15 閉塞感


「何なのよ、あの態度……白花しらはなハル!!」


「……」


 放課後の生徒会室を訪れると、結崎叶芽ゆいざきかなめが憤慨していた。

 来た途端に帰りたくなる光景だった。


「まあまあ、落ち着きなよ叶芽かなめ。何があったのか冷静に話してごらん」


 その、反応をみて青崎あおざき先輩がなだめようとする。

 先輩に気を遣わせる後輩というのも、如何いかがなものかと思う。


「あの女……言うに事欠いて“触るな”や“お前は来るな”なんて無礼な対応……どうしておかしな事をしているのは向こうなのに、わたしが一方的に拒絶されなければいけないんですかっ!?」


 結崎ゆいざきが怒る気持ちは分からなくは無いが、ヒステリックすぎる。

 どうやら白花ハルは彼女のプライドを傷つけてしまったらしい。


「あー……また白花ハルか。困った子だね、ほんと」


「そうなんですよ! アイツは常識知らずのろくでなし! 退学にして下さい!」


「生徒会にそんな権限ないし、あったとしても軽々しくそんな事は口にしてはいけないよ」


 あー。

 こんなタイミングで私なんかが現れたら完全に地雷だ。

 踵を返そうかと逡巡しゅんじゅんしていると、結崎がこちら見た。


「あんたも、あんたよ。水野みずの……!」


 遅かった。

 結崎の次の標的に私が選ばれてしまった。

 こうなる事は薄々勘づいていたけど。


「何かしら」


「何かしらじゃないわ……! どこが白花ハルは更生したのよ。今まで通りの問題児じゃないっ!」


 私は結崎に対して、白花ハルを更生させたまでは言っていない。

 “制服を正した”、又は“私の言う事しか聞かない”。

 その程度だ。

 拡大解釈にも程がある。


「何だ、現場にはみおもいたのかい?」


「あ、はい。たまたま居合わせましたけど……」


 現場って。

 まるで白花ハルが犯罪を犯したみたいな言い方じゃないですか。

 彼女はそこまでの事はしていない。


「そこで水野は注意もせず、結託してその場を去ったんですよ! 水野、あなた生徒会のクセに、問題児の肩を持つとはどういうこと!?」


「いや、結託したわけではないのだけど……」


 誰かこのヒステリック結崎を止めてくれないだろうか。

 耳がキンキンして叶わない。


「嘘ね。あなた、青崎会長の時も白花ハルと二人きりを強要したのでしょう? そんな不可解な動きを立て続けに行うなんておかしいわ!」


 とにかく結崎は私を非難する材料が欲しいらしい。

 確かに怪しい動きかもしれないが、そんな大声で非難されるような事でもない。


「白花はいつも一人でいるのよ。それを生徒会の二人で詰めたら余計に反発されるだけじゃない。だから私が説得役を買っただけ」


「へえー。随分と白花に対する理解度は深いのねっ」


「いや、だから……」


「“いや”、“だから”……さっきから否定と言い訳ばかりっ。あなたが否定すべきは白花ハルで、 生徒会のわたし達ではないはずよ!?」


 確かにいつの間にか否定的な言葉が続いていたかもしれない。

 自然とそんな言葉が出てきてしまうのは、この板挟みな状況のせいだろう。


「生徒会は生徒の為にある活動でしょ。だから白花の事を考えて動くのは当然じゃない」


「ほら、本音が出たわねっ。あなたはそこを勘違いしているのよ……!」


 結崎の追求は止まらない。

 正直、怒りに任せているだけだと思ったのだけど。

 彼女なりの論理はまだ働いているらしい。


「勘違いなんてしていないわ」


「“生徒の為の生徒会”、あなたの言う通りよ。でもそれを考えるなら、断罪すべきは生徒としての規律を守らない白花ハルよ。規律を守らない者がいるだけで風紀は乱れ、学びを阻害する。 それを配慮せず、一個人を優先しているあんたは多くの生徒の事なんてこれっぽっちも考えてなんていないわっ」


「……」


 不覚にも、なるほどと思ってしまった。

 その論理を完全否定する事は難しい。

 私は“白花ハル”と“学校の規律”との間にある妥協点を見出そうとしていた。

 それそのものは間違っているとは思わないけれど、でも重きを置いてたのは全体ではなく、白花ハル個人である事は確かだ。

 そのマインドが正しくないと言われるのなら、そうなのかもしれない。


「そこまでにしないか叶芽。白花ハルなんていうジャジャ馬を乗りこなそうと思ったら、そちらを中心に考えるのは自然だろう? その行為自体が多くの生徒の為を思ってのものなんだから、澪は間違っていないよ」


「青崎会長……ですが、それは問題児を庇う理由にはなりませんよ」


 “問題児”に“ジャジャ馬”……。

 随分な言われようだ。

 白花ハルはそこまで揶揄やゆされなければいけない存在だろうか。

 二人は白花ハルを知らなさすぎる。

 あの子はこだわりこそあれど、不和を生むような悪ではない。

 それなのに、どうしてこうも否定的な言葉ばかり飛び交うのか。


 気持ちが悪い。


「そんなに、いけない……?」


「どういう意味よ、水野」


「白花ハルはちょっと制服を正しく着なかったり、スマホを触ってるだけ。別に犯罪を犯してるわけじゃないし、誰かに迷惑をかけてるわけでもないじゃない」


「……あんた、それ本気で言ってるの?」


 結崎は目を見開く。

 それは驚きと軽蔑が入り交じっているように見えた。


「だって、そうでしょ? ルールを守ってないのは事実だけど、けれどそれだけ。そんな目くじらを立てる事じゃない」


「それは一般生徒の意見よ水野。わたし達は生徒会、その本質からズレているわ」


 そもそも、本音を言えば校則を守らない事そのものに大した思いを抱いていない。

 生徒会だからそうしているだけで、立場上仕方なくという思いも強くなっている。


「青崎会長、ダメです。水野は生徒会にふさわしくありません。今すぐ副会長を下ろすべきです」


「澪は白花ハルとクラスメイトだから上手く割り切れないのさ。優しさだよ。私はそれが自然で素敵な心だと思うよ」


「ですから、それが一般生徒だと言ってるんです」


「いつもの澪は規律を重んじてくれる子だよ。それでも誰にだって誤ってしまう時はある、そんな時は誰かが教えてあげればいい。生徒会が一人じゃないのは、そういう意味もあるはずだよ」


 ……いつも?


 ああ、そうか。

 いつもの私なら、迷う事はなかった。

 規則、校則、ルール、そして青崎先輩。

 そういった誰かが決めた軸に従っていれば良かったのだから。

 

 でも、私はその軸を失い始めている気がする。

 だって、さっきから二人の言葉は意味は理解していても、胸にすとんと落ちてこない。

 ずっと体のどこかに引っかかって、ただ重さだけが増していく。

 息苦しさだけが、ずっと続いていく。


「すいません、今日は帰ります」


 正体不明の閉塞感。

 それがこの空間にあるような気がした。

 ここは私を肯定する場所だったはずなのに。

 私が望む場所は青崎先輩の隣だったはずなのに。

 それを自ら遠のいていく事に違和感を感じていない自分自身が、一番の違和感だった。

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