学部 冬来たりなば (3)もうグシャグシャ

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は、様々な女子に援けられながら波風ありながらも充実した日々を過ごしてきた。

 三年半の空白の後、ベーデ(元彼女)&エリー(元留学生の親友)と、大学二年で共に再会。

 大学が同じエリーとは毎日が一緒の一方、ベーデは未だ留学中。駿河はどっちつかずで彼女達との付き合い方を戸惑う日々。

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 女の着替えというか、準備ってのは矢鱈と時間がかかるものらしい。

 実際、ベーデなど、其の日になって電話が架かってきて、自分から時間を指定して《出てこい》と言うくせに、必ず遅刻をする。

「私は待たせること、貴男は待つことが幸せなの。」とか、分かったような分からないような決め台詞で誤魔化されてきたけれど、其の実、準備が間に合っていないだけだ。

 いつぞやもお母さんが「出来ない約束をするんじゃありません!って常時注意してるのに、毎っ回、待ち合わせ時間に家を出るんですから…。」と内情を暴露していた。

 エリーがどのくらいの時間をかけるのか、「アストリーが一緒に行っちゃ駄目なんデショウ?」と聞かれたくらいだから覚悟はしている。待ち合わせが開場の二時間前ということでも大概予測はつく。更衣室の使用開始が其の時間から、というのも、女の子が皆それくらい時間をかける、ということを表していた。


 そして、ロビーでは、ご同輩がちらほらしている。


「よぉ、駿ちゃん。」


 競技舞踏ダンス部の同期、松前まさきが現れた。彼らも正装は学生服だ。ただ応援部うちとは対照的に、身体にフィットした、まさに中世ヨーロッパの軍服のようなスタイルだった。


「よっ。」

「ありがと、ご協力。」

「否々、普段応援らしい応援も出来なくて申し訳ないし。」

「見に来て呉れてるだけで良いんだって。…一人?」

「否、連れて行けっていう同級生と。」

「だよね、一人にしちゃ早いもんな。部員?」

「知り合い。」

「へぇ、後で紹介して。じゃ。」


 足早に準備に去って行く後ろ姿を見送りながら、ソファに所在無く腰を掛けていると、少しずつ周りの状況が見えてきた。

 毎年開かれているが、去年は来ていない。迚もそれどころではなかったのが半分と、綾さんが居たからが半分だ。

 どちらにしても来られる状況ではない。綾さんがダンスを知らなかったかと言えばそういう訳でもない。会話をつなぎ合わせてみるに、社交ダンスのとっかかりくらいは、出来ていたように思える。履歴書の特技欄に書いた、と言っていたくらいだから人並み以上には踊れたのだろうと思う。


「外交官になるんだったら、社交ダンスくらい出来なくちゃ、可笑しいじゃないのよ!」


 ベーデは以前其の一言で斬り捨ててきた。

 確かに其の通りなので反論も出来ない。

 国際弁護士を目指している彼女は、当然、踊れる訳で、世の中、そういう職業に就き度いから習うというより、元々出来る人々がそういう職業に就いている、というような気もする。

 競技舞踏ダンス部との懇親会でも、外交官試験、商社、国際金融と、社交の必要らしい職種を目指している人間が少なくなかった。勿論、純粋にダンスが好きで踊っている人間も居る訳で、そういった《志向の違い》は、なかなか部内の人間関係をややこしくしているらしい。

 それを考えると、応援部というのは結果的に就職が良い、というオマケは付いているかも知れないが、それだけを目当てにやって来て最後まで出来るかというと、多分難しいだろう。それに、就職という目標のためだけにする活動なら、もっと効率の良いものがある筈だ。

 などということをぼんやり考えているうちに、開場まであと十分になった。ロビーの椅子も大分ご同輩で埋まっている。

 エリーは時間に遅れるような娘でもないので、そろそろ姿を現すかと思ってみても、中々出て来ない。周囲には彼女より後から着替えに入って行った女の子たちがもう出て来ている。


(これは、中でイジメられでもしたか?)

