やるべき決断


「アーちゃん!?」


そこに立っていたのは、アーリア・リン・クレトリア。


「ふむ……来訪人は、クレトリアのご令嬢であられましたか、しかしーー随分久しいですね」

「……どうしてアーちゃんがここに?」


この街の治安が決して良く無い深夜に家から出ていること事態異常。彼女のまるでーーぼろの雑巾をつぎはぎして作ったような格好は、余計その違和感を際立たせる。


「その呼び名はやめろと言ったでしょ………」

「………懐かしいね、このやりとり」


「…………………ごめん。もう私は……………」

「なーーアーちゃん?!」


アーちゃんはふらりと倒れかけ、そこへ素早く駆け寄ったメアが言う。


「凄く顔が赤いですね。運びましょうか?」


ここ数年の間、会っていなかったのもあったけれどーー


「……すごい変わりよう」


手が足が細くなり、肌は異様に白かった。

髪だってぼさぼさで、とても


ーー貴族には見えない。


「いや……ここでいいの……」

「………どうしたの」


「伝えなきゃいけないことがある、良く聞いて」

「…………………………」


「このままだと、あんたは勇者に殺される」

「……殺される、って」

「うん、このままだと。だから……伝えに来たの」


「いやいや!だって……殺される理由がない……のに」

は貴族をやめようとーー放棄しようとしてるんだよね?」


「………………!?」


ここで確信を得た。


まさか。

あの商人達の間ウワサが本当ーーなのか?


という疑問に対して。


………だとしたら、アーリアがここに来た理由は……


「……どういうこと?アーリア」

「私の許嫁のカイン、彼がなんと……勇者になったの。だからこの数年ばたばたしてて、メルファに会えてなかったんだ。ごめん」


「………………続けて」

「それでね……お母様の意向で、そんな貴族は死ぬべきーーって。そうすべきだって、勇者に命令したの。メルファを殺せって」


「………………」

「もちろんそんなのは建前、要するに、利用価値のない人間は殺すってこと。………脅されてるの、メルファは」


「………………」

「そんなのひどすぎる、って伝えたら、お母様は、貴族を辞めないことを選ぶのなら、慈悲は与えるって。ただーー逆もしかり」


「………………」

「このまま貴族を辞めると、メルファは死ぬ。【七つの技能】ーー知らないわけはないよね。ーーあの人、カインも、義母の命令は無下に出来ないから引き受けたけど、本当は殺したくないんだって、言ってた。だからーー」


「貴族を辞めることを、辞める………」

「そう。そうすべきだよ。……確かに貴族として形骸化したマツリ家が続いても、うちの家に一生、いいように利用され続けるだけかも知れないけどーー死ぬよりはいい。私はメルファに死んで欲しくないんだよ……」


「………………ありがとう。伝えてくれて」

「お母様はまでに辞めない決断をしなかったらーーメルファを殺すって……言ってる。だから今すぐにでも家に来て、お母様に貴族を辞めないってことを伝えてほしい……」


「………土下座したら、許してくれるかな?」

「手は尽くすべきだよ」


「ははは、これはさ、冗談。……分かった。あと二時間くらいかな?」

「うん。私は先に帰ってるね。あ、あと。来るのはメルファひとりだけだよ、メアリーさんは来ちゃだめ」


「なんで?」

「………誠意。だって、お母様、そんなところはきちんとしてるから」


そう言うとーーアーリアは、家の門から、身体を引きずりながら出ていった。


***



「お嬢様」

「…………分かってる。ーーさっきの人は、アーちゃんじゃない」


「えっ?」

「えっ?」


ズレている空気感。

うん、現実のコミュニケーションは映画みたいにはいかない。


「お嬢様……それはどういう?」

「まあ、じゃあ先に説明するね。メア、さっきのアーリアに違和感は無かった?」


「いえ………そもそも私、クレトリアの令嬢なんぞに興味がなく……顔を覚えていなかったので……」


間違いさがしどころか比較対象さえ無かったようだ。

うん、おい。


「まあ……私が感じた違和感は、いろいろ。口調から何から何まで。あのボロ服は……多分、その違和感を上書きするためのものかな?ーー例えるならマジシャンの手法、目立つものを立てて、トリックタネを隠すあれ」

「ーーお嬢様は違和感を見抜いたと」


「何か、とんでもない仕打ちをアーリアが受けて、逃げ出すようにここに来た……って、体にしたいみたいね。ーー私に言わせれば、ばればれよ。あれじゃあ……口調から何から何まで違う。それに」

「それ………に?」


「アーちゃんは、貴族をやめたくなったのなら」


ーー貴族の役目を果たす必要なんてない。貴族に縛られてしまう必要なんてない、そう、あるべきよ!


「って、他人にはそう言う。……自分には厳しいくせにね」

「………………」

「あとアーちゃんは、誇りに欠けるからって人に絶対に謝罪しないし」

「私が言うのもなんですけど、それこそ人としてどうなんですか………?」


「何言ってんのメア。それがアーちゃんのかわいいトコなのに」



「お嬢様、やっぱりあなたは………」


「どうしたの、メア?」

「ああいえ。やっぱり変人だなと……」


「変態に言われたくないわよ!」



「………しかしお嬢様、如何なさいましょう。もしここから今すぐ逃げるとしても、現実的に考えてーー【七つの技能】から逃れることができるのでしょうか……」

「逃げないよ」


「お嬢様、まさか」

「………まあ、その通り。逃げることは現実的じゃない。だからこそ、この問題に向き合うしかないよね、最悪、勇者との戦闘さえ考えた方がいい」


「しかしあの勇者ですよ。小国の軍ひとつ凌駕する力を持つものに……立ち向かえるのでしょうか」

「まあ、その前にやるべきことが今、できたじゃない」


「…………………?」

「お姫様がいるじゃない。囚われのーーあのひねくれツンデ令嬢がさ」



何かしらの大きな陰謀にアーちゃんは巻き込まれている。

そう確信を得た。


アーリアスマ・クレトリア……彼女が、まさか狂ったのか?


クレトリア家にはあるウワサがあった。

暗殺のウワサーー単なるデマかと思っていたが……


「ともかく」


アーちゃんが危険な状態にあると言うのは確かだろう。


アーリアは……いい子だ。

私という没落貴族相手に、高級貴族の彼女はいつも対等に接してくれた。


あの子は……いい子だ。

だからこそ、やるべきことなど決まっている。



成功の確率など雀の涙程だろうが、チャンスもある。


「例え法を犯してでも助けるよ、メア」

「……躊躇とか無いんです?」

「まあ、右の頬を叩かれそうなら右の手でぶん殴るってことでね」

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