35 変化の兆し


「ちょっと、水野澪みずのみお。おかしいわっ」


「おかしい……?」


 翌日、放課後の生徒会を訪れた途端に結崎ゆいざきに詰められる。

 結崎がそれとなく指差す方にはデスクの前に座る青崎あおざき先輩がいた。


「はあ……花って散るから美しいんだよね。私もそんな存在になれるだろうか」


 両手で頬を包んで肘をテーブルに置く先輩は、なんだか意味がありそうでなさそうな。

 よく分からない事を言っていた。


「会長、今日来たらあの調子なのよ! どう思う!?」


「……まあ、ある意味いつも通りにも見えるけれど」


 青崎先輩が私の分からない世界を見ているのは今に限った話ではない。

 今は花の向こうにある世界をきっと見ているのだろう。

 凡人の私には分からないけれど。


「馬鹿じゃないの!? あんなの普通じゃないわっ、おかしいわよっ」


「青崎先輩はいつも普通じゃないと思うけど?」


 何でも出来る人を“普通”とは定義しないと思う。


「会長もあんただけには言われたくないでしょうね!」


「……私は普通でしょ?」


「ああああっ、話が通じない!!」


 結崎が頭を抱えていた。

 私にはよく分からないが、悩んでいるらしい。

 頑張れ。


「お、叶芽かなめに……み、み、みみみ、MIOじゃないかっ」


 青崎先輩が私たちを見つけて手を振る。

 その笑顔がどこかぎこちないのは、確かに結崎が言う通りいつも通りではないかもしれない。


「こんにちは、青崎先輩」


 先輩への挨拶をした途端、結崎が私の手を引いた。


「失礼します、会長。ちょっと水野を借りてきますね」


 強引すぎて、倒れそうになりながらバランスを取る。


「え、えっと……? 早いね二人とも?」


 戸惑う青崎先輩をよそに、結崎に私は外へと連れ出された。







「あんたが原因ね」


 外に放り出されると、結崎は開口一番にそんな事を口にした。

 何を言っているかは不明である。


「何のこと?」


「会長があんたを見た瞬間、目は泳いで呂律もおかしくなったでしょ。絶対にあんたが原因で先輩はおかしくなってるわ」


「そうかしら……? 昨日もいつものように会話したけれど」


「じゃあ昨日何かあったのよ、わたしがいない間に何があったのか言いなさいよ」


 昨日……青崎先輩との出来事を整理すれば。


 ①朝、生徒会室に忘れ物を取ってくる青崎先輩に会う

 ②昼、職員室前でハルといる時に①の出来事を話す

 ③夕、ハルとの仲直りのアドバイスを受ける


 これくらいだ。

 青崎先輩にむしろお世話になったくらいで、おかしな事は何もなかったはずだ。

 気苦労をかけてしまった部分はあるだろうが、私が原因と言うにはあんまりだ。


「……あんた、そんな事よくも会長を前に……」


 しかし、結崎は肩を震わせている。

 何やら思う所があったようだ。


「そんなに迷惑を掛けたかしら?」


「この鈍感ッ! 鈍感だとは思ってたけど、そこまでとは思ってなかったわ!」


 人差し指で胸を小突かれる。

 完全に私に非があると言わんばかりだった。


「私が悪いの?」


「悪いと言うか……いや、それもあんたの自由なんだけど……でも、気付かなさすぎと言うか……ていうか、てっきりあんたも会長の事を思ってるもんだと……」


 しかし、今度はブツブツと独り言のように呟いて自問自答している。

 頭の整理が追い付ていないなら回答を先に出すのは止めてもらいたい。


「ていうかあんた白花しらはなハルと仲良いの!? 情報が多すぎて混乱するっ!」


 もう下手な誤魔化しはしないと決めたので、経緯を話すと自然とハルとの関係性も明かす事になる。

 それを聞いた結崎は混乱を極めるばかりだった。


「で、でもこれってわたしにチャンス到来ってこと……?」


 結崎の目が光り始める。

 混乱の先に何を見出したのか、そろそろ何が何なのか説明してもらいたい。


「そろそろ何が起きているのか説明してもらえないかしら……?」


「あんたと喧嘩しなくても済む日々が来るかもしれないって事よ」


 どういうことだ。




        ◇◇◇




「まさか、こんな日が来るなんて」


 私と結崎は喫茶店にいた。

 誘ったのは結崎の方からで――


『会長、わたしと水野ですが早退させて頂いても良ろしいでしょうか?』


『うん、構わないよ。私も花の命について探求してみようと思うんだ』


 ――なんていうやり取りで現在に至る。


 先輩が何の探求を始めたのかは定かではないが、結崎が私を誘うのはそれ以上の驚きがあった。

 私はアイスコーヒー、結崎はカフェモカを注文する。

 そもそも放課後にこういった時間を過ごす事自体が稀だ。


「私達って友達になったのかしら?」


「一回喫茶店に来ただけで友達になるわけないでしょっ、感覚どうなってんのよっ」


 食い気味に否定された。

 生徒会の仲でもあるのに、そこまで言わなくてもいいと思うのだが。


「いや、まあ、わたしとあんたは言うなればそうね……“戦友”だと思ってたんだけど」


 私の戸惑いを察したのか結崎は言い繕う。


「……それって広義では友達って事よね?」


 結崎は“友達”という枠組みの中にある“戦友”という小分類を示したに過ぎない。

 つまり言っている事は私と同じなのだ。

 それならなぜ私は否定されたのだろう。


「あんたはニュアンスってものを受け取りなさいよ! 全然、似て非なるものよっ!!」


 でも、やっぱり違うらしい。

 よく分からないが本人がそう言うのだから定義はともかくそうなのだろう。

 諦めてアイスコーヒーに口をつける。

 程よい苦みが口の中に広がった。


「わたしがここに来て、あんたと話したい事は一つよ」


「何かしら」


 結崎は両肘をついて手を合わせ、その上に顎を乗せる。

 妙に偉そうな態度だった。


「あんたと白花ハルの関係性について、よ」


「……え?」


 てっきり青崎先輩との話だと思っていたのに、それとは違う内容に私は首を傾げた。

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