第12話 不安と葛藤の実践
厳しい鍛錬といっても朝から晩まで鬼のように鍛えるわけではない。
無論、走り込みや腕立て伏せ、腹筋など基本的な体づくりとトレーニングは時間を作って、師匠が家に来るまでに終わらせる。
師匠と剣を交えるのは一日五時間のみ。
早く強くなりたいからとオーバーワークは厳禁だという。
心配しなくとも、今は正直強くなりたいと言う感情はあまりない。強くなるに越したことはないが、僕が求めているのは力の制御だ。
だが師匠は僕を強くしたいらしい。
「いいかエーデル。お前の神力は風だ、その神力と仲良くなれ。剣と仲良くなるのと同じように。そうすれば風はお前の味方をする。思い通りに動いてくれるはずだ」
「はい、師匠」
僕はひたすら木刀を振る、それを何度も繰り返す――これを素振りという。
軽く振っただけでも三十センチの岩位なら吹っ飛ぶ力だ。
これと仲良くなるって……正直意味不明だ。それでも今は師匠の言う通りに出来ることは全てやってみる。
普段のトレーニングと木刀で素振りをする事は難しくない、寧ろ楽だとすら思えた。体が筋肉痛になるだけで、人を傷付ける訳でもない、師匠がいるという存在感だけで、心はとても楽になった気はした……。
その間師匠は特に話すこと無くただ僕の素振りを見ている。褒めることも叱ることもなかった。そして僕はまだ、力の制御を何一つ教わっていない――
こうして一週間が経った頃、師匠は言った。
「明日、実践をする――」
昨日の言葉が忘れられず、あまり眠れなかった。
それは父を吹っ飛ばした記憶がフラッシュバックするからだ。トラウマ……ともいう。
前世では傷つけられることはあっても、人を傷つけたことはない。誰も傷つけられる為に生まれてきた訳じゃない。心も体は紙一重で、傷というのは残りやすいものだから。
師匠は言葉足らずなところがある、実践といっても師匠と戦うのか、はたまた魔物でも倒しに行くのか……前者か後者か……
いずれにせよ、厭う感情は拭えない――
(そろそろ来る頃だろうか?)
「エーデル、アレクさん庭にいらっしゃるわよ」
カルラはまたサーチを使ったらしい。
この魔術はとても便利だ。サーチのおかげで師匠が来たかどうかわかる。習得できるなら僕も欲しいくらいだ。
「よし。行ってきます」
僕は木刀を持ち師匠の待つ庭へ行く。
「よろしくお願いします」
「今日お前は私と木刀を交える」
――前者だったか。
「……怖いか?」
「……はい」
「何が怖い?」
「……力です。神力が怖いです。以前、父と剣を交えた際、目の前に凄い風が舞って、何が起きたのか自分でもわからなくて、次に目に入ったのは遠くに座り込んでいる父でした。……正直この力は僕に必要なのかわかりません…………たまに僕はこの世界の不純物で予定外な存在なんじゃないかって。悪魔にでもなった気分です」
「それで?」
「それでって……僕は人を傷つけたくないです。人を殴ったり、蹴ったり、剣で切るなんてしたくないです師匠。師匠を傷つけたくない! そもそも力の制御を教えてくれてないじゃないですか」
これは八つ当たりだ。周りが色々理由をつけても、僕の中では何一つスッキリしていない。溜まりに溜まった行き場のない感情を師匠にぶつけて、辛い、わかって欲しいと子供のように駄々をこねているだけだ――情けない。
「そうか」
その一言が戦闘前の合図かのように師匠は僕に向かって走ってきた――
あっという間に師匠の持つ木刀が目の前まで来た。
――ここでやっと僕は理解した。
師匠はもう戦闘体制に入っている。
――上から切り掛かってくる! 体を捻り師匠の攻撃を避けて、とりあえずその場から逃げ走る。
「早く木刀を構えろ」
追いかけてくる師匠から僕は逃げるのが精一杯だ。
「僕の話聞いてました?」
「いいから構えろ」
もういい、そこまで言うならやってやる。どうなっても知らないぞ。
僕は木刀を握り呼吸を整える。そして師匠の方へ走り出し、本気ではない、半分の力で木刀を振るった。
師匠は僕の振るう木刀を全て片手に持つ木刀一本で弾いた
普通に戦えている……師匠は強いんだな。それに僕も立ち回りは教わっていないのに、どう動いたら良いのかわかる――
これはエーデルの記憶と、一週間鍛えたおかげでかなり力を入れられるようになった。それに体が軽く感じる。
――木刀同士ぶつかるとカッカッと音を立てている、それが何故か嫌な気はしなかった。寧ろ気分が高まっている。
ーーすると師匠の腕が大きく動いた。木刀が目に止まらぬ速さで僕の腹に強く当たる。
(油断したっ)
その瞬間――――僕は吹っ飛んだ。
「イテテッ」
(強! なんだか腹が立ってきた)
殴られようが蹴られようが今まで腹が立つことはなかった、こんな気持ちは初めてだ。
すぐ様立ち上がり――助走をつけ師匠に向かって走る。
もう少し強く力を出そう。八十パーセント程の力を!
(風だ。木刀の位置は垂直に風を切り、風を纏うように、味方につけろ!)
――大きく木刀を師匠に振るった。
――その瞬間、ガンッと音がした。
僕の振るった木刀と師匠の受け止めた木刀が音を立てーー引き分けという終了の合図をした。
僕はこんなに息が上がっているのに、師匠は余裕そうだな。
それにしても師匠に一発も当たらなかった……いや良かったんだ。師匠が怪我をしなくて本当に良かった。
「お疲れ。どうだった?」
「……どうって」
「楽しんでたように見えたが?」
「……最初はすごく不安でした。でも木刀を交えてる時、あんなこと言っておいてお恥ずかしいのですが、高揚感というか楽しさを感じました。何より師匠が怪我をしなくてよかった」
「そうか」
「だからといって急に掛かって来られるのはびっくりするので辞めてください」
「――剣は傷つけるためだけにあるものじゃない。自分や他人を守るためにもある。必ず傷つけろというわけではない」
「……」
そうか――何故わからなかった。
別に無理に戦えなんて誰も言ってないじゃないか。それに守備としても使える。家族だって守ることができる――でも誰から守るんだ?
「この国は平和主義や平和の象徴などと言われても、魔物はうじゃうじゃいるし、他国や隣国だっていつ攻めてくるかわからない、まったく犯罪がない国ではない。その為強く鍛えるに越したことはないだろう」
確かにそうだ。クラウスは魔物狩りを職業としているしサンブラッドとルピナス王国は未だに蟠りがあるということは以前調べた時にわかった。この国は安全だと一概には言えない。
「その為にお前は鍛える。だが、お前には目的がない。
これだけの神力があるにも関わらず、将来何がしたいのか、具体的な想像が全く出来ていない、だから制御の仕方を教えなかった。意味がないからだ」
……そういうことか。
僕の目的が不透明だったから、教える意味がなかったということか……だから無難な鍛錬を一週間繰り返して、様子見といったところだったのだろう。
申し訳……ないな……せっかく僕を鍛えに来てくれたのに、生半可な気持ちで、況してや反抗心なんか持って、それでも師匠の鍛錬に付き合ってくれていた……これは僕が悪いな。
「師匠お伝えしたいことがあります」
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