4

 冠伎町の一角にある居住エリア。


 そこに佇む廃れたアパートは、色褪せ、寂寥とした雰囲気を漂わせていた。

 年月の経過とともに、鉄扉は錆び付き、壁はひび割れが広がり、窓ガラスは欠けたまま。


 そこの廊下に足を踏み入れたミカ。

 重い鉄扉を開け、疲れ果てた体を一室に引きずり込んだ。


 目前には薄暗い部屋が広がっている。窓から差し込む光も微かで、部屋中には薄暗さが漂っている。


 床に敷かれた畳は、一部が破れていたり、シミが広がっていたりした。

 壁にはカレンダーやポスターが張り付けられていたが、それらも時の流れによって色あせている。


「はぁ……」


 ミカは乱雑に敷かれた布団に横になった。

 先程から、彼女の頭の中では一つの思いがグルグルと回っている。


『僕を最強のゾク車にしてよ!』


 そう感電のことだ。

 何故か、感電の存在が彼女の心を引き寄せ、ざわめかせていたのだ。


 部屋の中に漂う微かな静寂さえも、不安を増幅するだけの騒音のように感じられる。


「あぁ、もうッ」

 ミカは両手で両耳を押さえた。

「最強、最強って子どもすぎまッスよ――姉じゃあないんだから」


 脳裏に姉の顔が浮かんだ。

 ミカにとって姉は、親であったのと同時に憧れの存在だった。

 彼女の存在は、ただの姉妹以上の意味を持っていた。


 姉は喧嘩が強いことで有名だった。ここら辺にいるチンピラから暴力団、果てには銃を持っている海外マフィアまでも、その拳で全滅させた。


 そのことから、この冠伎町――日東国【最強の不良】と呼ばれていた。


 そんな彼女の勇気と強さに触発され、ミカ自身も最強の不良を目指していた。


 だが……。

「現実は上手くいかないッスよ」

 ミカは布団の上で仰向けになり、天井を見つめる。


「最強なんてなれるはずなんかないし、なんなくてもいいんッス」


 その言葉に反論するかのように、暗闇の中で感電の赤い瞳が浮かんだ気がした。

 ミカはその幻影を睨みつけ、舌打ちをする。


「いくら駄々こねても、姉ちゃんのようにはなれないッス」


 おまえも――私も。


 ミカの意識は次第に眠りに落ちていく。

 感電の存在を忘れてしまいたいと思いながら、彼女は目を閉じる。


 今から三年前――まだ、家に姉がいた頃。

 十四歳のミカの心は、姉に対する憧れと尊敬で常に燃えていた。


 自分も姉のような最強の不良になりたいと心から願っていた。


 ある日のこと。


 ミカは路地裏に足を運んだ。


 完膚なきまでに闇が支配する路地裏。

 暗く、強いネオンの明かりすら通らなかった。

 その狭い空間には、煙草の煙が立ち込め、不穏な雰囲気が漂っている。


 よく目を凝らすと特攻服を着た女たちが、ひしめいていた。

 その体に刻まれている刺青や傷跡は壮絶な戦いの痕跡を示している。


 彼女たちは隣国からきた、凶暴な女暴走族。

 その名は【カルラ】。彼女たちは血を求め、暴力を愛する存在。


 容赦ない攻撃性と荒々しさを持ち、隣国中に恐怖を撒き散らしてきた。


 彼女たちは軽い口論や挑発で喧嘩を引き起こし、無差別な暴力行為を犯すことも珍しくない。

 彼女たちが通り過ぎると、人々は怯え、その勢いに圧倒される。


 ミカはそんな彼女たちの姿を裏から見ていた。

「……気づかれていないッスね」


 ミカはこれからカルラに喧嘩を売ろうとしているのだ。

 理由は姉を馬鹿にされたからである。


 昨日のことだった。

 道を歩くミカは偶然、カルラを見かけた。

 カルラたちは会話をしている。


「知っているか? この国には最強の不良と呼ばれている奴がいるらしいぞ」

「ふん、最強? こんな小国でいきがっている奴もいたもんだ。どうせ、井の中の蛙だろ」


 カルラたちが言う最強の不良は明らかにミカの姉のことだった。

 自分の憧れである姉を侮辱されたことが、ミカの逆鱗に触れた。


 どうせ、最強の不良を目指していたところだ。

 鬱憤を晴らす傍ら、こいつらを夢の踏み台にしてやろう。


 そう、ミカの心は自信に燃えている。


「よし……」

 ミカがカルラに近づこうとした際、足に何かが当たる。

 ガンッ――鉄パイプだ。


「誰かいるのか?」カルラたちの視線が一斉に、ミカへと向けられる。


 チッと舌打ちを放ち、ミカはカルラの前へと躍り出た。


「誰だ、おまえ?」

「私は最強の不良の妹ーーそれでいて最強の不良になる女ッスッ!」


 ミカは宣言するかのように、訝し気な顔の女たちに指を向ける。


「姉さんを馬鹿にしやがって……殺してやるッス!」


 そして――


「私が最強の不良になるための踏み台になってもらうッス!」


 カルラたちはミカを一瞥し、軽蔑の眼差しで笑みを浮かべる。


「来吧、该死的小姑娘。我来告诉你什么是血祭」

「何を言ってのか分からねぇッス!」


 ミカとカルラのメンバーたちが激しくぶつかりあう。


 ミカは素早い回し蹴り、打撃を繰り出し、次々と襲いかかるカルラのメンバーを倒していく。


 なんだ――カルラと言っても雑魚じゃあないッスか。


 そう、ミカはほくそ笑んだが、すぐにカルラの恐ろしさを知ることになる。


 他のメンバーとは一風変わった女が現れた。

 銀色の長髪に、黒い特攻服――そして、顔の傷。

 彼女はム・ファンポォ。カルラのリーダーだった。

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