 と少女漫画のようなことを一瞬考えてはみたものの、其の辺は如才のない欧州人なので大丈夫だろうとすんなり納得して待ってみる。


 開場時間になってもまだ出て来ない。ロビーに溜まっていた人々もすっかり中に吸い込まれ、誰かに様子を聞いてみようかと思い始めた頃、漸く涼しい顔をして現れた。


「ハイ、お待たせ致シマシタ。」

「いいえ。今晩もお綺麗ですね。これは見事な化けっぷりで…イタタ。」

「一言余計デス…。」


 彼女にとってドレスに着替えるということは、ヒーローや戦隊ものの《変身》のようなもので、顔の表情や身のこなしなどの一切合切にターボが掛かる。

 一昔前、一高こうこうの頃なら、髪の毛や化粧の造作からガラリと変わったのだが、地味を脱した大学生になってからは表情と身のこなしだけが変化する。

 まあ、余計な事を言うと今宵は怪我をしかねないので、大人しくエスコートする。


「これは素敵なドレスだね。(→日本に何枚持って来てんだ?)」

「Danke…。(→あなたの学生服と同じヨ)」


「丁寧に準備したんだ、大変だったね。(→何時間かかってんだよ?)」

「奥に居たから、出るのに時間がかかって了って…。(→本場の人間が素人相手に負けられないデショウ?)」


「じゃ、入ろうか。(→お、今日は腕を組むのか?)」

「ハイ…。(→ドレス踏まないでよ?!)」


 双方腹の中を隠しつつ会場に入ると、さながら立食パーティーの雰囲気で、(これぁ退屈しないで良いや)と考えた瞬間、腕を抓られた。


「…イタタタ、何するの?…」

「…食べたり飲んだり許りしてちゃ駄目デスヨ!…」

「…分かったよ。…」


 主催者の挨拶が終わって、早々に踊れる様子になった。


「ハイ、準備運動デス。」


 彼女に掴まれるが儘、いきなり中央へと連れて行かれる。ステップは確かにウォーミング・アップ程度でも、彼女は気合い充分で、僕には冷や汗ものだ。一曲でずっしりと汗をかいて、這々の体でテーブルの一つに戻る。


「何デスカ、マッタクだらしないデスね。まだ最初の一曲じゃないデスカ。」

「…せめて千鳥出場にして呉れよ~。君が二曲踊るうちに、僕が一曲踊るとかさ。」

「じゃあ、少なくとも全力で踊って下サイ?」

「言われずとも全力で踊らなきゃ従いて行けないってば…。」


 憤慨している彼女から半ば逃げるため、飲み物を取りにテーブルを離れると、開場前に挨拶した松前が居た。


「駿ちゃん、一緒の娘って、留学生だったんだ?」

「アハハ、見えた?」

「見えない方が可笑しいでしょ。彼女目立つから。」

「確かに目立つねぇ。」


 こうしたドレス許りの中にあっても、日本人の中ならば彼女は目立つ。何処に居るのか直ぐに分かる。と、振り返ってみると、其の対象が誰かに声を掛けられている。

 鳥渡した胸騒ぎを感じたけれど、ダンス会場なのだから仕方がない。


「あ、主将だ。早速誘いに行ったね。」

「主将って、彼女おくさん持ち?」

「へぇ、駿ちゃん、彼女のことが気になるんだ?」

「一応、警護役だから…。」


 エリーは、一言二言言葉を交わして、腕を前に差し出した。どうやら誘いを受け容れたらしい。


「二人して何見てるの?」

「ん? 駿河君が連れて来て呉れた留学生の娘に主将が声を掛けたからさ。」

「へぇ、早~い。」


 感心しているのは、矢張り競技舞踏ダンス部で同期の本匠女史。

 主将であれば上手で当然。僕はさしずめ『元気活発な犬を散歩させている年老いた飼い主』のようにリードを引っ張られてゼイゼイ言っている状態が、主将相手ならばエリーは思い切り踊れている。折角舞踏会に来たというのに、頼りない相手に手加減をしていたのではつまらないだろう。


「見ていて気持ち良いくらいだなぁ。」

「良いの? 駿河君、其様なこと言ってて。」

「何で?」

「だって…、言葉と裏腹に、手にしてるパンフレット、もうグシャグシャよ。」

「へ?」

「アハハ。」


 二人の指差す先、僕は無意識のうちにパンフレットを搾っていた。二人のダンスに感心しているのは事実でも、心は正直らしい。

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