第13話 致命的誤謬
「ペンシルバニア」と「アリゾナ」それに「オクラホマ」と「ネバダ」の四隻の戦艦を敵艦上機の猛攻によって失った。
また、戦艦の近侍として控えていた四隻の「ブルックリン」級軽巡もまた全艦が撃破された。
これら四隻の軽巡は現在、そのいずれもが本隊から離れ可能な限りの速力をもって避退を続けている。
このことで、第一任務部隊を指揮するパイ提督の手元に残された戦力といえば、四隻の戦艦を除けばあとは一六隻の駆逐艦にしか過ぎなかった。
その第一任務部隊に対し、これまで付かず離れずの位置をキープしていた日本の水上打撃部隊が迫ってきた。
戦力が大幅に減衰した第一任務部隊に対して、決戦を挑もうというのだろう。
しかし、パイ提督に悲壮感は微塵も無かった。
これまでの戦闘から、日本の水上打撃部隊は戦艦が一隻に巡洋艦が一三隻、それに駆逐艦が一二隻だということが分かっている。
単純な数こそこちらより三割も多いが、しかし、戦艦はただの一隻にしか過ぎない。
砲戦力は明らかにこちらが優越している。
「敵戦艦には『ウエストバージニア』と『メリーランド』がダブルチームでこれにあたる。『テネシー』ならびに『カリフォルニア』は巡洋艦を攻撃せよ。敵の巡洋艦は多い。だから、各艦ともに撃沈にこだわる必要は無い。敵艦を撃破した段階で別の目標へと攻撃対象を切り替えよ」
敵の戦艦は艦の前部と後部にそれぞれ二基の三連装砲塔を備えている。
日本の旧式戦艦は数こそ違えども、そのいずれもが連装砲塔だから、つまりは眼前の敵戦艦は明らかに新型だ。
もし、この艦が米海軍の新型戦艦と同様に四〇センチ砲搭載戦艦だとすれば、こちらもまた四〇センチ砲搭載戦艦で対抗する必要がある。
だからこそ、四〇センチ砲を装備する「ウエストバージニア」と「メリーランド」を二隻がかりで日本の新型戦艦にぶつけるのだ。
一方、「テネシー」と「カリフォルニア」は威力に劣る三六センチ砲搭載戦艦だが、しかし門数は一二門と「ウエストバージニア」や「メリーランド」に比べて五割増しとなっている。
装甲が薄い巡洋艦を相手取るには、門数の少ない「ウエストバージニア」や「メリーランド」よりも、むしろ「テネシー」や「カリフォルニア」のほうが向いている。
そう考えているパイ提督の耳に、見張りから驚愕混じりの声が飛び込んでくる。
「敵新型戦艦の後方にある二隻は『長門』型戦艦。さらにその後ろの四隻は『伊勢』型もしくは『扶桑』型!」
見張りからの報告を聞いた瞬間、パイ提督は叫び声を上げそうになった。
しかし、感情を理性で捻じ伏せ、どうにかそれをこらえる。
手の震えを抑えつつ、双眼鏡を日本の新型戦艦へと向ける。
次に、その後方を追求する艦を確認する。
そのシルエットは、合衆国海軍が長年にわたって最強の敵と目してきた「長門」型戦艦のそれだった。
そして、前方の新型戦艦は「長門」型戦艦に比べればそのボリュームは一回りどころか二回り以上も大きい。
あるいは、その全長は三〇〇メートルに迫るのではないか。
(第一任務部隊は自らの情報ミスによって決定的とも言える窮地に陥ってしまった)
しかし、悔悟の念は一瞬、立ち直ったパイ提督は指揮官としての務めを果たすべく新たな命令を発する。
「全艦進路九〇度。これより全速で戦場から離脱する!」
一方、第一艦隊を指揮する高須長官は、第一任務部隊のこの動きに対して小さく苦笑を漏らす。
「どうやら、敵は『大和』の巨大さに幻惑されて『長門』以下の戦艦を巡洋艦と誤認してくれていたようだな。そして、自らの誤謬を理解したことで逃げに転じた。まあ、そういったところだろう」
小林参謀長以下の幕僚もまた、高須長官と同様に小さく笑みを浮かべている。
敵の情報ミスはそれこそ蜜の味だ。
「敵の水上打撃部隊は一隻たりともハワイに返すな。これより目標を指示する。『大和』敵戦艦一番艦、『長門』『陸奥』二番艦、『伊勢』『日向』三番艦、『山城』『扶桑』四番艦。七戦隊と九戦隊、それに水雷戦隊は敵駆逐艦を撃滅せよ」
米戦艦が二〇ノット強しか出せないのに対し、第一艦隊のほうは最も脚が遅い「扶桑」でも二四ノットは出せる。
じりじりと距離を詰めた第一艦隊はついに第一任務部隊を有効射程圏内に捉え砲撃を開始する。
一方、第一任務部隊の四隻の戦艦もまた反撃の砲門を開く。
「敵一、二番艦、目標本艦。敵三番艦、目標『長門』、敵四番艦、目標『陸奥』」
すでに、見張りや観測機からの報告によって敵の一番艦と二番艦は「コロラド」級、三番艦と四番艦は「テネシー」級か「ニューメキシコ」級もしくは「ペンシルバニア」級だということが分かっている。
つまり、「大和」は四〇センチ砲搭載戦艦に、「長門」と「陸奥」は三六センチ砲搭載戦艦に狙われていることになる。
だが、「大和」は四六センチ砲対応防御を持ち、「長門」と「陸奥」は四〇センチ砲のそれだ。
だから、よほど大量に撃ち込まれない限り、これら三艦が沈められる心配はほとんど無いと言ってよい。
さらに、現状では日本側が制空権を手中にしているから観測機が使い放題だ。
そのうえ、数的優位も確保している。
怖いくらいに好条件が整った中、最初に夾叉を得たのもまた第一艦隊の側、しかも「大和」だった。
「これより斉射に移行します!」
喜色を含んだ砲術長からの報告に、高須長官は全身に力を込める。
四六センチ砲一二門の同時発射がもたらす衝撃は、それこそ尋常なものではなかったからだ。
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