

「冒険者ギルドからきました。こちらが紹介状です」

「どれ、見せてみろ」


 不愛想な感じで言われてちょっと緊張した。おそるおそる紹介状を手渡すと、男性は厳つい表情をしながら紙を読み進める。と、ピクリと眉毛が動き、スッと視線がこちらに注がれた。


「計算が得意なのか」

「はい」

「……100ルタのパンが8個、160ルタのパンが3個でいくらだ」

「えっと、1280ルタです」

「……正解だ。なるほど」


 急に問題を出されてビックリしたけど、正解できて良かった。正解すると男性の表情が少しだけ緩くなったような気がする。もしかしてボロの服装だったから警戒されたのかな。服装、大事だね。


「俺の名はレトム、このパン屋の主だ」

「私はリルっていいます。この町の住人ではなくて、難民です」

「そうらしいな。だが、難民でも格好さえ気を付けてくれればいい。服はこれから買ってくれるんだよな」

「はい、買い換えます」


 服装がダメだったんだね。つぎはぎもない、穴の開いた服じゃ嫌厭されるのも頷ける。しかも食べ物のお店ではこんな服はダメだよね、よしいい服を買おう。


「服だったらしっかりしていれば古着で十分だ。この通りより一本向こう側の通りに古着屋があったはずだから、そこで買うといい」

「ありがとうございます」


 古着でいいんだ、というか古着が売っているんだ! 良かった、お金をそんなに出さなくても良さそうだし。今現金で3万ルタくらい持っているからこれで十分そう。貯金は28万ルタもあるし、うん大丈夫。


 ……うん? どうして服の話をしているんだろう。


「あの、もしかしなくても採用ですか」

「あぁ、そうだ。早めに働いてくれる人が欲しかったから、そういう意味だ」


 そ、そうだったのか。ついつい話に流されちゃうところだった。ふぅ、無事働けるようで何よりだよ。


「期間は半年以内っていうことでしたが、具体的にいうといつくらいまでになるんでしょうか」

「俺の妻が産後の状態が良くなくてな、働けない状態になってしまったんだ。医者がいうには半年くらいは安静にしておいたほうがいい、と言っていた。だから、妻が働けるようになるまでだ」

「分かりました」


 なるほど、奥さんが働けなくなっちゃったんだね。産後は一番大事な時だから、旦那さんであるレトムさんも無理させたくなかっただろうな。不愛想だけど奥さん思いのいい人なんだなぁ。


「いつから働けばいいでしょうか」

「明日は店の定休日だから、明後日から頼めるか」

「分かりました。こちらは朝日と一緒に起きて、配給を作って食べて、一時間くらいかけて町に来ます。開店まで間に合うでしょうか?」

「それくらいなら大丈夫だ。もし開店まで到着しなくても、朝一は俺一人でもなんとかなるから。とりあえず、明後日にどれくらいの時間に来られるか分かってからでいい」


 町に住んでいないのがネックなんだよね、ここで難民としての弊害があるなんて。しっかりした時計が欲しいけど、今はまだ買えないよなぁ。もっと中の仕事が受けられるようになってから考えてみよう。


「具体的な仕事の内容はパンの陳列、お客への対応、大量買いの対応、会計、店と外の掃除くらいだ。もしかしたら、中の手伝いもしてもらうかもしれない」

「分かりました」

「詳しいやり方は当日やって見せるから覚えて欲しい」

「はい、明後日よろしくお願いします」


 やり取りは以上で終了した。短いやり取りだったけど、残りの詳しいことは当日だよね。期間はそんなに長くないけど、ここを頑張れば纏まったお金が手に入るはず、頑張らないとね。


 まず必要な服を買いに行こう!

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