第24話 戦訓
一昨日、インド洋において第一艦隊と第一航空艦隊が東洋艦隊と激突した。
第一艦隊と一航艦は水上砲雷撃戦それに洋上航空戦で東洋艦隊を圧倒。
三隻の空母それに五隻の戦艦を主力とした同艦隊の艦艇を、あろうことか一隻残らず沈めてしまったという。
この捷報に浮かれる将兵が多い中、第二航空艦隊司令長官の小沢中将は報告に含まれていた戦訓に着目していた。
(二二機もの索敵機を放っておきながら、しかしそれでも不足気味だったというのか)
第一艦隊と一航艦はインド洋に進入すると同時に、二二機の零式水偵による二段索敵を実施した。
この索敵で東洋艦隊の主力を発見したものの、しかしそれは際どいものだったという。
発見したのが最も南の索敵線を受け持つ機体だったからだ。
あと少し索敵に投入する機体が少なければ、あるいは東洋艦隊を発見出来ず、逆に第一艦隊と一航艦は側背を突かれていたかもしれなかった。
(それと、東洋艦隊の配置を考えれば、かなり正確に第一艦隊と一航艦の位置を把握している)
このことから導き出されることは一つしかない。
第一艦隊それに一航艦は待ち伏せされていたのだ。
それが敵の無線傍受によるものなのか、あるいは優秀な間諜の働きによるものなのかは分からない。
最悪の場合、帝国海軍の暗号が解読されている可能性も考えられた。
(いずれにせよ、こちらもまた太平洋艦隊の待ち伏せがあるかもしれん。いや、その可能性は極めて高いだろう)
ポートモレスビー攻略の任にあたる二航艦は間もなく珊瑚海に進入する。
その際には当然のこととして索敵機を放つことにしている。
そして、その実施については複数の案が用意されていた。
甲案は一二機、乙案は一八機、丙案は二四機、そして丁案は三〇機で、そのいずれもが二段索敵を基本としている。
「索敵については、丁案でいくべきだろうな」
小沢長官はそう言って、傍らの吉良参謀長にその視線を向ける。
吉良参謀長は早いうちから航空畑に転じ、基地航空隊司令や空母艦長を勤め上げてきた、ある意味において小沢長官以上に生粋の飛行機屋だった。
「索敵機をケチって敵を見逃すようなことがあれば、それこそ目も当てられません。それに、第一艦隊や一航艦から送られてきた情報を活かせずに敵の奇襲を許したとあっては、それこそ末代までの恥です。
それと、我の全力で敵の分力を討つというのは兵法の基本です。第一艦隊と一航艦がインド洋にある今、太平洋艦隊のほうはそれこそ二航艦を叩く絶好の機会だと捉えているはずです」
吉良参謀長の賛意に笑みを返しつつ、小沢長官は海軍甲事件に思いをはせる。
同事件以降、帝国海軍内における情報の取り扱いについては大きな変化があった。
情報の収集や分析に秀でた者が重用される傾向が決定的となったのだ。
一方で、せっかく貴重な情報をもらっておきながら、それを活かせない人間は出世の道を閉ざされ、閑職へと回される。
階級が上がれば上がるほどに、その傾向は顕著だ。
いずれにせよ、小沢長官と吉良参謀長の意見は一致した。
こうなれば、索敵案については決定したのも同然だ。
他の幕僚からも、反対意見が出るようなことは無かった。
その誰もが、第一艦隊それに一航艦から届けられた戦訓が何を意味するのか、それを理解していたからだ。
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