眠るまちのアヴァ
***
「お腹……空いた……」
「何回目よ!私だってお腹空いてんのよ、我慢して!」
「どうやらそろそろお嬢様も限界ですか……」
「…………子供じゃないんだから」
「いーやガキよ、このお転婆馬鹿娘」
「その単語を聞くのは何回目かな……?」
私達は、簡潔に言えば旅に出た。
まあ兎に角クレトリアから離れた方がいいだろう、ということ。それ故に、せめてこの地方から逃げてしまおうという発想に至ったのである。
今は愉快な馬車旅中。
もうそろそろ、この都市のぎりぎりの境界ラインといった所か?
無論、不安がいくつもある。
この地方はこの国有数の大都市。様々な文化、魔法などが発達しており、まさしく都会。
この都市の治安は最高レベルでーー私達のような大規模犯罪を犯すような輩は滅多にいない。ーーというかそんな大規模犯罪は、起こす前に止められてしまう程の治安レベル。
そんな特殊部隊があるとかなんとか、ないとかなんとか……有名な、風のうわさってやつである。びゅーびゅー吹いている、うるさいくらいに。
メアの素早さと私の後処理が幸いしたらしく、私達は警察に感知されなかったようだ。
あとーークレトリアがスキャンダル隠蔽の工作に動いてもいるだろうし……様々な幸運が重なり、私達はシャバでご飯を食べている。
この国の刑務所のご飯はくさいと聞くが……
趣味が食事の私には、きっと耐え難い地獄だろう。
「……関係ないわよね?」
脱線しかけた。
それで、まあ都市ならばそんな感じ。
普通に住むには困らない。
ーー格差というのがある。
この国が抱える大きな問題というのがそれ。
都市と田舎の格差が大きく、様々な原因からか田舎の治安は最悪なのだ。
治安維持のための有効な戦力や頭脳は都市に集中し、噂でははじかれたものが地方に集まるとかなんとか。
ーー個人が魔法という力を持つ世界で、抑止力のない土地での犯罪を犯す心理的ハードルは究極に低い。
要するに、田舎の大抵が無法地帯ということ。
「………だから、田舎に行くのもね」
「けど、都市で仕事とか見つかるの?……そもそもはぐれものが集まる場所でしょ、この国の田舎って」
「逸れものにはなりたくないな……おいしいもの食べたーい……」
「………この先大丈夫かしら」
「このあたり………」
「どうしたの、メア?」
「………あ、ここら辺に、今日は泊まりませんか?」
「いいけど、どしたの?」
「ああいえ、このあたりならば私も土地勘がありますので」
「あぁ、言ってたね、そういえば」
「ーーはい。この街『アヴァ』には、少々思い出がありまして」
そう言うと、メアはカーテンを開けた。
閉まっていた窓から、月光が入って来て、夜の到来に気づいた。
***
宿に到着し、私達はこれからの生活を会議していた。
やるべきことを決めねば人は動けない。それはある意味で、私達に最も必要なものである。
言い換えれば目標ともいう。
ある意味、この放浪はそれを探すためのものと言えるし……まあ、その前に、明日のご飯を気にしなきゃならないのだけれども!
「やはり中心部は家賃が高いですからね……ベッドタウンとしてここの街はいい場所です。人は多けれど、皆どこかおだやかで……はい。住むのなら、ここは中々の好条件が揃っていますよ」
「私も、ここならクレトリア家の影響も少ないし、新聞もあるし、いいと思うわよ」
「うん。お父様の遺産もあるし……大抵の場所なら働かずとも三年はもつかな。……まあ、こんな私たちと契約してくれる人がいるかどうかは……うん」
「なら、暫くこの宿で泊まるの?」
「そうねアーちゃん。ここなら……ご飯も出るし、それがほんっっと美味だった。後で礼を言っとかなければ……」
「メルファ……好きねーほんと。私は日刊の新聞さえ出してくれるのなら、どんな不味いご飯でもいいのだけど」
「私は……清潔であって欲しいですかね、寝る場所は」
「………(何か変なものでも食べたの?このメルファお嬢様大好きバーサーカー)」
「何か?」
「……いや何でもないわよ?!」
「こら、騒がしいのは程々に。……あーあ。けど、これから何しようか。先ずはお仕事よね……」
「降ってこないかしらねえ、厄介ごとと以外なら、私はなんでもするのに」
「働いて、信用やつて……を得なければならないでしょうね。でなければ住居の契約もままなりませんし。……私はやっぱり家政婦メイド系を職にしたいですが」
「この世のどこに……勇者から逃げ切れるメイドがいるのよ……」
ご尤も、うん。
「ん………?なんか、音が聞こえない?」
「うーん?……………ほんとです?私には一切聞こえないのですが」
夜深まるといったこの時刻、ねむる街が寝静まったころのこの夜中……宿屋さんは自宅に帰っていた筈であるし、そもそもこんな音、普通に生活してる人が深夜に出す音では無い。
「……えっ、ウソ」
「ああアーちゃん、私が見てくるから」
「何よ、は?」
「さあアーちゃんさん、こちらへ。子守唄のレパートリーには自信がありますよ」
「………永久の眠りに付かせてあげるけど?」
「それは怖い。では武器類は没収ということで……」
「あっその魔法杖高いのよ?!てか不安になるでしょやめなさい!!」
仲良し……
うん、メアがいるなら大丈夫だろう。
私は部屋のドアを開けた。
キイと金属の音。
ヒタ、ヒタ、ヒタ。
音がする。
これは、液体を踏む音……?
部屋の二人を見ても、特に反応は無い。
……私にしか、聞こえていないというのか?!
いや………うん、スキルの影響でどうやら五感が最近鋭くなってるらしいし私。
猫とか犬でしょう。
廊下を歩いて、階段の前に立つ。
ヒタヒタヒタ。
べちゃ。
「ねえなんかドンっていった!ドンっていった!!!」
「アーちゃんさん、落ち着いて下さい」
流石にこの音は、部屋の二人にも聞こえたらしい。
霊感あるとかじゃない、はず、私、だから大丈夫、よね。これで証明されたよ、ね。
振り返って明かりの漏れる私の部屋を見て、階段に視線を移す。
そこには、血まみれの男がいた。
「またなんかドンって音が!!!」
「あ、安心して下さい。これはお嬢様の倒れた音です」
「………見えても無いのに何で区別つくのよ!それはそれでアンタが怖いんだけど?!」
「お嬢様の音ですから」
「余計怖いわよ!!!」
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