春の青さとの決別
「ぼろぼろ、やめて私のことなんか!貴女は無関係の人間でしょう!!私はこれでいいのよ……私だけ死ねばいいのよ!だか……むぐ」
「五月蝿いですよ」
「はな………はなして!!」
「いつも他人の幸せのことばっかり気にしていて、その他人から手を差し伸べられればつい拒絶してしまう。自分に厳しく他人に優しいの典型。そういう人間なんですよね?お嬢様から聞きましたが」
「………べ……べつに……」
「アーちゃんさん、ご到着ですよ」
私を離してそう言う。
「残念でしたね。あの方は何があっても貴女を助けますよ。貴女に拒絶されようがお構いなしでしょう……ですから、せめてその分を応えて下さい」
どさりと自分の血に塗れたメイドは倒れた。ああ気に食わない、羨ましい。なんて謎の言葉を繰り返しながら。
私の目の前に立っていたのは。
「アーちゃん!」
「………誰が………アーちゃん………よお…………」
怖いもの知らずの馬鹿で。
そして随分と久しぶりの魔法使いがいた。
***
「………あと、メア。ご苦労さま」
「すいませんお嬢様……私はここまでですかね。もう動くのは口だけです」
見れば、何本も剣が刺さっていた。
つまり、勇者はまだ屋敷にいた。……正直想定外。
勇者に彼女の【気配消去】が通じないのは分かる。
伝説の勇者の技能のひとつーー【七つの技能:千里眼】。
これはあらゆる異常状態を跳ね除け、感覚できる真実を見通すスキル。それがそのまま伝承通り受け継がれているのなら、気配消去は通じない。
恐らくアーちゃんを運び出す時に、メアが起こした何かしらの物音でバレたのだろう。しかし。こちらは襲撃に対して、それ相応の対策をしていたのだが。
「随分と舐められたものね」
私が勇者に常に屋敷を監視されている前提ならば、勇者から逃げることは叶わない。
それでも流石に、のんびり勇者が屋敷でくつろいでいたこの間に私達が行方をくらまし逃げ切ることは難しいことではない。
あんな悪趣味な釣り針を垂らしておいて、何を考えているのかーーあまりに思考が甘い。
ただ。
……私の判断ミスでメアに、怪我をさせてしまった。
「ここで……いいですかね」
剣を抜けば、内臓が溢れてしまいそうなほどの見た目だが……その刺さった剣をメアは一気にその全てを抜き、カランと音を立て剣はこの中庭に落ちた。
剣は残らず光と共に消えてしまった。それで今度こそメアは倒れた。
「大丈夫なの!?このメイド!!メルファ!!!」
「大丈夫………私はお風呂場から地獄までお嬢様と共に行きますので……そのためにまだ死にはしませんよ……」
「えっ」
……とりあえずこの変態メイドは放っておこう。
幸い、致命傷でもないようだし。
「えっ酷い!酷いわよメルファ!!!」
「アーちゃん、私の足の間を見て?ほら、どさくさにスカートの下にいるこのメイドを」
「?えっ?何、何してんのこのメイド!???」
変態行動を反省するまで傷の治癒はしてやらん。
「………ねぇ。楽しそうだね??」
声が聞こえた。
気配ーー瞬く間に剣が飛んできた。
けれど、見切れない程の速さじゃない。
「----!」
魔力には魔力で対抗する。
飛んでくる剣に対してーー魔力を固め迎撃する。
魔術:[魔力凝固]
それ程難しい魔術じゃないけどーー魔力の消費は多いので無駄遣いは厳禁。
「へー?よく……これを防いだね」
姿をようやく表したのはひとりの男。
170センチ程度だろうか、この国では低い方の身長で、顔を見て特段印象に残る要素はなくーー要は体も心も
「へえ?いい度胸してるね君」
しまった心の声が漏れていた。
ーーいや、違う。
「成程、千里眼か」
「そうだよ。ジロジロこっち見てるから使ったけど、碌でも無いこと考えてるんだね、性格最悪」
「お互い様じゃない?よくうちのメイドをこんなに痛めつけてくれたわーーこの借りは倍にしてお返しするから」
「それは怖い。やってみろよ。あ?」
お望み通りに。
やはりここで決戦としなければ不味い。
思考を読むーーといっても、発動してから数秒が限度らしく、読めるのはその時に考えていることのみらしいので、作戦のことはバレていないらしい。それにメアにはこの詳細を話していなかったのが幸運だった。
ならば勝機は有り。
「ーーーー【コンセントレイト】」
「…………な」
一秒で1SPを消費するーーこのスキルの異常性。
それに加えてあと一つ。
このスキルの本質、それは目先だけ見ても見通せない。
私はこのスキルを知ろうとしていなかったのだ。
だから本質を見通せなかった。
ーー感覚を、削る。
ということはつまり、芯のように他の感覚を尖らせることに他ならない。
もし視覚を失えば必然的に聴覚は敏感になる。
もしその両方を失えば、触覚が冴えるかもしれない。
このスキルの本質はーー雑念を徹底的に削ぎ落とし、感覚を針のように尖らせ、ただ一点の行動を遂行せんと導くものだったのだ。
集中という要素は、魔法にとって重要な要素。雑念が無いほど、同時に動かせる魔力の総数が増えるからだ。
ならば、生物が本来不可能なレベルの集中力で魔力を回したら?--魔術の極地点にまで至るだろう。
ここで、今。
私はその景色を見る。
「なんだ……その光は」
目の前の人間を、目の前の勇者カイン、その腹の一点のみを狙い、私の火の魔力を固め、固めた魔力の弾丸を撃つこと、そのそれぞれの工程のみを行動し、雑念を削ぎ落とす。一瞬で、理論的に可能な限界の速度と威力を追求し遂行する。
「ーーそこ」
「な----ば…………」
そして決着。
防御の魔術を展開ようがしまいが関係なく、その弾丸は光線となり、空間さえ貫く。カインの腹には、音が発するよりも前に穴が空いていた。
音が鳴った。
魔力が破裂する音。
そして、魔力が庭の土に着弾する音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます